第三十話 エピローグ
僕の連絡を受けて、複数台のパトカーに乗った警察が桟橋にやってきた。
桟橋にはすぐに規制線が張られ、ほどなくして警察の手によって水瀬の死体は引き上げられた。
警察の検死の結果、彼はシアン化合物による中毒死と判断された。
僕と総一はその場で、簡易的な警察の事情聴取を受けた。
一通り話を聞かれた後、身柄は解放されたが、すぐに立ち去る気にもなれず、しばらくその場にとどまった。
「もしかしたらやり方によっては、水瀬を殺さずにすんだんじゃないのかな。」
あわただしく動き回る警察を身ながら、総一がぽつりとつぶやいた。
目の前で自殺を防げなかったことへの後悔だろう。
「僕たちはすべてを救うことなんでできないよ。」
水瀬が自殺するということは、もっとよく考えていれば想像ができないことではなかった。
それを止めることができなかったのは、僕のミスである。
「でも、せめて手が届く範囲の人を・・・依頼してくる人だけでも、彼らが望む形で何とか救えたらとは思っているよ。」
「ああ。その辺が俺たちが助けることができる限界かもしれないな。」
「今回は中野さんが大きな怪我もなく、無事に見つけることができただけでも、良しとするしかない。」
それは僕から総一への返答ではあるが、自分に対しての慰めの言葉でもあったのかもしれない。
その後僕と総一はその場で別れて、事後処理をするためにそれぞれ別の場所へと向かった。
総一は馬淵がいる『スナック翠』のママのマンションへ向かって、事件の顛末を語った。
ママにしてみれば、馬淵が殺人の共犯になっているとは思っていなかったので、かなり驚いていたそうだ。
そして馬淵は、ママに匿ってもらったお礼を伝えた後、自首すると警察に出頭した。
佐々木さん殺害の時に現場にいたため、共犯者とはなるだろうが、直接的な犯行には手を出していないので、罪は多少は軽くなるのではないだろうか。
僕の方は事務所に戻った。
事務所に残ってもらっていた中野さん親子と十六夜さんに、水瀬が死んだことを伝えた。
そして、事件の顛末についてもざっくりと伝えた。
中野さん親子には、横領事件の解決はもとより、再び拉致されることがないという安心感から、非常に感謝された。
十六夜さんは事件を無事に解決できたことに感心し、中野さん親子の無事を喜んでいた。
翌日になって、テレビのニュースやワイドショーなどでダム湖で発生していた一連の事件の全容が流れた。
今回の佐々木さんと
しかし、報道の概ねは僕と総一が調査で調べたこと以上の情報は出てはいなかった。
僕は総一と共に、いつものように今回の依頼の報告書をまとめていた。
この報告書は、依頼者に提出するためにまとめているが、事務所の過去の記録としての側面も持っている。
これまでに受けた依頼については、必ず記録としてデジタルデータと共に、紙の書類としても事務所の書庫に残している。
残念ながら、この仕事の最後のまとめについてはまだ総一に任せることができない。
総一には一部の資料をまとめてもらったりといった補助はお願いするが、どんなに忙しくても最終的には僕がまとめて完成させている。
「人を水に引き込んで溺死させたり、最後に湖に飛び込んだり、時代が時代なら、水瀬は河童として語り継がれたんじゃないかな。」
資料を整理していた総一が突然僕に声をかけてきた。
総一はどうしても水瀬を河童に仕立てたいらしい。
「昔ならそうだったのかもしれないが、昔はダイビング装備なんかなかったから、今回のようなことは起こせないだろう。」
「じゃぁ、昔の人が河童として伝承に残していたのは、どういう状況を見て伝わったんだろうな?」
「人を溺死させるというのは、おそらく水難事故を防ぐ目的での啓発のための伝承なんだろうと思う。」
「そうなのかな?」
「実際に河童の姿の生き物が、人を水中に引き込む姿は、見られていないじゃないかと思うよ。」
報告書をまとめながら、そんな話をしていると、突然事務所の扉がノックされた。
「新しい、依頼主かな?」
総一が小声で僕に声をかけた。
「どうぞお入りください。」
僕は扉に向かって、声をかけた。
扉が開くと、姿を見せたのは十六夜香織さんだった。
「こんにちは。東雲さん、九十九さん。」
そう言って、彼女は事務所の中へ入ってきた。
「報告書については昨日お話しした通り、もう少しかかりますけど。」
「ええ、それは分かってます。完成した時に改めて美幸と伺う予定です。」
「では、今日のご用件は何でしょうか。」
昨日の今日で彼女が事務所に来る理由がよくわからなかった。
来客への対応よりも、どちらかと言えば報告書を一刻も仕上げてしまいたいという気持ちが強い。
「東雲さんが妖怪にまつわる事件に興味があるって聞いたので、新しいお話しを持ってきました。」
「妖怪にまつわる事件?」
僕はそんな話を一度もした覚えはない。
ふと、総一の方に目を向けると、ソワソワしながら、僕からの視線を逸らした。
「なるほど、そういうことか。」
その様子を見て確信する。
どうやら総一が、自分の興味があることをあたかも僕のせいにして、彼女に語っていたようだ。
「東雲さんは『
僕の様子を気にもかけず、十六夜さんは話を続けた。
彼女も総一と同様に、そういう不思議なことに興味を持っている人なのかもしれない。
『河童』の次は『
科学が進歩した現代にあっても、そういった類の話は人々の興味をそそることのようだ。
おそらくそういった話も、人の数だけ存在していて、尽きることはないのかもしれない。
僕が事務所を構えたこの龍哭市においても、成り立ちに龍が関係していると不思議な伝承がある。
土地的に、そういう話が多く集まる場所である以上、もしかしたらそういう事件を専門で解決していく探偵事務所があっても良いのかもしれない。
それならば、僕がその任を担うというのもまた一興だろう。
「それで、どういうお話しですか。」
僕はそんなことを考えながら、彼女の話を聞き始めるのだった。
完
河童 <東雲・九十九の探偵事務所奇録> 久良紀緒 @okluck
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