第二十八話 救出

日はすでに落ちていて、山道はかなり暗かった。


暗い山道をヘッドライトの光を頼りに走り続けて桟橋に到着する。


俺が桟橋へ到着してから10分ほどして、俊弥と合流できた。


俺と俊弥は桟橋に係留されていたボートを1艘使って、二人であのプレハブ小屋へと向かった。


湖面は中心へ行くほど岸からの光が届かなくなり、暗さが際立つ。

俊弥が持ってきていた懐中電灯でボートの行く先の湖面を照らしてはいたが、狭いライトの範囲を外れると、周囲は真っ暗だった。


プレハブ小屋のそばまで到着するとボートを陸に上げ、ロープを近くの木にくぐりつけた。


そしてプレハブ小屋へと向かう。


プレハブ小屋の周囲には街灯などがなく、小屋の中からも光は一切漏れていないため、俊弥の持つ懐中電灯の光だけをたよりにプレハブ小屋へと近づく。


プレハブ小屋の扉を開けて、俊弥が懐中電灯で中を照らすと、机のそばに椅子に座らされている人影を見つけた。


その人はスーツ姿で、椅子ごとロープで後ろ手に縛られており、目にはアイマスクがつけられ、口には猿ぐつわをされていた。


俺は急いで中に入ると、猿ぐつわとアイマスクを先に取り外した。

そして、俺は縛っているロープをほどこうとするが、かなり強く縛られていて、なかなかほどけない。


「大丈夫ですか?」

俊弥がその人に話しかける。

「えっ? 水瀬くんではないんですか?」

その人の声は思ったよりも元気そうだった。

俊弥のライトがまぶしかったせいか、その人からはこちらの顔が見えていないらしい。


「あなたは、中野重行さんですね?」

「はい。そうです。」

俊弥の質問に、その人ははっきりと返事で答えた。


「僕はあなたの娘さんの美幸さんから、行方を探すように依頼を受けた東雲と言います。」

「美幸が・・・そうですか。」

暗くてよくは見えなかったが、重行さんの声からは安堵の感情が読み取れる。


「あなたをここに監禁していたのは、水瀬で間違いありませんね?」

「はい。その通りです。」

「どうしてあなたがここで監禁されていたか、水瀬は何か言っていましたか?」

「私が、殺人事件の現場を目撃したから・・・危険だから彼の目的を達成するまではここにいてほしいと言ってました。」

「彼の目的? 水瀬の目的というのは?」

「さぁ。そこまでは教えてもらってません。」

「水瀬はどれぐらいの頻度で、ここに来てましたか?」

「朝と夕方に、食事を持ってきてくれました。」

「暴力などは振るわれてなかったんですか?」

「そうですね。捕まるときに体が動けなくなるような痛みを一瞬受けた以外は、暴力も受けてません。」

水瀬にはどうやら重行さんを殺害するような意図はなかったようだ。


「痛みを受けて、動けなくなったということは、スタンガンか何かを当てられたんですね。」

俊弥がそう告げた。


あのプレハブ小屋にファスナー付きのナイロン袋が落ちていたのは、スタンガンを水に濡らさないためのものだったのかもしれない。


「あなたは、今回以前に、水瀬と面識があったりしませんでしたか?」

「彼とは、20年前のダム工事の時に会っております。」

「え? 20年前に会っているんですか?」

俊弥と重行さんの会話を聞いていて、俺は思わず驚きの声を上げてしまった。

俊弥の方はすでに知っていたのか、驚いてはいないようだ。


「水瀬はもしかして、20年前に車に轢かれて亡くなった佐々木綾乃さんの恋人ではなかったですか?」

「えっ? そこまでご存じなんですか?」

俊弥の言葉に、今度は重行さんが驚きを隠せなかった。


「ちょっと待ってくれ俊弥、それは一体どういうことだ?」

俺もわけが分からずに、俊弥に質問を投げかけた。


「とりあえずロープがほどけたのなら、ここから離れよう。中野さんを美幸さんの元に送り届けてあげないと。」

俊弥がライトを持って先導しながら、俺は重行さんを支えながら、ボートまで移動した。


重行さんをボートの後ろに乗せた後、俊弥がボートの前に移動し、俺は真ん中に座ってボートを漕ぎだした。


「さっきの話の続きだけど、水瀬が亡くなった佐々木綾乃さんの恋人というのは、本当なのか?」

俺はボートを漕ぎ始めてすぐに、話の続きを促した。


「うん。いろいろと調べても確証は持てなかったんだけど、推理していくうちに、そう考えるとすべてがしっくりくると思ったんだよ。」

「ということは、水瀬は元恋人の父親の佐々木さんを殺したということなのか?」

「おそらく、そうとは知らずに地頭じとうの命令で殺してしまったんだろう。」

「闇バイトで雇われた水瀬は、殺しの相手が佐々木さんだと知らずに手にかけてしまったということか?」

「殺した後で、おそらく地頭じとうから佐々木さんの名前を聞かされたんじゃないかと思う。そして、それがきっかけで、忘れかけていた20年前の復讐をしようという気持ちになったんだと思う。」

「ということは、20年前の綾乃さんの事故は、地頭じとうが仕組んだことなのか?」

「おそらく、村の土地を地上げする上で、綾乃さんは邪魔だったんだろう。当時から地頭じとうの言いなりだった馬淵を使って、事故に見せかけて綾乃さんを殺害したんだろう。」

「ということは、地頭じとうが殺されたのは、佐々木さん殺害の仲間割れとかではなく、20年前の怨恨によるものということなのか?」

「そういうことだろうね。そして、その復讐対象には、直接綾乃さんを殺害した馬淵も含まれている。」

「だったら、目撃者の中野さんを拉致する必要なんかないんじゃないのか?」

「おそらく、水瀬は中野さんを地頭じとうから守るために、かくまっていたんじゃないかな。」

「それは、どういうことでしょうか?」

俊弥の言葉に、重行さんが反応した。


地頭じとうが佐々木さんを殺害した時の目撃者を探していたのは、目撃者を殺害するためだと思う。」

「たしかに、そうかもしれないな。」

「ところが、地頭じとうは、誰が目撃者かを手がかりもつかめずにいた。」

「だから、あのプレハブ小屋にやってきた佐藤を拉致したんだな。」

「佐藤君も危ない目に合っていたんですか?」

重行さんが俺と俊弥の会話に割って入った。


「そうですね。おそらくご存じないかもしれませんが、会社の横領事件の犯人は佐藤だったんです。」

「えぇ。まさかそんな・・・私は彼の勧めで、身を隠していたのに。一体どういうことですか?」

「彼はあなたが会社にいない間に、あなたに横領の罪を着せようとしていたんです。」

「そんな・・・」

重行さんは、信じていた人間に裏切られたことがよほどショックだったのか、黙ってしまった。


「そのあたりの詳しい話は、また改めてさせていただきますが、僕たちがその目論見は阻止して、彼は現在警察に身柄を拘束されて、取り調べを受けていると思います。」

「そうですか・・・そんなことまで対処していただいていたとは思いもしませんでした。本当にありがとうございます。」

暗くて表情は読めなかったが、言葉の感じからは複雑な気持ちが伝わってくる。


「話を戻そう。おそらく地頭じとうが気づく前に、水瀬がダム湖のプレハブ小屋にいた中野さんを見つけて、中野さんが目撃者であるということに気づいたんだと思う。」

「だったら、地頭じとうと同じで、目撃者の口を封じるように動くんじゃないのか?」

「多分、水瀬もそのつもりだったのかもしれない。しかし、水瀬は中野さんのことを20年前から知っていた。中野さん、20年前の水瀬とはどういう間柄だったんでしょうか?」

俊弥がそういって、重行さんに話を振った。


「私は当時、ダム工事の責任者の一人として工事現場にいたんですが、その工事で水瀬くんの恋人だった佐々木綾乃さんが事故に合ってしまいました。その責任を感じて、私は水瀬くんに謝り続けたんです。」

「その事故は、別に中野さんの責任というわけでもなかったんですよね?」

俺は確認のために、質問してみた。


「はい。ただ、会社の命令とはいえ、工事の現場をあずかっていた一人として、人が一人亡くなってしまったことは、申し訳ないという気持ちが強くて・・・最初は水瀬くんも私の謝罪を受け入れはくれませんでした。ただ、ずっと誠心誠意を持って謝りつづけたおかげで、最後には会社を許してくれると言ってくれました。」

「なるほど、中野さんの行動を見て、水瀬の気持ちも和らいだということなのか。」


「そして、水瀬も中野さんのそういう人柄を知っていたから、目撃者が中野さんと知って、殺したくはなかったんでしょうね。」

「だから地頭じとうから守るために、あのプレハブ小屋にかくまっていたということなんだな。」

俺はようやく水瀬の行動の意味を理解した。


「おそらく水瀬は綾乃さんのもう一人の敵である馬淵も殺害するつもりだろう。それが終わるまでは、中野さんをかくまっておこうと思ってたんだろう。」

「そうなると、明日の朝には、水瀬は中野さんがいなくなったことに気づくんじゃないのか?」

「うん。だから明日の朝、水瀬とは決着をつけなければいけないと思う。彼に復讐をあきらめさせて、警察に自首してもらうように説得しよう。」

「馬淵の件は?」

「彼も同じく、直接手は下していないけど、地頭じとうの共犯だろうから、警察に自首してもらうべきだとう思う。」

「まぁ、仕方がないことだろうな。」

俊弥にそう言われて、俺の脳裏に『スナック翠』のママの顔が一瞬浮かんだ。

馬淵を守るために、馬淵の居場所を教えてくれたのだが、その期待を裏切ることに少し後ろめたさを感じる。


やがてボートは桟橋に到着した。

重行さんは俊弥の車に乗ってもらい、俺は自分のバイクに乗って、事務所へと向かった。


事務所に到着すると、俊弥があらかじめ連絡していたのか、重行さんの娘の美幸さんとその友人の花織さんが待っていた。

そして、美幸さんは重行さんの姿を見るなり、涙を浮かべながら重行さんに抱きつき、父親の無事を心の底から喜んでいた。


その日は3人にそのまま事務所に泊まってもらうことにした。


水瀬も馬淵も、おそらく重行さんに手を出すとは思えないが、万が一を考えて事務所にいてもらう方が安全だろうという俊弥の配慮であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る