第二十七話 居場所

俺は俊弥の指示で、ダムの管理事務所の近くにバイクを停めて水瀬が出てくるのを待っていた。


水瀬が重行さんを拉致したことは間違いない以上、尾行すればその居場所を突き止めることができるからという意図である。

俊弥は俺に指示を出した後、確認したいことがあるからとどこかへ行ってしまった。


ただ、水瀬がすでに重行さんを殺害していた場合は、尾行したところで見つけることはできないだろう。

その疑問を俊弥に投げたら、俊弥はそれはおそらくないだろうと否定した。


すでに2人も殺している人間が、いまさらもう一人ぐらい殺しても何とも思わないような気がするが、俊弥はそれはないという確信を持っているようだった。


俺は事務所のそばで、ひたすら水瀬が出てくるのを待った。


結局、水瀬が事務所から出たのは夕方になってからだった。


水瀬は黒い軽自動車を運転して事務所の駐車場から出てきた。

車の中に乗っているのは運転手の水瀬一人だけ。


俺はその後ろを少し距離を空けて、尾行を開始した。


水瀬が乗った軽自動車は山道を道なりに走り続けて、やがて市街地に出た。


市街地を少し走ったところで、突然道路脇にあったコンビニの駐車場へと吸い込まれていった。

俺はコンビニの駐車場には入らずに、少し離れた道路脇にバイクを停めて様子を見る。


水瀬は車から降りると、そのままコンビニの中へと入っていった。

時間帯のせいか、コンビニの中には水瀬以外の客の姿はない。

水瀬がコンビニの中をうろうろしながら、何かを購入しているのを目で追い続ける。


やがてレジで会計を終えた水瀬が、コンビニの袋を持って、再び車に戻ってきた。


そして、水瀬が乗った黒い軽自動車はコンビニの駐車場から車道へ出ると、そのままこちらの方へと向かってきた。

どうやら、再びダム湖のある山道へと戻るらしい。


俺は慌ててバイクをUターンさせ、元きた道を戻る水瀬の車を追いかける。


彼の家は反対側の市街地にあるのだろうか?

だとしたら、なぜ、わざわざこちらの市街地へやってきたのだろうか。


さまざまな疑問が脳裏をよぎるが、今はひたすら少し離れた位置から黒い軽自動車を追い続けるしかなかった。


しばらく走った後、突然山道の途中で車が止まった。


それを見て、俺も慌てて車道の脇にバイクを停める。


尾行が気づかれたのかと緊張しながら黒い軽自動車を観察していると、水瀬が車から出てきた。

そして、山道脇のガードレールへ向かうと、そこにあった階段を使って、山道の下へと降りていった。


その様子を見て、俺はようやくここがあの貸しボートが置かれた桟橋の近くであると気づいた。


こんなところに一体何の用事があるのか、俺には皆目見当がつかなかった。


そんな俺の思いに関係なく、水瀬はそのまま桟橋へと進み、渓流してあったボートに乗ると、ボートで湖へと漕ぎ出した。


本来なら、ボートで同じように追いかけたいところだが、今日はすでにダム湖の定期検査は終了しており、湖上には水瀬の乗るボート以外は見当たらない。

そこに俺がボートで漕ぎ出せば、すぐに尾行がバレてしまう。


仕方なく俺はバイクのタンクバッグから双眼鏡を取り出し、そのボートの行方を見失わないように目で追うことにした。


水瀬の乗ったボートは、まっすぐに目的地へと向かっているようだった。

そのボートの進む向きの延長線上には、あの重行さんが最初に身を隠していたプレハブ小屋がある。


あのプレハブ小屋へ向かって、果たして水瀬は何をするつもりなのか。


やがてボートは予想通り、あのプレハブ小屋のそばに上陸した。

ボートから降りた水瀬が、コンビニの袋ととみに、プレハブ小屋の中へ入っていくのが見えた。


今からボートで追いかけてプレハブ小屋へ向かうか、それともここで監視を続けるべきか。


とりあえず、俺は今どこにいるかわからない俊弥にメッセージだけ送っておくことにした。


それから小一時間ほど経った頃、プレハブ小屋から水瀬が出てきた。

手には入った時と同様に、コンビニ袋が下げられている。


水瀬は行く時に乗っていたボートに再び乗って、行く時とほぼ同じルートで桟橋へと戻ってくる。

そして、ボートを桟橋に係留すると、軽自動車に戻ってきて運転席へと乗り込んだ。


エンジンがかかり、車は再び市街地へと向けて走り出した。

俺もそれを追って、バイクを走らせる。


水瀬の車は市街地へ入り、先ほどのコンビニの横を通り過ぎて、さらに街中へと走っていく。

やがて車はとあるマンションの駐車場へと入っていった。


俺はそれを見届け、一度通り過ぎた後、少し離れた場所にバイクを停めた。


駐車場はタワー式らしく、ターンテーブルの上に車を停車しあ後、水瀬さんが車から降りて操作盤を操作しているのが見える。


やがて、水瀬は車に乗って、タワーパーキングの中へ車を入れた。

タワーパーキングから出て、再び操作盤を操作すると、パーキングの扉が閉じた。


水瀬はそのままマンションの方へと歩いて行き、正面玄関からマンションの中へと姿を消した。


俺は急いでマンションの玄関へと回り込む。

俺が玄関に到着するのとほぼ同時に、水瀬がエレベーターの中へ入るのが見えた。


マンションは玄関側から各フロアの廊下が見えている。


俺は急いで道路を渡り、反対側の道路からマンションを確認する。

すると、4階の廊下を歩く水瀬の姿を確認できた。


水瀬はエレベーターから数えて、3つ目の扉の前で立ち止まり、しばらくするとその扉を開いて中へと入っていった。

扉が開いた時に、中は暗かったことから、おそらく部屋の中には人はいなかった。


俺は俊弥に電話をかけて、尾行の結果を報告した。


「そうなると、最初のプレハブ小屋に重行さんた捕えられている可能性が高そうだ。」

俺の報告から、俊弥はそう結論付けた。


「今からあのプレハブ小屋に向かってくれるかい。僕も向かうから、桟橋で合流しよう。」

俊弥はそういって、電話を切った。


俺は再びバイクに乗って、ダム湖の桟橋へと向かった。

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