第二十六話 証拠

翌日、僕は早朝から再びダム湖の管理事務所を訪れた。


昨日会えなかった水瀬と会うためである。


馬淵からの情報で、地頭じとうや馬淵と一緒に行動をしていたのは水瀬と判明した。

そして、地頭じとうを呼び出して殺害したのも、重行さんを連れ去ったのもおそらく水瀬で間違いはないだろう。


問題はどうやって水瀬が犯人だということを認めさせるかということになる。

馬淵の証言以外で、水瀬が犯人であるという証拠はない。

それをなんとかしないと、水瀬も簡単には自供してくれないだろう。


僕は昨日と同じように駐車場に車を止めた。


そして、事務所の受付で昨日同様に入館証を受け取る。

僕は昨日とは違って、そのまま玄関を出て、湖そばで直接潜水士たちが集まっている場所へと向かった。


下り坂を下っていると、潜水士たちが整列して並んでおり、彼らの前に立って話をしている人物の姿も見えた。

おそらく今日の作業についてのミーティングを行っているのだろう。


下り坂を下って、湖のそばに到達した時には、全体のミーティングは終わっていて、それぞれが個々のグループに分かれての打ち合わせを行っている状態だった。


僕は昨日話を聞かせてもらった土屋を見つけて、そちらに近づいていく。

土屋は同じ班のメンバーに、本日の作業を説明しているところだった。

その説明が終わるのを待ってから、僕は土屋に話しかけた。


「おはようございます。」

声をかけた僕に土屋が気づいて、近づいてきてくれた。

「昨日はどうも。今日は水瀬さんに用があるんですよね?」

「はい。水瀬さんはいらっしゃいますか?」

僕がそういうと、土屋が少し離れた場所にいた男性の方に移動して話しかけた。

その男性がこちらを見て、会釈する。


その男性は周囲の人と同様にウェットスーツを着用して、BCDも着込んでいる。

ただ、他の潜水士とはウェットスーツもBCDも色とデザインが少し異なっていて、しかも全体的に他の人の装備よりも年季が入っているように見える。

フリーの潜水士なので、装備は自前なのかもしれない。

BCDのインフレーターホースには、ダイビングナイフのケースが取り付けられているが、ナイフ本体は入っていない。

手に持っているフィンは、最近新調したのか、他の装備に比べてかなり新しいもののようだった。


「水瀬さんですか?」

僕は土屋のが話しかけていたその男性の方に近づいて話しかける。


「はい。そうです。」

「先日、佐々木さんの水死体を引き上げた時のお話をお伺いしたいのですが。」

「今から仕事なんですが・・・」

水瀬はそう言って、土屋の方を見た。


「出発は10分後なので、それまでなら大丈夫です。」

土屋が僕と水瀬に答えた。


「ありがとうございます。」

僕が土屋にお礼を伝えるのとほぼ同時に、土屋の後ろから声がかかった。


「土屋さん、すみません。」

後ろにいた別の潜水士だった。

その潜水士に呼ばれて、土屋は離れたいった。


「早速ですが、佐々木さんを引き上げた時の状況などをお聞かせいただきたいのですが。」

僕は水瀬の方を見て、そのまま質問を始める。


「佐々木さんを発見した時、ロープは体のどこにかかってましたか?」

「確か、両足を縛られるような感じでした。」

「両足を揃えて1本で縛られてましたか。それともそれぞれ別のロープでしょうか?」

「1本のロープで、両足を揃えて縛られてました。」

「そのロープが固定の構造物に引っかかっていたと聞いたんですが、どんなところに引っ掛かってたんでしょうか?」

「ここのダムの底には昔村があって、その建物が今でも湖底に残っているんですが、ロープは家の柱に結び付けられていました。」

「ロープは解けないほどキツく結ばれてましたか?」

「いいえ、建物に結ばれている方は、普通に解けました。足の方は僕は解いていないので、わかりませんが。」

「遺体はボートの上に引き上げたんですか?」

「いいえ。近くに岸があったので、そちらに引き上げました。」

「ボートの方が近かったのではないのですか?」

「どうでしょう。水中だったので、湖底の深さが浅かったこともあって、岸が近いと思って、そちらへ引き上げたんですけど・・・」

「ということは、水死体を発見して、湖面には一度も浮上せずに、ロープをはずして岸まで引き上げたということでしょうか?」

「死体を発見して、パニックになっていたので、その辺の行動ははっきりと覚えてないですね。」

水瀬の証言に淀みなどはなかった。

そう、まるで想定問答集をあらかじめ予習してきたかのような受け答えであった。


「死体を引き上げた岸には、それまでに上がったことはあったんですか?」

「いいえ。引き上げたときが初めてです。」

「岸に上げた後、ボートは見えましたか?」

「そうですね。言われてみればボートは結構遠くに見えたので、もしかしたらボートにあげた方が早かったかもしれません。」

「なるほど、あとあの日の検査ルートについてですが、本来のルートと違うルートを検査していたという話はご存知ですか。」

「はい。それは土屋さんから聞きました。」

「どの時点で、お知りになったんでしょうか?」

「確か、佐々木さんの水死体をあげた日の終了時のミーティングの時ですかね。」

「なるほど。あと、昨日の水死体については、水瀬さんはお休みだったので、状況はご存知ないんですよね?」

「そうですね、水死体が上がったということぐらいしか知りません。」

「ちなみに、昨日のお休みはどこで何をされてましたか?」

「僕のアリバイということですか?」

水瀬が少しムッとした表情を浮かべる。


「まぁ、あくまで参考までにという感じなんですが・・・」

「朝から川で趣味の沢登りをしてました。」

「どこの川ですかね?」

龍翼川りゅうよくがわですね。」

「龍翼川ですか・・・」

龍翼川はダム湖に流れ込む川の中で、ちょうど中央付近に流れ込む川である。

地頭じとうが殺された場所からだと、一番近い川とも言える。


「ちなみに、亡くなられた地頭じとうさんとは面識などは?」

「お会いしたことは一度もありません。」

「そうですか。とりあえず、これでお伺いしたいことは一通り終わりました。ありがとうございました。」

「じゃぁ、僕はこれで。」

「ところで、水瀬さんはこのお仕事長いんですか?」

「そうですね、かれこれ10年以上やってます。」

「やはりそうですか、装備は自前のものなんですかね。がかなり年季が入っているようだったので。」

「ええ、フリーの潜水士なので、装備は自前のものです。」

「フィンだけは最近買い替えられたんですか?」

水瀬は自分が持っているフィンを見た。


「そうですね。つい先日交換したばかりです。前のフィンは金具が壊れてしまって、着脱がしにくくなったので捨ててしまいました。」

「なるほど、そうでしたか。あともう一つだけ気になってるんですが。」

「なんでしょうか?」

「その、BCDのインフレーターホースについているものは、何でしょうか。」

「インフレーターホース?」

水瀬は自分のBCDのインフレーターホースを確認する。


「あれ? ナイフがなくなってる。いつ無くしたんだろう?」

「やはりナイフのケースでしたか。お話していて、お守りか何かなのかと思って気になってたんです。」

「あまり使う機会は多くないのですが、ないといざという時に困るので。いやぁ、気づかせてもらって助かりました。また買いに行かないと。」

最初のプレハブ小屋のそばで見つけたダイビングナイフはやはり水瀬のものだろう。


グリップに書かれていた『S.M』というのは水瀬史郎のイニシャルで間違いない。


「そのケース、不要ならゴミ捨て場にすててきましょうか?」

「そうですね、今からすぐに潜ることになるので、もしお手数でなければ、お願いできますか?」

水瀬は少し悩んだ後、ナイフのケースをインフレーターホースから取り外し、僕に手渡した。


「建物の裏手の駐車場のそばにゴミ捨て場があるので、そこに捨ててください。」

「分かりました。それでは、今度こそこれで失礼します。」

僕はそういって、水瀬と別れた。

僕が坂道を登っている途中で、湖の方から順番にボートが出港していく音が聞こえていた。

チラッと振り向くと、そこにいた潜水士達の姿はなく、全員がボートに乗船して仕事に向かったようであった。


僕はそれを確認した後、そのまま言われたゴミ捨て場へと向かった。


そして、積まれているゴミの山の中から、ゴミを1つずつ確認しながら、目当てのものを探していく。

おそらく、捨てられてそれほど時間が立っていないので、比較的簡単に見つかるはずである。


10分ほどゴミを漁ったところで、目当てのものは見つかった。

僕はそれを拾い上げ、車へと持ち帰った。

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