第二十二話 急転直下

俺が『地頭じとう土地開発』のビルに到着すると、少し離れたところから、ビルに出入りする人物や車を見張り始めた。


地頭じとうがはたして『地頭じとう土地開発』にいるのかも、現時点では分からない。

ただ、地頭じとうとの接点がここしかない以上、ここに張り付いておくしか見つける術がない。


重行さんが捕まる前なら、もう一度最初のプレハブ小屋付近をうろつけば、地頭じとうと馬淵に出会うことができたかもしれない。

しかし、重行さんが捕まってしまったとなると、彼らはプレハブ小屋を見張るよりも、目撃者かもしれない重行さんの口を割らせる方に力を注ぐだろう。


今日、俺が湖の上で地頭じとうと馬淵に出会った時点では、おそらく重行さんはまだ捕まっていなかったはずである。

となれば、重行さんが捕まったのはその後。

なので、捕まってからそれほど時間は経過していないはずである。


一刻も早く地頭じとうを見つけて、重行さんが捕えられている場所を割り出す必要がある。


しかし、俺の焦りとは裏腹に、『地頭じとう土地開発』を出入りする人間はかなり少なく、ましてや地頭じとうの姿は見つからなかった。


1時間ほど経ってから、俊弥の車が『地頭じとう土地開発』の前にやってきた。

俺はバイクを降りて、俊弥の車の中に乗り込んだ。


「今のところ、地頭じとうが出入りした形跡はないぞ。」

俺は張り付いてからの状況を報告した。


実際、俺が見張りについてから、出入りした人間の数は片手で足りる程度。

事務所としては立派なものを構えてはいるが、中に人がほとんどいないのではないかと思えるほどに人の出入りが少ない。


その後も二人で見張ってはいたが、長丁場になりそうだからと一晩中俊弥と俺とで交代で仮眠を取りながら、『地頭じとう土地開発』を見張ることにした。


先に俊弥に仮眠をとってもらい、俺が見張ることにした。


地頭じとうは俺と出会った後、湖からそのまま重行さんを拉致して、どこかへ雲隠れしてしまったのかもしれない。

だとすると、この事務所には戻ってこないんじゃないだろうか・・・

だからと言って、他に当てもない以上、ここに張り付くしか手はないが、重行さんの安否を考えると焦燥感は増していく。

事務所を見張っている間も、そんな考えがずっと頭から離れない。


結局、俊弥が眠っている間、俺が起きて事務所を見張るが、地頭じとうが事務所を出入りする姿は見られなかった。


「交代しよう。今度は総一が仮眠を取ってくれ。」

目覚めた俊弥が、俺に声をかけた。

俺は俊弥に促されて、仮眠を取る体制に入る。

あまり眠くないような気がしていたが、シートを少し倒して、リラックスした瞬間に、眠気が襲ってくる。

車の中でラジオから流れる緩やかな曲が、まどろみをさらに深め、やがて俺は気づかないうちに眠りに落ちていた。


車のドアミラーに反射した朝日の光に照らされて、俺は仮眠から目覚めた。

運転席の俊弥は、俺が眠りについたときの状態とほぼ同じ格好で事務所を見ていた。


「まだ動きはないみたいだな。」

隣の俊弥に声をかけると、俊弥は無言でうなずいた。


俺は眠気覚ましに、何気なくスマートフォンを立ち上げ、ニュースサイトなどを確認する。


「俊弥、これ。」

ヘッダーニュース部分に、大島建設の横領事件に関するニュースが掲載されているのを見つけ、隣の俊弥に声をかけた。


記事の詳細リンクをタップして、内容を確認していく。

記事には、大島建設で発生していた横領事件に関する大まかな情報が掲載されていた。

そして、横領事件を起こした容疑者として、佐藤太市の名前が記載されている。


「まぁ、そうなるだろうね。」

俊弥は自分が予想した通りの結果となって、少し満足そうな顔をした。


どうやら、俊弥の言った通り、佐藤は自ら罪を認めて、会社の上層部に報告したらしい。


資料を佐藤本人に渡して、大丈夫なのかと危惧したが、どうやら俊弥の思惑通りに進んだらしい。


「佐藤は、妻の母親である畑山百合子に迷惑をかけたくなかったから、必ずそうすると思ったよ。」

睡眠不足によるものか、俊弥はいつもより少し饒舌に語った。


「とりあえず、これで重行さんが姿を隠す理由はなくなった。あとは救出するだけだな。」

そのためにも、まずは地頭じとうを尾行する必要があるのだが、未だに事務所を出入りした姿を見れていない。


「ただ、救出した後も地頭じとうが警察に捕まらない限り、また同じことを繰り返すかもしれない。」

「たしかに。そうなると、今度は佐々木さん殺害事件の解決もしないとダメということか・・・」

「そうなるかもしれないね。」

そんな会話をしていると、突然『地頭じとう土地開発』の人の出入りが多くなり始めた。


出社時間になったからなのかと思ったが、どうもそれだけではないあわただしさが見える。


さっき事務所に入ったばっかりの人がすぐに出て行ったり、新しい人が次々と入ってきたりと、ハチの巣をつついたかのようなあわただしい人の出入りである。

俺と俊弥は、その出入りする人間に地頭じとうがそこに混ざっていないかを1人ずつ確認していた。


「何か、あったのかな?」

普通の会社で、これだけあわただしく人の出入りがあることはかなり珍しい。

もっとも、『地頭じとう土地開発』が普通の会社かどうかは、怪しいところではある。


「この出入りの激しさは尋常じゃない。総一はここで待っててくれ、ちょっと何があったのか、聞きに行ってみる。」

そういって、俊弥は車から出て、『地頭じとう土地開発』の入り口の方へと向かっていった。


車の中から俊弥の姿を目で追っていく。

俊弥が事務所の入り口まで近づいたとき、女性がちょうど事務所から出てきて、それにうまく話しかけることができたようだ。


しばらく話し込んだ後、俊弥が小走りで車の方へと戻ってくる。

そして、運転席に乗り込んできた。


「かなり厄介なことになったようだ。」

「何があったんだ?」

俊弥が珍しく少しうろたえている。


「龍哭ダム湖で、また死体が上がったらしい。」

「まさか、重行さんじゃ・・・」

「いや、どうやらその死体は、地頭じとうだという情報が出ているらしい。」

「なんだって!」

俺は思わず大声を上げてしまった。


昨日からずっと張り込んで探していた対象が、すでに死んでいるかもしれないということに驚いた。


「まだ確認できたわけではないらしいが、ついさっき警察から『地頭じとう土地開発』に身元確認依頼の電話があったらしい。」

「それで、このあわただしさなのか。」

自分の会社の社長がもしかしたら亡くなっているかもしれないとなれば、確かにこのあわただしさは理解できる。


それと同時に、浮かび上がる疑問。


「もし、地頭じとうだとしたら、誰が一体そんなことを? まさか、馬淵が?」

「分からない。とりあえず、上がった死体の状況が分からないことには・・・それにまだ死体が地頭じとうのものとも決まっていないし。」

「ということは、重行さんという可能性も・・・」

「いや、一応死体の持ち物から、警察は地頭竜也じとうりゅうやだと判断して、事務所に電話があったらしい。」

たしかに、死体が重行さんのものだとしたら、それに地頭じとうの名前が出てくるような所持品を持たせる理由は考えられない。


「とりあえず、もうしばらくはここで事務所の様子を確認しておこう。」

水死体が地頭じとうではない可能性も考慮して、事務所の監視を継続する。


事務所を監視している最中も、スマートフォンでニュースサイトを確認したりして、引き続き情報を集めた。


夕方ごろになって、複数のニュースサイトで報道されている情報を統合して、事件の全容が何となく把握できた。


死亡したのは地頭竜也じとうりゅうや本人で確定している。

これは、『地頭じとう土地開発』の人間が、警察へ行って本人確認を行っている。


早朝、ダム湖岸で釣りをしていた人からの通報で、警察とレスキューが出動し、湖底に沈む遺体を回収した。


その人の目撃情報によれば、早朝にボートの上に地頭じとうが一人だけ乗って湖に出ていた。

早朝にボートを出していたので、釣り人かと思ったそうだが、服装はスーツ姿であった。


釣りをしながら、気になってちらちらと見ていたら、地頭じとうが乗っていたボートが左右に大きく揺れ始めた。

ただし、その時に波や風はほとんどなかった。


やがて、船がそのまま転覆して、地頭じとうは水面へ投げ出された。

ボートは上下が反転して、ボートの底面だけが湖面に見えている状態。


そのボートに地頭じとうがしがみついていたので、慌てて警察に電話をかけた。


最近はダム検査の船が多数湖面に出ていたのだが、今日に限って近くに他にボートの姿はなかった。

おそらく、ダム検査は休みだったのだろう。


ところが、その電話の最中に、地頭じとうが突然暴れ始めた。

必死でボートにしがみついているのに、体が水中に沈んだり浮かび上がったりを繰り返し始めた。

まるで何者かが水中から地頭じとうを引っ張って、それに必死で抵抗しているように見えたらしい。


やがて、その抵抗も虚しく、地頭じとうは水中に沈んで、それ以降姿は浮かんでこなかった。


目撃者は、最近ダム湖周辺で河童の目撃情報がよく聞かれるていたので、その河童が人を水中に引きずり込んだかと思ったと証言していた。


その20分後ぐらいに、ようやく警察が到着し、転覆しているボートの近くをダイバーが捜索したところ、地頭じとうの死体が発見された。


水中に沈んでいた地頭じとうの足には、ロープが結ばれており、そのもう一方が水中の構造物に繋がれた状態だった。


ニュースサイトを見る限りでは、地頭じとうも先日の佐々木さんと同じような殺され方をしている。

ただ、先日の佐々木さんを殺害したのは、地頭じとう達だったはず。

とすると、何等かの理由で仲間割れが起こったのか?


地頭じとうを殺害したのは、馬淵なのか?


地頭じとうが殺害されたということは、重行さんの安否は?


いろいろと分からないことが多すぎる。


ただ、地頭じとうが殺害されてしまった以上、『地頭じとう土地開発』を見張る理由はあまりない。

おそらくそれは俊弥も分かっていることだ。


俺は運転席に座っている俊弥の方を見た。


俊弥は腕組みをして、左手人差し指を一定のリズムで動かしている。

これは、俊弥が物事を深く考えている時によく取る仕草で、クセと言っても良い。


しばらくして、俊哉が口を開いた。


地頭じとうが何者かによって殺害された以上、その人物を知るのは馬淵だけだろう。」

「じゃぁ、馬淵と接触する必要があるということか。」

「うん。とりあえず総一は『スナック翠』へ向かってくれ。こちらの持っている情報で、馬淵に出会える可能性が一番高いのはあそこしかない。」

俊弥の言う通りである。


しかし、地頭じとうが殺害されて、果たして飲みにいくかどうか。


「出会えない可能性の方が高いかもしれないが、今はわずかの可能性にも賭けたい。」

「馬淵に会えたら、どうすればいい?」

「なんとか一緒に行動していたダイバーが何者かを聞き出して欲しい。」

「やってみよう。プレハブ小屋の話はもうしてもいいのか?」

「いや、それは話さずに、地頭じとうを殺害した犯人を思い当たらないかをそれとなく聞くぐらいで頼みたい。」

「分かった。」

「僕は佐々木さんの死体を発見したダムの定期調査のダイバーに話を聞きに行ってくる。」

「この間俺が川で出会った、水瀬さんだったか?」

「まぁ、その人だけではなく、もしかしたら地頭じとうの死体を発見した人もいるかもしれないから。」

確かに地頭じとうの死体もダイバーによって引き上げられたという話だった。


現在ダム湖で活動しているダイバーと言えば、定期検査で動員されている潜水士の可能性は高いかもしれない。


「分かった、俺は『スナック翠』へ向かってみる。」

俺は車のドアから出て、バイクの方へと向かった。


バイクにまたがり、ヘルメットをかぶる。


エンジンをかけると、心地よい重低音が体に響いてくる。


俊弥は車の中で、どこかに電話をしている様子だった。


俺は準備ができたので、先にバイクを出した。

『スナック翠』へ行けば飲むことになる。

俺はバイクを置くために、まずは事務所へと向かった。

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