第十七話 足取り

俺はできれば今日中に残り2か所のプレハブ小屋を回りたいために日が昇る前から動き始めた。


昨日のように、小屋までの道が通れなくなっていた李すると、今日中に回れるかどうか怪しい。


残り2か所のうちの1か所目は山道から比較的近く、街までの距離も比較的近い、一番使い勝手の良さそうなプレハブ小屋である。

もう1か所は湖からも山道からも少し距離が離れているプレハブ小屋。


もし、俺が隠れる拠点として使うなら、前者だろうと考え、まずは可能性の高そうな街に近いプレハブ小屋へ向かうことにした。


バイクで山道を走り続け、プレハブ小屋に最も近そうなところでバイクを降りた。


山道は転落事故を防ぐために、両脇にガードレールが設置されている。

ところが、一か所だけ、ガードレールが途切れているポイントがあった。


しかも、そのガードレールが途切れたところから、湖の方へと小さな道のような細い隙間ができていた。

その周囲には、薮や茂みなどが生い茂っているのに、そこだけ誰かが普段から通行しているかのように、明らかに道と言えるような隙間である。


もしかしたら、ここに重行さんがいるのかもという期待が膨らむ。


ただ、その細い道はここ数日で作られたものではなく、かなりの年月の間、誰かが何度も通り続けないとできないような、それほどしっかりとした道である。

重行さんが前のプレハブ小屋から移動してここに来た時にできたような道ではない。


その道は、方向的にもプレハブ小屋へと向かっている。

であれば、無理に茂みをかき分けて進むよりも、この誰かが作ってくれた小道を使わせてもらう方がはるかに時間の短縮になりそうだ。

期待と不安を胸に抱きつつ、俺はその小道へと歩を進める。


小道はほぼまっすぐに伸びていた。

人一人がギリギリ通れるぐらいの幅しかなく、左右は俺の肩ぐらいまである青々とした葉や低木でできた茂みが壁のように立ちはだかっている。


小道がなければ、この茂みを自力で切り開いて進まなければならなかったかと思うと、少しぞっとする。


小道を5分ほどすすむと、少し開けた場所に出た。

小さな広場のようで、その広場の奥に目指すプレハブ小屋が見えた。


広場の一角には、整地された土に木の棒が刺さっており、その棒に沿って地面から伸びた茎というか蔦が絡みついている。

部分的に実もなっていて、どうやらキュウリを栽培しているようだった。

他にもトマトやジャガイモなども植えられていて、あたかも小さな畑のようになっていた。


よく見ると他にも水が貯められたドラム缶が置いてあったり、石積みのかまどのようなものまであった。

小さな椅子や、どこから持ってきたのか分からないロッキングチェアまで置かれている。


明らかにここに誰かが住んでいるような痕跡がいたるところに見られた。


俺が周囲を見渡していると、プレハブ小屋の中から人影が現れた。

もしかしたら、重行さんかもと期待しつつ、視線を向ける。


そこには、伸びた髪の毛とひげのせいで、表情がつかみにくい老人と思われる人物が立っていた。

髪の毛とひげは、数日レベルでそうなるようなものではなく、明らかに数年以上手入れをしていないかのような状態である。

当然、重行さんではなかった。


「あんた、ここに何しに来たんだ?」

その老人は俺の姿を見て、声をかけていた。


「数年前に廃棄されたプレハブ小屋の様子を調べに来ました。」

俺がそう伝えると、老人は少し身構えた。


「ここはわしが住んでるんだ。今更出ていけと言われても、出て行かんぞ。」

明らかな敵意をむき出しにして叫ぶ老人。


「いえ、決してプレハブ小屋を取り上げようとか、追い出そうとかそういう意図はありません。」

「だったら、何するつもりでここに来た?」

「プレハブ小屋に人を探しに来たんです。」

「人探しだぁ? わしはお前さんなんぞ知らんぞ。」

どうも会話がうまくかみ合っていない。


「そういう意味ではなくて、ある人を探していているんです。」

「なんだ、そういうことか。てっきりわしを探しに来たのかと思ったわい。」

カカカと乾いた笑い声を上げながら、老人がそばの椅子に座った。


「残念だが、あんたが探しているのがわしでなければ、ここには目当ての人はおらんぞ。」

「念のために、プレハブ小屋の中を見せてもらってもいいですか。」

「ああ、中の物を触らないなら、別に構わんよ。」

そう言って、老人は手で奥へ行くようなジェスチャーした。


俺は許可を得たので、プレハブ小屋の方へと移動した。


プレハブ小屋は扉は壊れたのか、取り外されていた。

扉の元あった位置には、上から青いビニールシートが下げられ、風雨が中に入らないようになっていた。


俺はそのビニールシートをめくって、プレハブ小屋の中を覗いた。


広さとしては湖のそばのプレハブ小屋とほとんど変わらない。

周囲の壁に沿って設置された棚などもあって、作りもほぼ同じであった。

ただ、棚に並んでいるのは、よくわからないガラクタばかりで、おそらく老人がどこからか集めてきたものだと思われる。


一応、中央には食卓のようなものも置かれてはいるが、その上には雑然とガラクタが積み上げられている。

おそらく食卓としての役割は果たせておらず、荷物を置くための台として使われていると思われる。


他には汚れたベッドマットが乗せられたシングルベッドが1つと、椅子が1脚あるぐらいで、人の姿は全くなかった。


俺はそのままブルーシートを戻し、プレハブ小屋の外に出た。


「な、誰もいなかったろ?」

老人は、軽く咎めるような口調で俺に話しかける。


「そのようですね。」

どうやらここも無駄足だったようだ。


一縷の望みをかけて、老人にスマートフォンに入っている重行さんの写真を見せてみる。

「ちなみに、俺が探しているのはこの人なんですが、どこかで見たことはございませんか?」

「ああん。どれどれ・・・」

老人はポケットからボロボロになった眼鏡を取り出してかけた。


そして俺が渡したスマートフォンの写真に見入る。


「んー、見たことがあるよな、ないような・・・」

そういいつつ、俺の顔をちらちらと見てくる。


「もう少し何かこう・・・きっかけがあれば思い出せるかもしれないんじゃが・・・」

そういいながら、右手の人差し指と中指を立て、何かを要求してくる。


ああ、なるほどそういうことか。


俺はポケットからタバコを取り出し、老人に差し出した。


すると老人は、俺の手からタバコの箱ごと奪い取ると、その中から1本取り出して、どこからか取り出したライターで火をつけた。

そして、タバコを加えて息を大きく吸い込んでから、煙を吐き出した。


「ふぅ。たまらんなぁ・・・」

そう言った老人の顔は、髪と髭であまり表情は見えないものの、どこか充実感のようなものが見えるような気がした。


俺自身は実はタバコを吸わない。


吸わないタバコを持ち歩いているのは、俊弥の助言のおかげである。

世の中には、タバコがあれば、スムーズに話を進めることができる人もいると聞いていたからだった。

その助言が、どうやら役に立ちそうだ。


その後、老人はタバコを1本吸い終わるまで、何もしゃべらなかった。

その姿を身ながら、うまそうにタバコを吸う人だなぁと素直に感心してしまった。


やがて、吸い終わると、老人はおもむろに俺に話し始めた。


「たしか、3日前・・・いや、4日前だったかな、この人がここに迷い込んできたのは。」

「やはりここに来たんですか?」

「ああ、確かこの人で間違いないと思うぞ。あんたと同じように、そこの小道を通ってここにやってきた。」

老人は2本目のタバコに火をつけながら話を続ける。


「なんか少し思いつめたような顔をしていたなぁ。わしが話しかけても、何も答えずに、すぐに元来た道を帰って行った。」

「その時にどこへ行くとか、そういう話はしていませんでしたか?」

「うーん、声をかけても、スルーされたからどこへ行ったかなんかは分からんなぁ。」

「そうですか・・・」

重行さんの行先までは分からなかったが、重行さんはやはり、20年前のダム工事の際に建てられたプレハブ小屋を点々としていたようだ。


「まぁなんだ。あんまり気にするな。生きていればそのうち会えるさ。」

俺が少し気落ちしているのを見て、老人が励ましてくれた。


これ以上は新たな情報も聞き出せそうにないので、俺は老人にお礼を言って、元来た道を戻った。


小道を通り抜け、山道に戻った俺はバイクにまたがり、最後のプレハブ小屋を目指す。


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