第十六話 アパート
佐々木さん殺害に関係している首謀者が誰なのかを調べるためには、『
ネットで大まかな情報は入手できるが、さすがに20年前の情報となると、なかなか見つけることはできない。
僕は再び『鍵屋』の力を借りることにした。
前回と同様にメールで連絡を入れ、『
しばらくすると、『鍵屋』からメールが入った。
そこにはいつものようにアクセスするための情報と、金額が掲示されていた。
金額はなぜか前回の大島建設の時よりも高額になっている。
会社の規模としては、大島建設の方が大きいのだが、入手難度としては『
確かに、会社規模が大きくなるほど、関係する人間は多くなるので、それだけ情報が漏れる箇所は増えてくる。
そういう意味では、大島建設の方が情報は得やすいのだと思う。
僕は早速記載されている情報を元に、サーバーへのアクセスを試みる。
VPNの情報からアクセス先へのアドレスへ接続し、そのままIDとパスワードを入力する。
今回も情報通りで、無事にサーバーへのアクセスに成功した。
『鍵屋』に情報料を送金したあと、サーバーの情報を閲覧していく。
それによると、『
それ以外にパート的な人間が数人いるだけで、このアクセス情報も、そういうパートから漏れたもののようだった。
そして、表の経理情報とは別に、裏帳簿のようなものもあり、その中に2点ほど気になる部分があった。
一つは、20年前のダム工事以降、先月までの間、毎月の元村長の佐々木さんに一定額の金額が支払われていたこと。
しかも、2回目の支払いからは、かなり増額されている。
それまでダム湖の建設で村の立ち退きを反対していた佐々木さんに、
その結果として、佐々木さんは自身の娘が死んでも文句は言えなかった。
おそらく2回目以降の支払額の増額は、娘の綾乃さんが死亡したことに対する見舞金的な意味もあるのかもしれない。
もう一つは、こちらもほぼ毎月の支払いに、馬淵の名前が記載されていたこと。
馬淵は大島建設の帳簿上は個人のトラック運転手として仕事に参加してはいたが、実際には『
どうやら、馬淵が『旦那』と呼んでいた存在は
そして今回、佐々木さんを殺害した首謀者も、おそらく
現場に馬淵が行っていたことを考えれば、
こうしてみると、
そのあと、今度は横領の調査を行うために大島建設のサーバーへアクセスする。
会社が現在調査中の横領と考える使途不明金の支払い先リストがあったので、それを元に取引会社の情報を詳しく調べてみる。
一社ずつオンラインで商業登記簿を調べてみると、やはり大半が会社登記はされているものの、すべての会社が残っていなかった。
会社の登記日を調べても、大島建設と取引が開始される日の1年以内に設立された会社がほとんど。
代表者名も全て違う人物の名前が入っている。
さらに言えば、ご丁寧に大島建設との取引が終了した後、1年以内に倒産や精算された会社ばかりであった。
こうなると、間違いなく資金を抜くことを目的に作られたペーパーカンパニーと見て間違いがない。
これだけ用意周到な準備を佐藤一人でやったとは思えない。
外部にも協力者がいるとみて間違いはなさそうだ。
そして協力者はおそらく内部にもいたのだと思う。
通常、会社同士が取引を行う時には、相手の会社の業績などを調査する与信チェックが行われる。
使途不明金の対象となった会社の実績を見る限りでは、通常の会社なら与信チェックでひっかかりそうなものである。
ましてや、大島建設ほどの大きな会社の与信チェックで弾かれていないことを考えると、その与信チェックを行う部署にも、今回の横領の協力者がいたと考えるべきだろう。
であれば、与信チェックを行った人物の方から調査してみるのも手かと思ってデータを調べてみた。
ところが、ざっと調べてみたが、与信チェックを行った担当者は全て違う人物であった。
どういうカラクリでこんなズブズブな与信チェックが行われたのか知りたいところだが、サーバー上のデータだけではそれを見つけ出すのは難しそうである。
都度担当者にお金を握らせて与信チェックを甘くしてもらったか、他の方法があるのかは分からない。
そんな一時的に作られた多くのペーパーカンパニーの中で、僕が注目したのは『一ノ
横領事件として上がっている取引の中で、一番最初の取引会社である。
横領事件の一番最初の会社ということは、事件の手口についてもまだ稚拙で、穴も多かった可能性が高い。
調べてみると、創業された年月と取引開始時期の期間が他と比べてかなり長い。
大島建設と実際に取引を開始する10年以上前に登記されていたが、取引後1年以内に倒産していた。
おそらく最初の横領は、会社設立から時間が経っている休眠会社を買って、横領のための窓口を作ったのではないかと思う。
この会社であれば、おそらく普通の与信チェックでも通過できたと思う。
さっそく会社の登記情報を調べてみると、会社の代表者名は2度ほど変わっている。
創業者の名前は一ノ
その9年後に代表者が
創業者である一ノ瀬圭一は、おそらくこの会社を普通の会社として立ち上げた人物なので、横領に関係している可能性は低い。
倒産した時の東堂正弘もおそらく名前を貸しただけの人物だろう。
となると、佐藤に関係がありそうなのは、畑山百合子だと考えられる。
ほかの会社を見ても、現時点で他に追えそうな情報はなさそうである。
となると、この畑山百合子の情報から辿っていくしか手はなさそうだ。
僕は登記情報に記載されている畑山百合子の住所を確認した。
その住所はこの龍哭市内にあり、ここからなら車を走らせれば15分ほどで行けそうである。
ただ、取引から10年ほどが経過しているので、果たして今でもそこに住んでいるかは怪しい。
もしいなかったとしても、近隣住人に聞けば、少しは情報が集まるかもしれない。
普段は聞き込みなどの体力仕事は総一に任せているが、今は彼も重行さんの足取りを追うので手一杯だろう。
ここは自分で動く方が早いと思い、僕はすぐさま登録された住所へと向かうことにした。
渋滞などにも引っかからず、予想通り15分ほどで登録された住所には到着した。
そこは、築年数が20年以上は経過している古い2階建てのアパートだった。
登記されていた住所によれば、このアパートの202号室となっている。
アパート正面に1つだけある鉄製の階段は、建築された時から手入れされていないかのように、全体的に赤茶色の錆でおおわれており、それがより一層古さを醸し出していた。
2階に上がるために階段に近づくと、手すりも赤錆でおおわれており、触ると手が赤くなりそうで持つのもはばかられる。
僕は手すりを持たずに、階段を使って2階へと上がる。
2階には扉が4つ並んでいて、アパートの正面から見て左端が201号室で、右に行くにしたがって部屋番号が大きくなっている。
目指す202号室は階段を上がってすぐ右側の部屋であった。
扉のすぐ横には防犯用の鉄格子がはまったすりガラスの窓があるが、中から人の気配は感じられない。
扉の周囲を見渡すが、呼び鈴のようなものは一切見当たらない。
とりあえず、不在かもしれないが、扉をノックしてみた。
しばらく待ってみたが、反応はなかった。
今度は先ほどよりも強めに扉を拳で叩くようにノックしてみる。
しかし、それでも反応はなかった。
窓の上に設置されている電気メーターを確認すると、メーターが動いていない。
ということは、電気が止まっているので、すでに誰も住んでいないということになる。
無駄足だったかとあきらめて、階段の方へ向かおうとすると、後ろで扉が開く音がした。
振り向くと、隣の部屋・・・203号室の扉が空いており、中にいる年老いた女性がこちらを不審そうに見ていた。
おそらく僕がノックした音に気づいて、出てきたのだろう。
「どうも、こんにちは。」
僕は挨拶をしながら、その女性の方へと向かう。
年齢的には70代から80代ぐらいで、白くなった髪の毛は短く切りそろえられている。
「こんにちは。」
少し警戒しつつ、挨拶を返してくれた。
「うるさくしてすみませんでした。お隣の202号室にお住まいの方に用事があったもので。」
「お隣はもう5年以上も誰も住んじゃいないよ。」
僕の言葉がさらに彼女の警戒心を高めたように見えた。
すでに人が住まなくなって5年以上経つ家に、そこに住んでいる人に用事があると言えば、そういう反応をするのは仕方がない。
「そうですか。ちなみに、あなたはこちらに住まれて長いんですか?」
もし10年以上住んでいるなら、畑山小百合のことを覚えているかもしれない。
淡い期待をしつつ、聞いてみた。
「それを聞いてどうしようってんだい。」
どうやら彼女の警戒心をさらに増してしまったらしい。
「お隣に10年ほど前に住まれていた、畑山百合子さんという方の行方を知りたくて、あなたがそのころに住んでらっしゃったかどうかを知りたかったのです。」
「なんだい、畑山さんの知り合いかい?」
彼女の表情が少しだけ和らいだ。
「ええ、まぁ。昔お世話になったもので・・・」
彼女がこれ以上警戒しないように、慎重に言葉を選んで答える。
「なんだ、それなら早く言っておくれよ。畑山さんは元気にしてるのかい?」
「いえ、もうかれこれ10年以上お会いできてなくて、久しぶりにこの街へ来たので、ご挨拶でもと思って立ち寄ったんです。」
「そうなのかい、残念だけども5年前に引っ越してしまったよ。」
「そうですか、せっかく来たのに、残念です。今、どちらにお住まいかはご存じありませんか?」
「さぁ、県外に引っ越すとしか聞かなかったねぇ。さすがにあたしもいい年だから、遊びに行くというのもできないから詳しくは聞かなかったよ。」
「畑山さんとはよくお話されていたんですか?」
「たまたま同い年だったから、よく一緒にお昼を食べたりした仲さ。」
「そうなんですか。しかし、畑山さんもいいお年でしょうから、引っ越しされるのも大変だったでしょうね。」
「そうなんだよ。あたしもてっきり人生の最後まで一緒にいられると思ったんだけどねぇ。私と畑山さんどちらも旦那がもういなかったから。でも、娘さんの京子ちゃんの旦那さんが、立派な家を建ててくれたらしくて。」
「娘さんの旦那さんが?」
「そう、確か・・・えっと、なんて言ったっけ・・・佐藤さんだったかな?」
「もしかして、佐藤太市さんですか?」
「そう! タイチさんだ。京子ちゃんが嬉しそうにタイチさんって呼んでたから合ってると思うよ。京子ちゃんもいい旦那さんをもらったよねぇ。」
畑山百合子と佐藤太市がつながった。
佐藤は、妻の母親畑山百合子の名義で、『一ノ
「あ、そういえば、畑山さんから一度だけ年賀状をもらっていたような気がするよ。もしかしたら、そこに今の住所が書かれてるかも。ちょっと待ってておくれ。」
そう言って彼女は部屋の中へ入って行った。
佐藤との関係が分かっただけでも十分な収穫だったが、もし畑山百合子本人に会って話を聞けるなら、そちらの方が佐藤と話をする上での手札としては有効だろう。
5分ほどして、彼女が部屋の中から出てきた。
「あったよ。多分この住所が今住んでるところなんじゃないかな。」
「ありがとうございます。拝見させていただきます。」
渡された年賀状を確認すると、差出人が畑山百合子の名前になっている。
住所を確認すると、隣の県のようだ。
「住所を控えさせていただいてもよろしいですか?」
「ああ、もちろんだよ。」
僕はスマートフォンを取り出し、年賀状の住所の部分の写真を撮っておいた。
「ありがとうございました。」
僕は年賀状を彼女に返した。
「いやいや、いいんだよ。もし畑山さんにあうことがあれば、あたし、田中美千代は元気でやってるって伝えてくれるかい?」
「わかりました。そのようにお伝えしておきます。」
「いやぁ、懐かしい人の話ができて、あたしもうれしかったよ。」
「こちらこそ、いいお話を聞かせていただき、ありがとうございました。」
僕は最後に彼女にお礼を言って、アパートを後にした。
さすがに今から畑山百合子の新居に向かうにとなると夜遅くになりそうだったので、僕は一旦事務所に戻ることにした。
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