第十三話 拉致

佐藤を拉致した車は、市内のとある雑居ビルの前で止まった。


このあたりは大通りから外れているせいか、車通りも人通りもかなり少ない。


車が止まったのを確認して、俺は手前の路地を曲がって、バイクを止めた。


路地の物陰から、車の様子を確認する。


後部座席に座っていた二人が、両脇から佐藤を抱えるようにして、雑居ビルの中へと入って行った。

運転席に座っていた男が周囲を確認した上で、それに続く。


車の中に人がいないのを確認して、俺はすぐさま雑居ビルへと走った。

そして、俊弥に位置情報を送ってく。


雑居ビルは築年数がかなり経過しているように見える。

看板はすべて外されており、テナントもすべて入っていない様子だった。

廃ビルと読んでも良さそうな状態。


雑居ビルは3階建てで、エレベーターはない。

1つの階に1部屋しかない作りのようである。


入り口に立って中の様子を確認してみると、佐藤を連れて行く男たちの声と足音が階上から聞こえる。

やがて、扉を開くような音。


どうやら、奴らは3階の部屋に入ったようだ。


とりあえず、非常階段などがないかを確認するために、ビルの周囲を回る。

調べてみると、階段は先ほどの男達が上って行ったものだけ。


今の建築基準だと、おそらく非常階段を設置する義務がある。

しかし、築年数が古いビルなので、現在の建築法に適合してなくても問題はないのであろう。


そうなると、3階へ上がるには、正面の階段を使うほかない。


俺は再びビルの入り口まで戻った。


ここからでは3階の部屋の中の様子までは把握できない。

となると、3階まで上がるしかない。


俊弥にメッセージを送って、俺はビルの中へ入った。

俺は足音がしないように細心の注意を払って階段を上っていく。


3階への階段の途中で一旦立ち止まる。

そして、こっそりと部屋の扉の方を確認した。


もし部屋の前に見張りが立っていたら、恐らくこんな行為も無駄かもしれなかったが、幸い外に見張りはおらず、佐藤さんを拉致した3人は部屋の中にいるようだ。


俺はそのまま階段を上り切り、部屋の扉の前まで近づいた。

そして、扉に耳を当てて、中の様子を探る。


部屋の中の会話がかすかに聞き取れるレベルだったが、ビルの外から確認するよりははるかに状況が把握しやすい。


奴らは佐藤に3日前の夜にプレハブ小屋で何を見たのかを問い詰めているようだった。

しかし、佐藤は知らないと言っている。

何やら押し問答のようなやり取りが繰り返されているっぽい。


3日前と言えば、確か重行さんがプレハブ小屋を出た日ぐらいのことである。

佐藤はその日の夜に重行さんのところへ行っていたのだろうか?


いや、さすがにそれはないだろう。

もし会っていたのなら、重行さんの行方を佐藤が知らないはずはない。


3日前の夜にプレハブ小屋で奴らが見られては困るものを見た人物がいる・・・


見た人物はおそらく重行さんだろう。

3日前までは、重行さんはプレハブ小屋に滞在していたはずだ。


奴らが探しているのはおそらく重行さん。

重行さんを見つけるために、プレハブ小屋を見張っていたということだったようだ。


あのプレハブ小屋にはめったに人が来る場所ではない。

だから、来た人物がその目撃者だと勘違いして、俺と俊弥を尾行したり、佐藤を尾行したりしたということか。


そして、奴らの勘違いで佐藤が目撃者と思って拉致したということだろう。


すなわち、重行さんは奴らが見られて困るものを見てしまった日にプレハブ小屋を出たということか。


奴らが見られて困る何かは、重行さんがプレハブ小屋を逃げるように出た理由に結びついている可能性がありそうだ。


はたしてそれが何なのか・・・


そこまで考えていたところで、部屋の中の様子が急にあわただしくなってきた。


押し問答のようなやり取りの繰り返しに、らちが明かないと切れた一人が、佐藤を殺してしまおうと言い出したのである。


ほかの二人はまだ必要な情報が聞き出せていないと制止しているが、流れがかなり怪しい方向に向かっている。


俊弥に一刻も早く状況を伝えないといけないのだが、ここにいては、俊弥に電話をかけるわけにもいかない。

おそらく電話をかけると、中の人間に俺の存在がバレてしまう。


かといって、ここを離れて電話をかけに行ってたら、その間に中の状況が悪化する可能性もある。


とりあえず、状況はかなり危険だというメッセージを俊弥に送った。


ここで俺が突入した方が良いか、それとももう少し様子を見た方が良いか、判断が非常に難しい。


すると、俊弥からすぐにメッセージがやってきた。

マナーモードにしているので、中の奴らに俺の存在はバレてはいないはず。


すぐにメッセージを確認する。


<スタンバイできた。中でガラスが割れる音がしたら突入してくれ>


ガラスが割れる音で突入?

良くは分からないが、俊弥の指示はいつも正確だ。

今回も間違いなく大丈夫なのだろう。


さっきまで以上に、部屋の中の様子に全神経を集中する。


中にいる3人の会話は徐々にヒートアップしているように思える。

やがて、佐藤の殺害に反対していた二人のうちの一人が、殺害もいたし方がないという流れになって、いよいよヤバい状況になった。


その時、部屋の中でガシャンというガラスが割れるような大きな音が聞こえた。


俺は俊弥に言われた通り、扉を蹴破って中へと突入した。


部屋の中へ入ると、扉と奥の窓の丁度中間ぐらいの位置に、椅子がありそこには佐藤が座らされていた。

佐藤はどうやら両手足をロープで括られていて、身動き取れない状況になっている。


そして、奥の窓の1枚が割れていて、すぐそばに男が一人倒れて呻いている。


佐藤の左右には、それぞれ伏せている男が1人ずついた。

おそらく窓が割れたことで、銃器による襲撃か何かだと考えて、姿勢を低くしたのだろう。

俺は、すぐさま左側の伏せている男のもとに駆け寄って、腹部に強い蹴りを入れる。


「うっ!」

苦しいうめき声を上げて、男は腹部を抑えた。

これで当分は起き上がれないだろう。


続いて、俺は右側の男の方へと向かったが、向こうもすでに俺のことに気づき、立ち上がって応戦体制に入っていた。


肉弾戦なら、何とかなると思っていたら、男は右手を懐に入れた。

そして、黒い塊を取り出し、こちらに向けてくる。


それが自動拳銃オートマチックハンドガンだと認識するのに時間はかからなかった。


相手との間合いは詰め切れておらず、こちらの攻撃は蹴りでもまだ届かない位置。


とっさに左へと飛んで回避行動を取る。

それと同時に、大きな銃声が部屋にこだまする。


勢いあまって転倒し、受け身を取って、すぐに相手の方を向く。

その時に俺が元いた位置に、着弾の跡が見えた。


再び俺が立ち上がるのと、相手が銃口をこちらに向けるのがほぼ同時だった。


相手との距離はさっきよりもさらに広まっている。

ここからダッシュで相手が拳銃を撃つよりも速く対応することはさすがに無理そうだ。


これは終わったかも。

致命傷だけを何とかして避けないとという考えが脳裏をよぎった次の瞬間。


奴が握っていた自動拳銃オートマチックハンドガンが奴の手を離れて、宙を舞った。


俺はそのチャンスを見逃さない。

すぐにダッシュで奴に近づき、その勢いのまま奴の腹部に向けて、膝蹴りを食らわせる。


奴の体がくの字に折曲がる。


顔が上がってきたところを、右の拳で思いっきり殴りつけた。


その一撃で、奴は床に倒れて動かなくなった。


少しやりすぎたかもという思いもあったが、多分、これぐらいでは死なないと思う。

おそらく大丈夫だろう。


窓際付近で最初から床の上でうめき声を上げていた男に近づき、腹部に一発蹴りを入れて完全に無力化しておく。


窓から外を見ると、道をはさんだビルの上に俊弥の姿があった。


そう、俊弥が向かいのビルから複合弓コンパウンドボウでサポートをしてくれたおかげで、俺は撃たれずに済んだ。


最初のガラスが割れる音も、俊弥が一人目の男を撃った時に窓ガラスが割れた音だった。


俺は俊弥にお礼のつもりで右手を上げる。

向こうもそれに答えて右手を上げえた。


その後、俺は佐藤に近づき、手足のロープを解放してやった。


「大丈夫でしたか?」

「助かりました。ありがとうございます。」

佐藤はそういいながらも、よほど恐ろしかったのだろう、体を少し震わせていた。


「あなたはたしか、先日中野さんの件でお会いした・・・」

「はい、九十九総一です。」

「なぜここで私が捕まっているということが分かったんですか?」

さて、どう答えるべきか。

正直にプレハブ小屋へ行くところから尾行していたことを伝えるべきか、それともそこは隠しておくべきか悩むところである。


「えっと、たまたま? みたいな・・・」

「たまたま?」

佐藤が少し怪訝そうな表情を浮かべた。


「それは僕がお答えします。」

部屋の入り口の方から声が聞こえ、俺と佐藤が一緒にそちらに顔を向ける。

そこに立っていたのは俊弥だった。


「僕は東雲俊弥と言います。九十九と一緒に中野重行さんの行方を探している探偵です。」

そういいながら俊弥は佐藤に握手を求めて右手を出した。


「この度は助けていただき、ありがとうございます。」

佐藤はそれに答えて、俊弥と握手を交わす。


「佐藤さんには先日、彼にお話を聞かせていただいたのですが、情報的にもう少し知りたいことが出てきたので、再び彼を佐藤さんの会社に向かわせたんです。」

実際には、佐藤を尾行するためだったが、そこは黙っておくべきなのだろう。


「その向かっている途中で、佐藤さんが車で連れ去られるところをたまたま目撃したので、助けに来ることができました。」

「なるほど、そうだったんですね。本当に、なんとお礼を言えばよいのか・・・あなた方は命の恩人です。」

とりあえず、少しは信頼してもらえたように見える。


「それで、中野さんのことで、何をお教えすれば良いのでしょうか? 知っていることは何でもお話いたします。」

「あなたのお話を聴いて、彼に『スナック翠』のママに会いに行ってもらったんですが、特に交際相手というわけではなかったようなんです。」

佐藤の表情が一瞬固まったように見える。


「いや、それは申し訳ないです。部長と仲が良さそうに見えたので、少しでもお役に立てればと思ってお話したんですが・・・」

「なるほどそうでしたか。いや、どんな些細な情報でも手がかりになるようなものがあれば、教えていただければ助かります。ほかにどこへ行ったかの心当たりはございませんか?」

「いえ、何も・・・出張から帰ってきた日以降、どこへ行ったのか、皆目見当もつきませんし・・・」

佐藤は自分がプレハブ小屋へ向かったことを俺たちが知らないと思っている。

何でも話しをするといいつつ、こういうことを言う以上、重行さんの行方をどうしても知られたくないようだ。


「なるほど、出張から帰ってきた日以降、どこに行ったか全くご存じないと。」

俊弥が値踏みするかのような目で佐藤を見る。


「そうですね、全く分かりません。」

佐藤は少し緊張した面持ちで答えた。


「話は変わるのですが、彼らをご存じでしょうか?」

「いえ、全く面識はございません。」

「彼らに拉致されるような心当たりなどは?」

「それも思い当たりません。」

佐藤はきっぱりと断言する。


「なるほど、ここに来る途中で少し調べていたですが、おそらく彼らは『地頭じとう土地開発』という会社の人間のようです」

「『地頭じとう土地開発』・・・ですか。」

地頭じとう土地開発』という単語を聴いた瞬間、佐藤の表情が曇った。


「ええ、大島建設のコンサルティングを行っている会社です。その人間が、大島建設の社員であるあなたを拉致するというのは妙な話です。」

佐藤の表情がさらに暗くなったように見えた。


「何か、思い当たるようなことはございませんか?」

「いえ・・・何も」

佐藤の顔は血の気が引いたようになり、消え入りそうな声で答えた。


「そうですが。実は中野さんは、もしかしたら彼らによって、あなたと同様に拉致されてしまったかもしれないのです。」

俊弥の言葉はおそらく間違っている。


さっきの奴らの会話の内容を聴く限り、奴らが探しているのは重行さんでほぼ間違いない。

もし重行さんが捕まっているならば、わざわざ佐藤を拉致する理由はない。


ただ、さっきの奴らの会話は俊弥にはまだ分かっていない情報。

ということは、俊弥が勘違いしている可能性もあり得る。


「俊弥、そのことなんだが・・・」

俺が訂正しようとした瞬間、俊弥はこちらを見て目くばせする。


どうやら俊弥は、わざと佐藤に間違った情報を与えているらしい。

ここで俺が不要なことを言うのは、支障が出るから黙っておけ・・・そういうことのようだ。


「いや、何でもない。」

俊弥の意図を察して、俺は黙った。


俊弥は俺の言動に満足したようで、さらに佐藤に向けて言葉を続けた。


「佐藤さん。あなたと中野さんが『地頭じとう土地開発』に拉致されるような、何か共通することは何かございませんか?」

佐藤の表情がさらにおかしくなった。

顔からは生気が失われたかのようだが汗がにじんでいる、そして呼吸は荒い。


何やら極度のストレスが一気にかかっているように見える。


「いえ・・・」

わなわなと震える口から発せられたのはその一言だけだった。


「そうですか。わかりました。」

俊弥はその反応が見れたことで状況を理解できたのか、真剣な表情を少しだけ緩めた。


「とりあえず、佐藤さんを近くの駅までお送りします。そして彼らは一応警察に連れて行きます。」

「警察!」

警察という言葉を聴いて、佐藤の声が緊張のせいか裏返っている。


「それは当然でしょう。あなたを拉致するような輩を放置しておくわけにも行きません。警察に事情を説明して突き出しておかないと。」

「そう・・・ですね。」

「おそらく近日中に警察から今回の件について、佐藤さんにも事情聴取の呼び出しがかかるかもしれません。その際は対応をお願いいたします。」

「わかりました。」

そういった佐藤の顔は、さっきよりも少し安堵したように見えた。


「総一、こいつらのことを頼んでもいいかい?」

俊弥がこちらの方を見て俺に話しかけた。

要は事情を説明してこいつらを警察に引き渡せ・・・そういうことなのだろう。


「分かった。任せてくれ。」

「あと、ゴム弾だけは、回収しておいてくれ。見られても大丈夫だとは思うが、念のためにだ。」

そういうと、俊弥は佐藤さんを連れて、部屋の扉から出て行った。


窓際に移動し、2人がビルを離れたのを確認してから、ガラスの破片が散乱している部屋の方へと向き直る。


「さてと、後始末はしておきますかね。」

自分に気合をこめるためなのか、意図しているわけではないがそんな言葉が口から洩れた。


まずは俊弥に言われた通り、俺は周囲を探してゴム弾を2つ回収した。


それから、床に倒れこんでいる3人組を動けないようにロープで拘束する。

その後、スマートフォンを取り出して警察に通報した。

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