第八話 協力者

総一に事務所前まで送ってもらったあと、僕はすぐに事務所に戻って、再び大島建設のサーバーへアクセスしていた。


一つは、馬淵義男についての情報を探すこと。

『スナック翠』で重行さんと偶然出会ったという話だったが、今回の尾行の件から、彼が重行さんの行方を知っているかもしれないからである。

総一には夜に再び『スナック翠』へ行き、馬淵から直接話を聞いてもらうのだが、正直に答えない可能性の方が高い。

であれば、馬淵が話をしたくなるような、何か弱みのようなものを入手できれば、有利に話を進められるかもしれない。


もう一つは、あのプレハブ小屋以外に、20年前のダム工事で使った後、放置されているプレハブ小屋がないかを探すためである。

重行さんがあのプレハブ小屋に潜伏していた場合、まだ身を潜めておく必要があるかもしれない。


しかし、食事の途中で抜け出すほどの何等かの事態が発生して、あのプレハブ小屋へ戻れなくなったとしたら、新たな隠れ場所を確保する必要があるはずだ。


あのプレハブ小屋は、20年前のダム工事の際に使われていたもので、おそらくダムの底に沈むだろうと考えて、撤去せずに放置していた可能性が高い。


プレハブ小屋の立地を考えると、あそこにあると知っている人でない限りは、普通は誰も近づかない。

身を隠すには、まさにうってつけの建物だと言える。


もしかしたら、あそこ以外に同じように撤去されていないプレハブ小屋が残っていて、重行さんはそちらへ移動したことも考えられる。


とりあえず僕は馬淵義男に関する情報を探し始めた。


過去の大島建設のいつくかの建設案件に、ダンプカーの運転手として参加している記述は見つかった。

20年前のダム工事以前は、毎年いくつかの案件に名前を連ねていた。

ダム工事以降は、約十年ほどは馬淵の名前が出てこない。

おそらく事故を起こして、刑務所に入っていた期間ではないかと思う。


その後、再び大島建設の仕事をするようになって、直近でも業務を請け負っている。


しかし、重行さんと仕事が一緒になったのは、20年前のダム工事の時だけのようで、それ以降は一度も現場が一緒になってはいなかった。


ということは、総一が聞いた馬淵の話は真実で、話しているときの反応を聞く限りでは、重行さんの行方を知っているということもなさそうだ。


その後も少し調べていたが、大島建設のサーバーには、馬淵の弱みを握るような情報を手に入れることはできなかった。


次に、工事の後残されたプレハブ小屋の情報について調べてみる。


工事の際に作られたプレハブ小屋の場所と、現在の地図を照らし合わせてゆく。

プレハブ小屋自体は、資材置き場や作業員の休憩所などを含めて、20か所ほどあったらしい。

大半がダムの底に沈んでいるが、4か所ほどが今もダムの湖面ギリギリで残っていることが分かった。

そのうちの1か所が、今日見てきたあのプレハブ小屋である。


あと3か所ほど、同じように放置されたプレハブ小屋が残されていることになる。

ただ、いずれも現在残っている山道からは離れており、捜索するには少々骨が折れそうである。

もし許可が取れるのであれば、ダム湖からボートを使って行く方が楽な場所ばかりである。


「ダムの管理会社にお願いして、ボートの航行許可を取る方が早そうだ。」

少々面倒な状況だったので、僕以外にだれもいない事務所で、思わず独り言がこぼれてしまう。


そこに総一から聞き込みの結果報告が入った。

「コンビニでの重行さんの目撃情報なんだが、一応コンビニの一か所に来ていたことが分かった。」


総一の情報を元に、コンビニの場所を地図で確認してみる。

こちらの入った山道とは別の山道を抜けた先の市街地に入ってすぐのコンビニであることが分かる。


ということは、やはりあのプレハブ小屋に滞在していたのは、重行さんでほぼ間違いはないだろう。


「ただ、その一か所以外のコンビニでは、誰も重行さんに見覚えがないそうなんだ。」

「コンビニの店員だって、シフトがあるだろうから、レシートが発行された時間帯に担当した人じゃないと、見覚えがなくて当たり前だろう?」

「いや、回ったコンビニはアルバイトが少ないらしくて、話を聞けたのは、レシートが発行された時間に店員としてお店に立っていた人ばかりだった。」

「ということは、各店のレシート発行時間に店頭に立っていた店員が、重行さんに見覚えがないということなのか?」

「ああ、そうなんだ。こんなことあり得るのか?」

朝の出勤前やお昼時などのコンビニの忙しい時間帯に重行さんが来ていたとしたら、その顔をいちいち覚えていないという可能性も考えられる。

しかし、手に入れたコンビニの時間帯を見た限りでは、そんな忙しい時間とは思えないものが多く含まれている。


そうなると、重行さんのことを店員が覚えていないということは、重行さんはそれらのお店には行っていない。

しかし、コンビニで買った品物とレシートは存在している。

「重行さんの代わりに、誰かがコンビニで買い物をして、それを重行さんに差し入れした可能性が考えられる。」

「なるほど。ということは、重行さんの行方を知っている、協力者が存在しているということか。」

「そういうことになるだろうね。」


しかし、プレハブ小屋には重行さんの物と思える足跡しか残っていなかった。

ということは、小屋の外で品物の受け渡しが行われたことになる。


あの場所に残っていた複数の足跡のうち、その協力者のものもあったのかもしれない。

もしくは、プレハブ小屋とは離れた別の場所で会って食料を渡していたか・・・


状況を考えれば、その協力者が馬淵だという可能性もあり得るのではないだろうか。


プレハブ小屋を出た重行さんが、ダム湖のどこかでプレハブ小屋を監視していて、それを馬淵に伝えて僕たちを尾行した。

手持ちの情報をから推理する限りは、それが可能性としては高い。


しかし、総一が『スナック翠』で馬淵と話をした時の感じでは、馬淵が重行さんの行方を知っていて、ましてや協力者だとは思えない。

馬淵がよほど演技力が高くて、総一がそれにだまされていたのなら話は別だが・・・


一介のダンプカー運転手に、果たしてそこまでの演技力があり得るのだろうか?


総一だって僕の事務所を手伝うようになってから2年は経っている。

その間の経験から、相手が演技をしているかどうかは、多少なりとも読み取ることができるようになっている。

その総一をだましせるほどの演技力が馬淵にあるとはやはり思えない。


となると、馬淵は重行さんの協力者ではないと考えるのが妥当だろう。


そして、馬淵が僕たちを尾行していたのは、残っていた複数の足跡の方に関連しているということ。

あの複数の足跡が誰のものか、もしかしたら、一人は馬淵のものだったのかもしれない。


「とりあえず、総一は『スナック翠』で、馬淵と接触してくれるかい。おそらく情報はあまり聞けないかもしれないが、彼の靴にプレハブ小屋近くの灰色の泥・・・いや、時間が経っているから、灰色の砂か・・・なんかがついてないかを観察してくれるとありがたい。」

「尾行のことは直接聞かない方がいいんだよな?」

「そうだね、それは僕たちがバイクに乗っていた人間だとばらしてしまうので、やめておく方がいい。あくまで、重行さんの情報を集めるための聞き込みという体でお願いするよ。」

「了解した。」

そういって、総一は電話を切った。


とりあえず、重行さんは一人で行方をくらませたわけではなく、誰かの協力を得て隠れていることが分かった。

果たして協力者は一体誰なのか。


まだまだ整理するべき謎は多く残されている。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る