第七話 追跡者

「不審な車につけられてるな。」

インカム越しに、俊弥が話しかけてくる。


「そうみたいだな。」

プレハブ小屋を出て、俺と俊弥はバイクで事務所へ戻る途中だった。


山道を抜けて、市街地へ戻ったところから、不審な車につけられていることに気づいた。

銀色のセダンタイプの国産車である。


最初は気のせいかと思ったが、メイン通りを迂回して、抜け道へ入っても、その車はずっと後ろについてきている。


「尾行するにしては、素人っぽいようだ。」


「何か目を付けられるようなことでもしたかな?」

思い当たる節はないが、一応俊弥に確認してみる。


「さぁどうだろう。すぐには思い当たらないな。」

探偵稼業をやっていると、秘密にしていたことを暴かれて、逆恨みする人もいたりする。

俊弥がいう『思い当たらない』というのは、多すぎて絞り込めないという意味なのかもしれない。


「だた、車を一台しか用意していない時点で、ほぼ単独の素人だろう。」

尾行は対象者にバレないようにするものである。

そのため、あまり長い時間同じ人間が対象者を尾行すると、バレてしまう可能性が高くなる。

それを防ぐために、複数人で交代しながら尾行するのがセオリー。


後ろについてきている車は、それを守れていない以上、素人と言ってもいいだろう。


「さて、どうする?」

俺は俊弥にどう対応するのか聞いてみた。


「そうだなぁ、もしかしたら重行さんの居所を知っているかもしれないから、接触してみるか。」

「ん? なんで重行さんの居所を知ってるって分かるんだ?」

スマートフォンの最後の位置を調べに行った帰りに、その持ち主の居場所を知っている車が尾行してくる・・・

そんなに都合のいいことなんで、あり得るとは思えない。


「僕たちが事務所からプレハブ小屋に行くまでの間に、尾行はされていなかった。」

「ああ、行く時にはそんな車はなかったな。」

「となると、あの現場に行った結果、尾行を受けることになったと考えると、あの現場に関係する人間だと推測できる。」

なるほど、俊弥の言っていることがようやく理解できた。


「問題はプレハブ小屋に最初からいた人物なのか、それとも複数の足跡の方なのか・・・」

「重行さんが俺たちを尾行する理由はないんじゃないのか?」

「プレハブ小屋に滞在していたのが重行さんかどうかは現時点では確定していないから、前者という可能性は排除できない。」

「まぁ、確かにそうだな。」

言われてみれば、確かに俊弥の言う通りだ。


「それで、どうすればいい?」

「とりあえず、隠れて尾行をまいてから、相手の出方を見てみよう。」

「了解だ。」

こちらはバイクで向こうは車。

相手より小回りが効くので、どこか細い道に隠れてやり過ごせば、何とかなりそうだ。


俺は少しスピードを上げて相手との距離を取った。

その後、信号が変わる直前に、交差点を曲がった。

そして、すぐそばにあった車では通れなさそうな細い通路に、バイクを滑り込ませる。


すぐにUターンして、元通ってきた道のそばまで戻り、尾行してきた車の通過を待つ。

バイクを降りて、細い通路の入り口ギリギリまで進み、そこから信号の方を確認する。


ほどなくして、信号が変わった。

そして、尾行してきた車は交差点で曲がってきた。


おそらく、追いかけていたバイクが見当たらなくて、焦っているのではないだろうか。


そんなことを考えながら、車を確認していると、車の中には運転手の一人だけであった。

フロントガラスの光の反射で、中の顔までは確認できない。

俊弥の方は、車のナンバープレートをスマートフォンにメモしている。


車が目の前を通過する時に、中の様子を確認する。

「あっ!」

その運転手の顔を見た瞬間、俺は思わず声を漏らしていた。


「声を上げて、どうかしたのかい?」

俊弥がインカム越しに聞いてくる。


「さっきの運転手、見覚えがある。」

「知り合いかい?」

「知り合いというほどは詳しくはないが、昨日スナックで出会った馬淵という男だと思う。」

運転していたのは、『スナック翠』で出会った常連のマーさんこと馬淵義男で間違いはない。


「確か、重行さんの話を聞かせてくれた人だね。」

「ああ。そうだ。」

昨日の話を聞く限りでは、馬淵は重行さんのことをあまり詳しく知らなかったはず。

もしかして、それ自体が演技だったのか?


「スナックで俺が重行さんの情報を探っていたから、尾行してきたのか?」

「いや、それは多分ないだろう。」

俊弥が瞬時に否定した。


「僕たちが尾行され始めたのは、プレハブ小屋を訪問してからだ。」

その点は俺もその通りだと思う。


「もし、総一のことを調べるつもりなら、事務所を出たときから尾行していたはず。」

「ということは、馬淵は俺だと分からずに尾行していたということになるな。」


「おそらく、プレハブ小屋を訪問した人物を尾行していて、それがたまたま僕たちだったと見て間違いないだろうね。」

そうすると、新たな疑問が出てくる。


「馬淵の尾行が始まったのは、確か山道を超えた市街地へ戻ってからだと思うんだが、プレハブ小屋を訪問したかどうかなんか、分からないんじゃないのか?」

俺たちが山道を走っている間に、他にも数台の車が山道を走っていたのを見かけている。

市街地で待っていて、それらの車の中から、プレハブ小屋を見に行った人物を特定することなど果たしてできるのだろうか?


「馬淵一人だと難しいだろうね。でも、協力者がいれば・・・ダム湖のどこかでプレハブ小屋を監視していて、僕たちがバイクに乗るのを確認できれば、あとは馬淵にそれを伝えれば可能だろう。」

そういえば、道中でバイクは見ていない。

他にバイクが通っていれば、間違える可能性もあるだろうが、バイクに乗っていたのが俺たちだけなら、俊弥の言う通り特定することは可能だ。


「ということは、馬淵には協力者がいるということか。」

「そう考えるのが、一番しっくりくるだろうね。」

「となると、なぜ馬淵はプレハブ小屋に近づく人間を尾行しているのかというのが新たな疑問として出てくるな。」

「それについては、現時点では情報が足りないので分からない。」


「プレハブ小屋に滞在していた人物を探しているのか、後から上陸した複数の人間に関連しているのか・・・」

俊弥がそこで一旦言葉を切った。

そして、少し重い口調で言葉を続けた。


「もしくは、スマートフォンの位置情報を確認して、重行さんを探しに来る人物をおびき出すためか。」

「いったい何のために?」

さすがに、俺にはそこまでは考えが及ばなかった。

位置情報をわざとそこで途絶えさせて、人を誘う理由は一体どこにあるのか。


「その場合は、重行さんは彼らに監禁されていると思う、そうまでしてまで欲しい何かがあるんだろう。」

「ただ、捕えた重行さんがそれを渡さなかったから、親族を捕まえて、重行さんに言うことを聞かせようとしているのかもしれない。」

確かに重行さんが行方をくらました理由が分からない以上、あり得ない話ではない。


「ただし、これらはあくまで推測の域を超えていないから、美幸さんたちには伝えないように気を付けて。」

「ああ、分かってる。」

状況が分からない以上、不安な推測を彼女たちに話す理由もない。


「とりあえず、総一には再び『スナック翠』に行って、馬淵から何等かの情報を引き出してもらう必要がありそうだ。」

「確かにそれは、現時点では一番重要そうだな。」


「あと、さっきのレシートを元に、コンビニを回って重行さんの情報を集めるのも平行してやってほしい。」

「まぁ、『スナック翠』があくまで、時間があるから、先にそっちを回ろう。」


その後、しばらく待ったが、馬淵の車は戻ってくる気配もなかったので、再びバイクで事務所を目指した。


俺は事務所前で俊弥を下ろした後、そのままコンビニめぐりへと向かった。

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