第五話 位置情報

総一が『スナック翠』へ行くことは、正直無駄足ではないかと思っていた。


それでも、『スナック翠』のママとの交際関係の可能性を確実に消すには、必要なことだと考えて行ってもらった。


まさかそこで、20年前のダム工事での事故で、村長の娘の佐々木綾乃を轢いて殺してしまった馬淵義男と出会えるとは思ってもみなかった。

しかも、重行さんが旧知で、1ヶ月ほど前に再会したという情報が得られたことも、ある意味良かったかもしれない。


ただ、20年前のダム工事と、今回の行方不明との間に繋がる線は、未だ見出せていない。

1ヶ月前に馬淵と重行さんが出会って、そこから何かが動き出した可能性もないと言えない。


ただ、その線を繋ぐための情報が、現時点では不足している。

ただの偶然なのか、それとも・・・


いずれにしても、重行さんが出張から戻った日以降の足取りは今日1日の調査だけでは掴めていない。

そうなると、明日からの調査の方針としては、現時点で関係がありそうな大島建設の使途不明金の流れを調べて行く方が良さそうである。

それと並行して、念の為に馬淵の動向を調べた方が良いかもしれない。


そんな風に明日以降の調査方針のことを考えていると、僕のスマートフォンに電話がかかってきた。


画面に表示された名前を確認すると、十六夜さんであった。

「はい、もしもし。」

「もしもし、東雲さんですか」

僕の言葉に重ねるようにして、十六夜さんの声が聞こえてくる。

よほど慌てているのだろう。


「美幸からさっき連絡があって、お父さんのアカウントが分かりました。」

どうやら重行さんはアカウントの情報を自宅に残していたらしい。


「位置情報の方は調べてみましたか?」

やり方がわからないようなら、明日にでも事務所に来てもらって、ここで調べてみる必要がある。


「美幸からアカウント情報を聞いて、私の方でそれをやってみたんですが・・・」

電話を通してもわかるほど、声が少し暗くなった。

もしかしたら位置情報が残っていなかったのかもしれない。


「最後の位置情報が、ダムの近くの山の中なんです。」

「ダムの近くの山中?」

この町のダムーーー『龍哭ダム』の近くの山中ということらしい。


嫌な予想が僕の脳裏をよぎる。

それは、電話の向こうの十六夜さんも同じであった。


「美幸さんには位置の話はされたんですか。」

「いいえ。伝えるべきか悩んでしまって・・・まずは東雲さんに相談した方がいいと思ったので、電話しました。」

十六夜さんの判断は正しい。

自分の肉親の最後の消息が山中となれば、おそらく気が気ではいられない。


すでに日が落ちて外は暗い。

今から山中へ行って、暗い中現場を調査しても、些細な手掛かりを見逃してしまう可能性が高い。


「とりあえず、美幸さんには位置情報の話はまだしないでください。・・・そうですね、十六夜さんも位置情報の検索方法がわからなかったと伝えておいて、明日一緒に事務所までご足労いただけますか。」

「わかりました・・・あの、美幸のお父さん、大丈夫ですよね?」

親友の父親の安否が気になって、救いを求めるように僕に聞いてくる。


正直、現時点ではなんとも言えないところではある。


その場所で重行さん自身がスマートフォンの電源を切ったのか、スマートフォンの電池が切れたのか。

あまり考えたくはないが、重行さん以外の第三者が重行さんのスマートフォンの電源を切ったのか。


重行さん本人がスマートフォンを持って、そんな山中へ入ったとすると、何か理由があるはずである。

現状では、その理由は全く分からない。


仮に、重行さん以外の人物が、なんらかの方法で重行さんのスマートフォンを手に入れて、山中へ入ったとしたら・・・

例えば、重行さんが荷物を盗まれて、その中にスマートフォンが入っていて、それを山中に廃棄した?


最悪の状況を考えれば、何者かに重行さんが殺害され、スマートフォンとともに山中に遺棄されたということも考える。


「現時点では情報が少ないので、さまざまな状況が考えられますが、どれも決め手に欠ける仮説でしかありません。」

僕は最悪の状況を外して、正直に現在の状況を彼女に説明した。


最後の位置情報の現場を調べれば、もう少し手掛かりが見つかる可能性はあるとも伝える。


「なので、こちらにも重行さんのアカウント情報を送っていただけますか? 明日現場へ行く前に、調べておきたいこともあるので。」

「わかりました。電話の後、メッセージアプリで送っておきます。」

その後、少しだけ明日の打ち合わせをして、電話を切った。


電話を切った後、すぐにメッセージアプリで重行さんのアカウント情報が送られてきた。


それをもとに、最終的な位置情報を確認すると、十六夜さんが言っていた通り、ダム湖の近くの山中を指していた。

日時を確認すると、重行さんが出張から帰ってきた日の翌日のお昼頃である。


もし、何者かが重行さんを殺害して、死体を遺棄したとすれば、おそらく山中へ持って行くのは人目が少ない夜中だと思う。

最終的な時間が夜中ではないという点が、わずかに望みを繋ぐ。

それでも、夜中に遺棄された後、スマートフォンの電池が切れたのがこの時間という可能性も考えられるので、楽観視ばかりもできない。


位置情報をもとに、周辺の地形などを確認して、少しでも情報を集めようと試みる。

現場は地図に記載されている一番近い山道から、結構な距離がある位置である。

山道へ近づくよりも、湖面の方が近いぐらいの位置。


地図の等高線を読む限りでは、スマートフォンの最後の位置より、最寄りの山道の方が高い位置にある。

荷物が盗まれて、それを投げ捨てたとするには、距離が離れすぎている。


となると、スマートフォンを持っていた人物は、山道から離れたそこまで移動したととみて間違いはない。


地図には載せれない小さな道があって、それを通って向かったのだろうか。

だとしたら、こんな山中に、一体何の用事があって、入ったのだろうか。

そこに何があるか、分かっていて向かったのだろうか?


ダム湖の湖面に近いという点も気がかりで、何らかの理由で入水自殺した可能性を新たに生じさせた。


情報が少ない状態では、疑問は尽きない。

しかも、悪い方向への推測ばかりが出てきてしまう。


やはり、現場を確認してみないとダメだという結論に達して、僕は事務所を後に自宅へと帰った。

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