第三話 ハッキング

僕は総一からの電話を切った後、会話の内容を頭の中で整理していた。


やはり、何かが引っかかる。


総一と佐藤の会話のやり取りに、わずかな違和感を感じた。


しかし、その違和感がどこから来るものなのか、今一つ明確に分からなかった。


とりあえず、違和感については一度置いておいて、僕は僕で総一ではできない調査を行う。


それは、大島建設のサーバーにアクセスして、重行さんの情報を引き出すこと。

出張後、会社に戻って報告書を書いた後で姿を消しているということは、その前後で何かがあったに違いない。


そのためには、まずは大島建設のサーバーにアクセスする必要がある。

しかし、一からアクセスするための情報を取得するとなると時間がかかりすぎる。


だったら、お金はかかるが、専門家の力を借りるしかない。


探偵をやっていると、情報の精度を上げるために、様々な専門家の意見を聞く必要がある。


専門家の中には、企業のサーバーへのアクセス情報を売っている人間もいる。

僕は彼らのことを便宜上『鍵屋』と呼んでいる。


そして、僕はさっそく『鍵屋』の一人にメッセージを送っておいた。

彼が情報を持っていれば、すぐに返信があるだろう。

もし、彼自身が持っていなかったとしても、蛇の道は蛇で、彼の情報網を使って、情報を入手してくれる。


程なくして、大島建設のサーバーにアクセスできるVPNへの接続情報と、そこへアクセスするための管理者権限を持ったIDとパスワードが送られてきた。

それとともに情報提供の費用も記載されている。


少し高いと思ったが、まぁなんとか予算内ではある。


専門家とのやり取りは、お互いの信用の上に成り立っている。

そのため、先に情報が提供され、その情報が正しければ、提示された金額を支払うことになる。

提示された金額が高いからと言って、値切ることは相手の信用を損なうことになるので、原則禁止である。


先に情報を提供する理由は、アカウント情報は生ものだからである。

企業側が情報が漏れていると判断し、IDとパスワードを変更してしまうと、その情報は使えなくなる。

なので、先にそれが使えるものであるかどうかを確認する必要がある。


僕は受け取った情報を元に、大島建設のサーバーにアクセスを試みた。

当然、サーバーへの不正アクセスになるなので、いろんな国のホストを経由して、足がつかないように偽装している。


すると、あっけないほど簡単にサーバーへアクセスすることができた。

どうやらこの情報はまだ生きていたらしい。


ただちに『鍵屋』に指定された金額を送金しておく。


ログインできたサーバーの中身から、まずは重行さんに関する情報をから収集し始めた。

行方不明になる直前に行ったという出張の情報から開始して、時系列を遡って必要そうな情報を集めて行く。


出張に関連する情報については、総一が会社へ行って集めた情報とほとんど変わらなかった。


重行さんについても、会社側の人事評価としては真面目で仕事熱心ということがわかる記述しか見つからなかった。


ただ、重行さんに関する情報を色々と収集している最中に、会社のことでいくつか気になることが見つかった。


1つ目は、会社のお金が不正に横領されているというもの。

会社の過去のプロジェクトにおいて、支払いの実績はあるが、業務内容が不明瞭だったり、納品実績のない取引相手がいくつもあるというもの。

支払ったお金も回収できないため、使途不明金扱いとなり、横領の疑いが持たれているらしい。

複数のプロジェクトの予算に、巧妙に仕込まれていて、その犯人探しが役員主導で極秘裏に行われていると書かれていた。


その容疑者候補の中に、施工管理部門のに所属している部長・課長クラスの人物の名前が数人上がっていた。

その中に、重行さんと、総一が話を聞いた佐藤も含まれていた。


一月程前に発覚して、現在も調査中のようで、実際に誰が行なっているのかまでは、まだ掴めていないようである。


横領の被疑者候補に重行さんの名まえが連なっているのは、果たして偶然なのか、それとも今回の行方不明にかかわっているのだろうか。

もし、横領が重行さんのやったことだとした場合、横領した後のお金は果たしてどこへ消えたのか。

もしかしたらそのお金を使って、どこか遠くへ逃げたのかもしれない。

しかし、果たして娘の美幸さんを置いてまで、そんなことをするだろうか?


2つ目は20年前のこの町のダム工事にまつわるもの。

現在のダムのできた場所には、小さな村があったらしく、その村の土地取得の際に、住人たちとの間で揉めたという記述。

それによると、当時の村長をはじめ、全員が土地の売却に反対していたそうである。

ところが、ある日を境に、村長が売却に賛成する側に回ったことで、住人が徐々に売却に賛成していったと記載されていた。


最後まで強硬に反対していた勢力も一部あったようで、工事が始まってからも、バリケードを作ったりして工事の邪魔をしていた。

その際に、工事用車両が反対派住民の一人を誤って轢き殺してしまったという記載があった。


残念ながら、その事故の詳細については、そこには記載されてはいなかった。

ただ、人身事故であれば、役所などで当時の新聞などを調べれば、詳しい情報が手に入るかもしれない。


その事故を契機に、反対は住民の声が小さくなって、全ての土地の買収が完了したとあった。


あと、そのダム工事の際に、現場で指示を執っていた人物の中に、重行さんが含まれていた。


20年前のダム工事での事故の際に、重行さんと何等かの関係があって、それが原因で行方が分からなくなっているのか?

可能性としては低いような気もするが、現状で手がかりが少ない以上、事件については調べてみる必要はありそうだ。


3つ目はこの会社で、毎月コンサルティング費という名目で、ある会社にだけ結構な額が支払わていること。


コンサルティング費という名目自体は、企業としてはそれほど注目するべきものではない。

大手企業なのだから、実際に専門的な相談を行うこともよくあることだろう。


問題はその額が、他の会社に比べて、あまりにも大きいという点である。

定期的にコンサルティング費を支払っている会社は数社あったのだが、その会社だけは他の会社の3倍近い費用が毎月計上されている。

地頭じとう土地開発』という会社である。


調べてみると、約20年前から毎月支払われるようになっていた。


ちょうど、ダム工事が行われた時期と一致する。


ダム工事で、『地頭じとう土地開発』が大島建設に何か大きな貢献をした結果、現在の関係になったと考えるのが良さそうである。


ただ、ダム工事のこと以外で、重行さんと『地頭じとう土地開発』のつながりについては、面談記録を含めて一切記載は見当たらなかったので、今回の件とはあまり関係がないのかもしれない。


重行さんが姿を消した件に一番関係がありそうなのは、横領容疑に関してだと思うが、これについては、かなり詳しく調べてみないと分からない。

調査内容を見る限りでは、使途不明金の支払先の会社はすべて今は存在していない会社だったらしい。

そうなると、資金の流れを追うことはかなり困難が予想される。


時間がかかる調べものは後にして、まずは20年前のダム工事で発生した事故について調べてみることにした。


すると、当時の新聞の記事をネット上で見つけられた。

死亡したのは佐々木綾乃ささきあやので、当時20歳。

轢いたのはダンプを運転していた馬淵義男まぶちよしおで当時41歳。

大島建設の社員ではなく、下請け業者の社員だったようだ。


記事によれば、ダム工事の反対派住人が、道路を占拠して、工事用車両の出入りを阻止する活動が行われていたらしい。

死亡した佐々木綾乃もその阻止活動をしていメンバーの一人だったそうだ。

佐々木綾乃は、その村の村長の佐々木浩二ささきこうじの娘との記載もあった。


大島建設のサーバーの情報によれば、村長は最初ダム工事に反対の立場だったのが、ある日を境に賛成に変わったとあった。

詳しい時系列が分からないが、もしかしたら娘の死を境に、村長の気持ちが変わったという可能性もありそうだ。


ただ、新聞記事を読んでいても、重行さんの名前は一切出てこなかったので、やはり今回の失踪とは関係のない事故なのかもしれない。


さらには、毎月高額のコンサルティング費が支払われている『地頭じとう土地開発』についても調べてみた。

ざっと調べてみると、どうやら地上げを専門にしている会社のようである。


様々なサイトを見てみると、どうもかなり怪しい会社のようで、反社会的勢力との付き合いも噂されている。


ということは、ダム工事のための村の土地を地上げするのにも一役買っていた可能性は高そうだ。


村長が急に売却に合意したのは、『地頭じとう土地開発』が暗躍した結果なのかもしれない。


ダンプを運転していた馬淵が、『地頭じとう土地開発』とつながりがあるならば、村長を脅すために、娘の佐々木綾乃を事故に見せかけて、殺害して脅しをかけたということも考えられる。


ただ、肝心の重行さんとの接点についてはいまだつながりは薄いので、もう少し何か情報が欲しいところである。

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