第二話 行方
十六夜さんと中野さんから依頼を受けた翌日。
俺は俊弥に言われた通り、朝から重行さんの勤務している大島建設へと向かった。
重行さんの会社は外から見る限りでは約20階建てのビルで、そのビル一棟がすべて大島建設の持ち物だった。
入り口には警備員が立っており、出入りする人の行き来を見守っている。
出社時間の前らしく、多くのスーツ姿の社員らしき人たちが入り口から建物の中へと流れ込んでいた。
とりあえず、会社で事情を聴くべく、入り口へと向かうことに。
入り口から建物の中へ入ろうとすると、立っていた2人の警備員が近づいてくる。
「失礼ですが、どちらの部署に御用でしょうか。」
警備員の一人が俺の姿を見て、警戒しつつ話しかけてきた。
多くの人がスーツを着て通勤する中、Tシャツにチノパンという少し場違いな格好の俺を見て怪しむのも当然だ。
普段から俊弥には周囲から目立たないためにスーツぐらい着るようにと言われていたのだが、いざというときの動きやすさを考えると、いまいち着る気になれない。
「えっと、こちらの施工管理部門にお勤めの中野重行さんのことで、お伺いしたいことがあるのですが・・・」
俺は要件を正直に伝えた。
「すみませんが、どういったご関係で?」
もう一人の警備員も警戒しつつ、俺に質問を投げてくる。
「俺・・・じゃない私は東雲探偵事務所の九十九総一というものです。」
ポケットから名刺を取り出して、警備員に差し出した。
会社にいた頃は何とか取り繕ってはいたが、自分を『私』という呼び方はあまり得意ではない。
「中野さんのご家族から、重行さんの行方を調べてほしいという依頼がありまして、それでどなたかご存じの方にお話を伺えたらと訪問させていただきました。」
俺の名刺を受け取った警備員の一人は、その場から少し離れながら耳に装着しているインカムで誰かとやり取りしていた。
もう一人の警備員は、相変わらず警戒の姿勢を崩さずに俺の方を見張っている。
お互いに気まずい時間が流れる。
やがて、インカムで通話していた警備員が戻ってくる。
「とりあえず、部署の担当者が降りてくるそうなので、しばらくロビーでお待ちいただけますか。」
どうやら、無事に話を聞いてもらえそうである。
警備員に先導されて、建物の中に入り、入り口そばの待合ソファに座って担当者が来るのを待たせてもらう。
ロビーで待っている間、会社の中の行き交う人々を観察する。
俺が俊弥の事務所に入ってから、探偵なら周囲の人をよく観察しておけと言われたからやり始めたことである。
人を観察していると、見えないものが見えてきたりするようになるというのだが、いまだにピンと来ていない。
俊弥なら、それぞれの人の細部を観察して、わずかな手がかりから、その人がどんな性格の人で、普段は何をしているのかまで分析して、ある程度把握できるらしい。
それでも、やり始めた頃に比べれば、少しずつだが上達はしている・・・と思いたい。
普通の会社なので、ロビーを行き交う人の姿を見ると、スーツを来た普通のサラリーマンっぽい人しかいない。
違うスーツを着てはいるが、どれも何の変哲もないただのサラリーマンばかりである。
建設会社と聞いていたので、もう少し現場向けの格好をしている人の出入りもあるのかと思っていたのだが、どうやら違うらしい。
一応、行き来する人の中に、重行さんがいないかは確認してはいるが、世の中そんなに甘くはない。
そんな中、俺でさえ違和感を感じるようなスーツ姿の男が一人、入り口から入ってきた。
スーツ姿である点は同じなのだが、先ほどまで見ていた他のサラリーマンとは何かが違う。
すぐ隣で話をしながら歩いている人は、普通のサラリーマンにしか見えないが、その人とは決定的に何かが違うように感じる。
頭はスキンヘッドで、他の人よりも少し恰幅が良いといえば聞こえがいいが、少し肥満気味である。
頭の特徴は確かに他の人と違っているので、少し目立つのは確かだが、違和感はそこではない。
一体何がと自問自答しながら、じっくりと観察していると、向こうもこちらの視線に気づいたのか、こちらの方をちらりと見た。
慌てて視線を外し、手元のスマートフォンに目を落とす。
スマートフォンを見ているフリをして、視界の隅でその動向を確認しながら、違和感の正体を考える。
同行している普通のサラリーマンっぽい人と、話をしながら徐々にこちらに歩いてくる。
もしかして彼が警備員の呼んでくれた人なのではないかという疑問が脳裏をよぎるが、彼が入ってきたのは玄関入り口から。
ということは、その可能性はあまりなさそうである。
では、エレベータの方に向かわず、こちらへ向かってくるのか。
ロビーのソファには俺以外に人はいない。
「兄ちゃん、何かようかい?」
目の前にやってきたその男が声をかけてきた。
念のために周囲を改めて見まわしたが、俺以外に彼が話しかけられるような人はいない。
「俺・・・じゃない、私ですか?」
顔を上げると、スキンヘッドが目の前に俺を見下ろすように立っていた。
「そうや、お前や。他に誰もおらんやろ」
サラリーマンにしては、少々口が悪いように思える。
そして、何やら妙な威圧感を発している。
「警備員さんに、ここで待つようにと言われたので、スマホを見ながら待っていただけですが」
「ほー、スマホねぇ。待ち受け画面のままで、何を見てたんや」
とっさにごまかすためにスマートフォンを手にしたが、解除するのをわすれて待ち受け画面のままであった。
「いや、時間を確認していたんですよ。」
俺自身もそんなに気の長い人間ではない。
スキンヘッドのやたらと高圧的言葉遣いに、ごまかしつつも少々いら立ち始める。
「仕事の割には、服装がなっとらんなぁ。」
来た時から思っていたことを指摘され、カチンときて思わず立ち上がる。
「こういう場所は不慣れなので、すみませんね」
今度はこちらがスキンヘッドを見下ろす形となった。
俺の身長は199cmもある。
立ち上がれば、ほとんどの人が俺のことを見上げる必要がある。
「それだったら仕方がないな。」
スキンヘッドは俺の大きさにビビったのか、言葉づかいが少しだけ柔らかくなったような気がする。
「それで、何か御用ですか?」
これ以上話しをしたくないからと、少し乱暴に話しかける。
「いや、体格よさそうやったから、うちにスカウトしようと思ってん。」
「スカウト?」
もしかして、建設現場の作業現場のスタッフとしてということだろうか?
「ジトウさん、そろそろ行かないとお時間が・・・」
隣にいた普通のサラリーマンっぽい人が、会話を妨げた。
「おお、そうか。」
少々残念そうに、スキンヘッド・・・ジトウと呼ばれた男が反応する。
「残念、時間切れや。もしまた会うことがあったら、次はもう少し話をしようや。」
そういうと、ジトウとサラリーマンは、エレベーターの方へと去って行った。
去っていくのを見送りつつ、会話中も考えていた違和感がにようやく分かった。
ジトウという男、他のサラリーマンとは違って、やたらと派手なアクセサリーを身に着けていたことに。
金色の指輪や、ネックレス、腕時計など、サラリーマンならあまり身に着けないと思うものを、やたらと身に着けていた。
もしかして、かなり会社のかなり偉い人間だったのかもしれないなぁ。
などと考えていると、入れ替わりで眼鏡をかけたスーツ姿の男性がエレベータの方からやってくる。
「お待たせしました。佐藤と申します。」
いかにもサラリーマンという感じの男性が、名刺を差し出してきた。
名刺には、『施工管理第四課 課長
「中野さんとは、どういう関係ですか?」
「部下の一人です。部長がいなくなる前日の出張の際に、同行していました。」
なるほど、直前まで一緒に行動していた人物ということであれば、すこしは役立つ話しが聞けそうだ。
「出張の時の、中野さんの様子などをお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「中野さんのお嬢さんが来た時にもお話したのですが、特に変わったような様子はなくて、普段通りに見えました。」
「どんな用事で、出張に行かれてたんでしょうか?」
「すみませんが、業務内容については、社外秘となっておりますので、詳しくは申し上げられません。」
まぁ、会社としては当然、そう返答するしかないと思う。
「そこを何とか、すこしだけでもお願いできませか?」
「そうおっしゃられても・・・会社の決まりですから。」
「人の行方が分からなくなっているんです。もしかしたら、命にかかわるような重大な事故に巻き込まれている可能性もあるんです。」
佐藤の表情はすこし動揺したように見えた。
さすがに人命にかかわるかもしれないと言われれば、自分が何も言わなかったせいで万が一が起こってはいい気はしないだろう。
しばらくの沈黙の後、佐藤が口を開いた。
「私の部署で少々トラブルが発生しまして、その相手先への謝罪のために部長に同行をお願いしたんです。」
「その、トラブルというのを、もう少し詳しくお聞かせいただけませんか?」
「先方に納入する資材が、予定していた納期に間に合わないことが分かったので、先に謝罪に行ったという感じです。」
「納期が間に合わないということは、よくあるんですか?」
「多くはありませんが、まれに発生します。ただ、その件については、先方も納得いただいたので、部長がいなくなったこととは関係がないとは思いますが・・・」
確かに彼が言っていることが事実なら、出張中の仕事と今回の失踪とはあまり関係がなさそうに思える。
「出張の後、お二人とも会社に戻られたんですか?」
「はい。出張報告書を書くために、二人で戻ってきました。」
「出張報告書は、その日にお二人とも提出されたんでしょうか?」
「帰ってきた日のうちに、提出しております。部長は、私よりも先に報告書をまとめられたようで、先に帰宅されました。」
出張報告書の話は、娘の美幸さんから聞いた情報通りのようだ。
「中野さんが帰宅する際に、どこかに立ち寄るとか、そういったことはおっしゃってませんでしたか?」
「特には何も聞いてませんが・・・」
会社を出てからの足取りの手がかりでもと思ったが、どうやらないらしい。
俺がいろいろと聞いて時間を取られているせいか、佐藤の表情がどんどんと険しくなっていく。
「もうそろそろ、いいですか。」
立ち上がりそうな勢いで、佐藤が強制的に会話を終了させようとする。
「最後に中野さんの交友関係をお伺いしたいのですが。」
「交友関係・・・ですか?」
「そうです。中野さんとよく一緒にいた人とか、仲の良い女性とか、そういう人に心当たりはありませんか?」
その一言を聞いて、佐藤がハッとしたような顔をする。
「そういえば、出張から帰った日、女性用のプレゼントが買える店を聞かれたような気がします。」
会社のことを聞いても、ほとんど何もしゃべらなかった佐藤が、ここに来て急に心変わりしたのか、急に饒舌になった。
「プレゼントですか?」
「ええ、何でも大切な人に贈るプレゼントだとか、言っていたような気がします。」
「大切な人・・・奥さんとか、娘さんとかではないですか?」
「さぁ、それは分かりませんが・・・そういえば、以前部長に連れて行ったスナックのママと、仲が良さそうな雰囲気でした。」
俺の話しの乗せ方が上手かったのか、佐藤は聞いてもいない情報を漏らしてきた。
「何というスナックですか?」
「駅前にある『スナック
もしかしたら、社内のゴシップが好きな人物なのかもしれない。
いずれにしても、女性関係の可能性が出てきたことは、大きな収穫だった。
これ以上は新しい情報は聞けそうになかったので、佐藤にお礼を告げて会社を後にした。
会社を出てから、とりあえず俊弥に電話して、状況を報告した。
「なるほど・・・スナックのママねぇ。」
俺の報告を聞いて俊弥は電話の向こうですこし考えこんでいるようだった。
「とりあえず、俺は今からそこに行って、話しを聞いてみることにするわ」
せっかく入手した情報である以上、掘り下げない理由はない。
「分かった。おそらく無駄足になるとは思うが、調べてみてくれ。こっちも違う角度から、調べてみたいことがあるから。」
俊弥はそういうと、電話を切った。
何となく歯切れが悪い感じはするが、おそらく俺が手がかりを得たことが悔しいのかもしれない。
せっかくつかんだ解決の糸口、見逃すわけにはいかないと俺は駅前の『スナック翠』へと向かうことにした。
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