第二十六話 出発してやろう!

 早朝。

 人間共はまだ寝ている時間であり、人っ子一人歩いていない。

 我が輩達はブレイヴ王国を出るため、国境付近に来ていた。


「忘れ物はないですかな?」


 バレットがそう問いかけると、我が輩達は頷いた。

 我が輩は寮ではなく、魔王城から学院に通っていたから、特に持っていくようなものはない。

 コレール、ボースハイト、グロルも荷物はほとんどないようなものだった。


「大丈夫、だと思います。だ、大事なものは、実家で保管してくれるはず、ですから」


 コレールはそう言いつつも、バックの中を確認した。


「僕はこの身一つで十分」

「私も忘れ物はありません」


 ボースハイトとグロルは自信がありそうな顔で言った。

 コレールはふと、来た道を振り返り、名残惜しそうにブレイヴ王国の中を見渡す。


「もう、ここには、戻って来れないんだな……」


 ボースハイトは鼻で笑う。


「お前、こんな国に未練があるの?」

「こ、『こんな』って、言うなよ……」

「魔王の右腕を苦労して倒した僕達に、感謝もせず、石を投げるような人が暮らす国だよ」

「そうかもしれないけど、お、俺の育った国なんだ」

「愛国心って奴? ふうん……」

「ボースにもあるだろう?」

「魔法使いに祖国なんてあると思う?」


 ボースハイトは呆れたように笑う。


「何処に行っても煙たがられるんだ。定住なんて出来るはずがない」


 コレールはバツが悪そうな顔をする。


「ご、ごめん……」

「触れちゃいけなかったとか思わないでくれる? 一々面倒臭いな」


 ボースハイトは呆れた顔でため息をついた。

 コレールは再び国の方を見た。


「俺の討伐依頼が出されたら、俺の家族は、どうなるんだろう……」

「虐げられるかもね? でも、家族を捨てて逃げるんだ。お前がそう決めたんだろう?」


 そう言われて、コレールは眉をひそめた。


「逃げる、か。そうだよな。俺、逃げるんだ、また──」


 コレールにとって、『逃げること』は恥だ。

 魔王を前にして逃げた、臆病勇者の子孫、というレッテルを貼られ、自分自身も臆病な性格をしている。

 逃げたくない、と思う心が、国を出る決意を揺るがしている。


「や、やっぱり、俺──」


 今にも引き返しそうなコレールの肩にグロルは優しく手を乗せる。


「逃げるのではありませんよ。家族にまで被害が及ばないように、国を離れるんです」


 グロルはコレールを安心させるために笑いかけた。


「コレール様のご家族なら大丈夫です。上手くやってくれますよ。ご家族を信じましょう」

「信じる……か。そう、だよな……」


 コレールの強張っていた表情が柔らぐ。


「俺が残ったって、何も解決しないもんな……」


 コレールの言葉にグロルは頷いた。

 グロルは国境の先を見つめる。

 これから向かう、国の外側だ。

 一体何が待ち受けているのかわからない。

 だが、行かない選択肢はない。


「行きましょう。名残惜しくて、出られなくなる前に」


 そう言って、グロルは足を踏み出そうとする。


「待って!」


 呼び止められて、グロルは足を引っ込める。

 振り返ると、そこには少年がいた。

 サクリ村の少年ピエタだ。


「ピエタ!」


 ピエタは息を切らせながら、我が輩達に駆け寄る。

 ピエタの胸元には、妹イーズの形見のペンダントがあった。

 キラキラと、朝日の光を反射してきらめいている。


「どうして、ピエタがここに?」

「グロル兄達が国から出るって聞いて……!」


 上がった息を少しだけ整えて、ピエタは言った。


「グロル兄達が出て行くなんておかしいよ! グロル兄達がルザを倒したのは事実なんだ! イーズのペンダントだって取り返してくれた!」


 ピエタは奥歯を噛み締める。


「なのに、グロル兄達が追い出されるなんて……! こんなの、絶対におかしいよ!」

「ピエタ……」


 グロルはピエタに近づいて、目の前でしゃがみ込んだ。

 両手でピエタの頬を優しく包み込んだ。


「そのこと、他の人の前では決して口にしてはいけませんよ」

「どうして!?」

「ピエタが弱いからです」


 ピエタがぐっと押し黙る。

 妹のペンダントにぎゅっと握り締めた。

 グロルは続けた。


「そのことを誰かに話したら、魔族の仲間だと言われ、ピエタはこの国には出なくてはなりません。そうすると、イーズのお墓の傍にはいられなくなります」

「そんな……」

「弱いピエタが国の外に出たら直ぐに魔物に襲われて死んでしまうでしょう。この国を出るのは強くなって信頼出来る仲間を得てからです」


 そう言って、グロルは我が輩達を見た。

 暗に、我が輩達を強い仲間、または、信頼出来る仲間だと言っているらしい。

 今のピエタは強さも心強い仲間もない。

 グロルの言う通り、見知らぬ土地で、ピエタは生き残れないだろう。


「だから、強くなるまで、その気持ちは心の中にしまっておくのですよ」


 ピエタはやるせない顔をした。

 今のピエタが我が輩達に出来ることなどない。

 それを理解したのだろう。


「ごめんね、グロル兄……」


 ピエタが納得してくれたのを見て、グロルは優しく笑いかけた。


「いいえ、ピエタ。この国の中に私達を信じてくれる人がいる。それだけで、私達は救われます」


 グロルは立ち上がって、国の外へと向かっていく。


「行きましょう、皆様」


 我が輩達はブレイヴ王国を出た。

 先頭を歩くグロルにボースハイトが言った。


「良いの?」

「良いんです」


 グロルは少しだけ下を向いて、震える声でこう言った。


「……良いんですよ」


 二人の会話の意味は我が輩にはわからなかった。

 我が輩はピエタのことが気になり、少しだけ後ろを振り返った。

 ピエタは胸の前で指を組み、祈っていた。


「いつか、グロル兄達がこの国に帰って来れますように」


 そう口を動かしていた。

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