第二十四話 パレードに参加してやろう!

 翌日。

 紙吹雪が舞い、青い空へと色とりどりの風船が飛び立つ。

 沿道には出店が並び、香ばしい匂いや白い煙が漂っている。

 マーチングバンドの愉快な演奏が聞こえ、それに合わせて、ダンサー達の洗練されたパフォーマンスが行われている。


 我が輩達は騎士団に囲まれながら、道の真ん中を歩く。

 民衆は我が輩達を見て、手を振る。

 手を振り返すと、民衆はワッと色めき立った。

 まるで、我が輩が民衆の声を指揮してるみたいだ。


「勇者様! 魔王を倒してくれてありがとう!」


 コレールは顔を引きつらせて笑顔を民衆に向ける。


「は、はは……あ、ありがとう」


 ボースハイトがくすくすと笑う。


「コレール、顔を引きつってるよ」

「うう……。人前だと、緊張して……」


 コレールがちらり、とグロルを見る。

 グロルは背筋を伸ばし、真っ直ぐと前を見て堂々と歩いている。


「勇者様、かっこいい!」


 時折聞こえてくる声に、グロルはちゃんと声の主の方を向き、爽やかに笑う。


「ありがとうございます。皆様にフラットリー様の加護があらんことを」


 民衆から一際大きな歓声が上がった。


「グロルは、凄いな……。俺には、あんな爽やか笑うなんて、む、無理だ……」

「人間に媚び慣れてるってだけでしょ。別に羨ましがることじゃない」


 ボースハイトが我が輩の方を向いた。


「ウィナもむすっとしてないで、少しはニコニコしたら?」

「楽しくもないのに笑えるか」

「ぱ、パレードは、楽しくないか?」

「楽しくないから笑っていないのだ」


 ルザも、真の魔王も、討たれてはいない。

 真の魔王は今ここにいて、勇者だと祭り上げられている。

 盛大な祭りをしている場合ではないのだ。

 どうにかして、そのことを人間達に伝えたいが……。


「……ん?」


 ふと、殺意を感じた。

 人混みの中に隠れていて姿は見えないが、明らかな殺意がこちらに向けられている。

 そいつは殺意を隠す気がないようだ。

 拳サイズの石が、グロルに向かって投げられた。

 グロルは他方の民衆に応えていて、それを見ていなかった。

 グロルの額に石が直撃する。


「いっ……!」


 民衆に向けられた微笑みが苦痛の表情に変わる。

 民衆達の歓声が悲鳴に変わり、辺りは騒然となった。

 グロルは石の当たったところを手で押さえてしゃがみ込む。


「グロル!」


 コレールはグロルに駆け寄り、グロルの顔を覗き込んだ。

 対して、我が輩とボースハイトは石が飛んできた方向を見ていた。

 人混みの中で殺意を向けた人間の正体が見える。

 年端も行かぬ少年だった。

 目元を腫らし、頬には涙の跡が残っている。


「魔族め……!」


 魔法使いに対する、いつもの反応だ。

 まさか、ボースハイトの言う通りになるとは思わなかった。


「……ふうん」


 ボースハイトは呆れるのではなく、心底嬉しそうな顔をした。

 地面を蹴り、《浮遊》を使って素早く少年の目の前に顔を近づける。

 少年は目を見開き、仰け反って顔を離そうとする。

 ボースハイトは少年の頬に優しく触れ、それをやんわりと止める。


「僕達に石を投げるなんて命知らずだね。僕達は魔王ルザを倒した勇者なんだよ? 石を投げたってことは、反撃される覚悟があってのことなんだろうね?」


 それを聞いて、少年がサッと顔を青くする。


「ボース! 止めろ!」


 コレールはグロルの介抱をしつつ、大声でボースハイトを咎める。

 ボースハイトが少年から顔を離して、コレールを見やった。


「グロルは、大丈夫だ。だから、ここは、抑えてくれ」


 ボースハイトはふん、と鼻を鳴らした後、少年に背を向けた。

 少年はボースハイトの背中に叫ぶ。


「わ、わかってるんだぞ! お前達が魔王が倒したってのは嘘なんだろ!」


 確かに、コレール達は魔王を倒していない。

 真の魔王は、ルザではなく、我が輩だからだ。

 しかし何故、それをこの少年が知っているのだろう。


「どうして嘘だと?」

「魔王ルザが討たれたと聞いて、父さんは魔物を狩りに行ったんだ。魔王が倒されたら魔物が弱くなるから、今がチャンスだって。でも、魔物は弱くなってなかった! 父さんは魔物に殺された! 全部お前達のせいだ!」


 父が魔物に殺された。

 泣き腫らした目元もそれが理由か。

 うむ……何処から話すべきか。

 そもそも魔王が倒されたからといって、魔物が弱体化することはない。

 魔王の存在と他の魔物の強さは一切繋がっていないのだ。

 またフラットリーの嘘か?

 間違った知識を人間達に広めるのは、フラットリーと相場が決まっている。


 それに、魔物に殺されたのは我が輩達のせいではなく、父の実力不足のせいだろう。

 魔物と戦えば、魔物が弱体化していないと直ぐにわかったはずだろう。

 殺される前に撤退すべきだった。

 父の危機管理のなさを我が輩達のせいにされても困る。


「お前達は嘘つきだ! 父さんを返せよ! 返せよおっ!」


 少年はぼろぼろと大粒の涙を流す。

 我が輩達を持て囃していた人間達は少年の涙を見て、同情している。

 それと同時に、魔王を討ったと言う我が輩達に、疑念を抱いている様子だった。


「──大変です!」


 そこに法衣を着た老女が飛び込んできた。

 ぼろぼろの本を手に持ち、大声で話し始める。


「フラットリー様の文書の解読が進み、大変な事実が明らかになりました! ルザは魔王ではなく、魔王の右腕だったのです!」

「えっ!?」


 違う。

 ルザは右腕ではない。

 ただの四天王の一人だ。


「魔王の本当の名前は──メプリ。魔王メプリです!」


 それも違う。

 メプリも四天王の一人だが、魔王ではない。

【生殺王】メプリ──生と死を自在に操る魔族だ。


「つまり、魔王はまだ倒されていません!」


 唯一、それだけは正解だった。


「なんだって……!」

「魔王はまだ生きてるの?」

「ぬか喜びだったってこと?」

「確かに、魔物は弱体化されてないみたいだし……」


 民衆の疑念は更に大きくなる。


「ほ、本当だ……! 魔王は倒されてない!」


 追い打ちをかけるように、傷だらけの戦士が現れる。

 足を引きずり、他の戦士の肩を貸されないと歩くことすら出来ないようだ。

 戦士達の身体には、魔物にやられたであろう生々しい傷がついている。


「他の戦士達も魔物の討伐に向かったが、魔物は弱体化してなかった!」


 民衆達は更に困惑した。

 戦士が我が輩達を睨みつけ、指差す。


「そいつらは勇者なんかじゃない! 魔王を倒したと嘘をつき、魔物が弱体化したと思わせて油断させて、俺達を殺す気だったんだ!」


 その言葉を聞いて、民衆達の目つきが変わった。

 疑念が確信へと変わったのだ。


「魔族め!」

「騙しやがって!」

「この国から出て行け!」


 紙吹雪は石に変わり、歓声は罵声へと変わる。

 楽しいパレードは一瞬にして終わりを迎えたのだった。

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