第二十三話【掌握王】に会ってやろう!
我が輩はラウネンの話を聞かされるのがいい加減嫌になり、立ち上がった。
扉に手をかけたとき、コレールが気づいて、我が輩に声をかける。
「あれ? うぃ、ウィナ、何処に、行くんだ?」
「お手洗いだ」
「そ、そうか。あまり、フラフラするなよ」
「ああ」
我が輩は部屋に外に出て、扉を閉めた。
扉の僅かな隙間から声が漏れてきた。
「ひ、一人で大丈夫かな……」
「トイレ行くだけでしょ。まさか王様の首取りに行く訳でもあるまいし」
「こ、コラ。冗談でも、そんなこと、言うんじゃない」
我が輩はふん、と鼻を鳴らし、廊下を歩き始めた。
□
ボースハイトはなかなか察しが良い。
ラウネンの首を取るつもりはないが、ラウネンに会いに行くのは当たりだ。
我が輩は壁を突き破って、ラウネンがいる部屋に入った。
扉から入るのは遠回りだったからだ。
「ぎゃー!?」
寝間着姿のラウネンが悲鳴を上げて飛び起きた。
ベッドで横になっていたらしい。
「へっ!? 何っ!? 何なのっ!?」
ラウネンは青い顔をする。
ラウネンの悲鳴を聞きつけたらしい、数名の護衛騎士が扉を勢いよく開けた。
壊された壁と我が輩を見て目を見開いた後、大声で叫んだ。
「しっ……侵入者だーっ!」
「陛下をお守りしろ!」
護衛騎士達が無謀にも我が輩に襲いかかる。
「ふむ。我が輩はラウネンと話をしに来ただけなのだが……。まあ、我が輩の邪魔をするならば排除せねばなるまい」
我が輩が反撃する直前、ラウネンが言った。
「《待った》」
我が輩は反撃の体制を止め、護衛騎士の様子を伺う。
護衛騎士達の目が虚ろになっている。
「はーあ。面倒事起こさないでよねっ」
ラウネンはベッドを降りた。
修復魔法でパパッと壁を元通りにしながら、護衛騎士達に近寄った。
先頭に立った護衛騎士の一人の頭を掴む。
「《君達は今何も見なかった》」
ラウネンがパッと頭を離すと、護衛騎士達は皆一斉に我に返った。
「あれ? 私は……」
「ほっほっほ。疲れておるようだな」
護衛騎士は我が輩を見ると、目の色を変えた。
「あ! し、侵入者! 陛下! 侵入者が!」
「何を言っておる。《この者はそなたが通した》のだろう?」
護衛騎士がラウネンの言葉を聞いてハッとした。
「あ……。そ、そうでしたね」
「此奴は私の古い友人だ。《そなたもよく知っておろう》? それに《此奴はそなたの命を救った恩人》ではないか。侵入者とは失礼ではないか」
「そ、そうです。どうして忘れていたんでしょう!」
いつ見ても、気持ちの悪いやり取りだ。
我が輩はこの護衛騎士を救ったことなどない。
そもそも、会ったことすらない。
今、この護衛騎士は、ラウネンに無理矢理、記憶を植え付けられたのだ。
我が輩が命を救った恩人である、と。
「久しぶりの再会に水を差すものではないぞ」
「そうでありますね! し、失礼しました!」
「良い、良い。ほーっほっほ」
護衛騎士は深々と頭を下げて謝罪し、部屋から出て行った。
それを笑顔で見届けた後、ラウネンはこれ見よがしに深いため息をついた。
「相変わらず嘘つきだな、ラウネン」
ラウネンは悪戯がバレたような顔をする。
「……にゃぱぱぱ! そちらも相変わらず乱暴だね、魔王様?」
ラウネン……こいつは人間ではない。
四天王の一人【掌握王】ラウネン。
魔族である。
「まさか、貴様が人の王となっているとはな」
ラウネンは嘘つきで無責任な性格だ。
人間の信頼を得られるような人格ではない。
だが、人心掌握の魔法に長けている。
先程、護衛騎士にしたように、偽の記憶を植え付ける魔法も、得意魔法の一つ。
その魔法を使い、力技で人間の王座に座ったのだろう。
コレールやボースハイト、グロルがラウネンを褒め称えるのも、その魔法を使ったに違いない。
「ボクも驚いたよー。魔王様とあろう者が人間の真似事してるなんてねっ!」
ラウネンはふかふかのベッドの上にドカッと腰掛ける。
「勇者学院はどう? 楽しい?」
「貴様、何故、我が輩が学院に通っていることを知ってる?」
「にゃぱぱ! ボクに知らないことがあるとでも?」
少し考えればわかることだ。
我が輩はかなり強引に勇者学院ブレイヴへ入学した。
一人の入学志望者の試験結果の開示。
勇者学院の勇者科設立。
入学志望者を全員合格。
その全てを、一介の魔族であるバレットが出来たとは思えない。
だが、ブレイヴ王国の国王──その上、人心掌握魔法に長けたラウネンなら、それが出来る。
バレットはラウネンに協力を仰いだのだろう。
入学させた本人ならば、我が輩が勇者学院に入学したのも知っていて当然だ。
「……なるほど。バレットの言うコネと言うのは貴様のことか」
「さっすが魔王様、わかっちゃうんだ?」
ラウネンは立ち上がり、窓に向かって歩き出す。
窓から見える町並みを愛おしそうに眺める。
「良い国でしょ? ブレイヴ王国。ここに住んでる人間共、魔族が国を統治してるとは思ってないんだよ。笑えるよねっ! にゃぱぱぱ!」
「ここの人間達に、魔法使いが魔族である、と教え込んだのも貴様か?」
「いや? それはボクのせいじゃないよ? 人間共が勝手にそう思い込んだんだ。勝手に自滅するなんて、本当に愚かだよねえ。人間共って。にゃぱぱぱ!」
ラウネンは腹を抱えて笑う。
嘘の情報を流布しているのがラウネンのせいじゃないとすると、やはり、フラットリーとかいう大嘘つきのせいか。
「フラットリーめ、余計なことを……」
「余計なこと? 余計なことって言った? 余計なことをしてるのは魔王様の方じゃないの~?」
ラウネンはニヤニヤと笑う。
「どういう意味だ」
「だってさ、魔法を人間に伝えたり、経験値システムを作ったり、最近の魔王様は人間に肩入れしてるじゃん。魔王様なのにおかしくない? 魔族の住みやすい世界を作るのが魔王様でしょ?」
ラウネンは我が輩の目を覗き見た。
「ちょっと期待外れだなあ……」
我が輩はラウネンを見つめ返す。
少しの睨み合いをする。
ラウネンは目を閉じ、フッと笑った。
「ルザが倒されたの本当に困るんだよねっ。人間共が調子乗っちゃうし。魔王様も困るよねー?」
「確かに、本当の魔王である我が輩を倒しに来なくなるのは困るな」
強い者と戦うために勇者学院に潜入したのに、戦いに来なければ意味がなくなってしまう。
しかし、魔王は倒されてないと人間達に伝えるにはどうすれば良いのか……。
「そうでしょ、そうでしょっ! ま、ボクがなんとかするよ。魔王様はなんにも心配しなくて良いからねっ」
ラウネンはそう言って、「にゃぱぱ」と笑った。
「……わかった。貴様に任せよう」
ラウネンに少し胡散臭さを覚えたが、我が輩は他に良い方法が思いつかなかったため、ラウネンに一任することにした。
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