第3話 帝国と身分証

 ベルの召喚された小屋が位置する国の名は、スペリブレイ王国。この大陸にある国々の中でもトップクラスに長い歴史と、連綿と続く王家の血筋を誇る由緒正しき国である。国土面積もさることながら、その国力も目を見張るものがあった。直近200年はこの国の一強時代と言って差し支えないだろう。

 だが、最近になって、その構図も崩れ始めた。とある国の台頭によって、磐石に見えた大陸の構図のその根っこから、ぐるりと転覆しかけている。

 グランマギカ帝国。かつては小国だったそこは、もはや王国とサシで戦ったとして、引き分けに持ち込めるほどの国力を有するまでになった。

 その要因は様々あるだろうが、一番はやはり、希少価値の高い金属である、|魔銀(ミスリル)の鉱脈を発見したことだろう。

 現在稼働している鉱脈は大陸全部で4つあり、そのうち帝国のを除いた3つはすでに|魔銀(ミスリル)を採り尽くしかけ、もはや生産高はほぼゼロとなっていた。

 そんな中での鉱脈発見なのだから、国庫は|魔銀(ミスリル)貿易で潤い、その資金を以って軍事力の拡大、さらには優秀な人材を育成するための教育機関の設立など、様々な施策を打ち出したおかげで、今や大陸の二大国家と評されるまでになったのである。

 そんな国にベル達が向かう理由は、やはり、完全実力主義社会ということが大きい。王国のような身分至上主義を掲げる国では、平民が金を稼ぐのは難しい。であれば、安直な考えだが、実力主義の国でそれを狙う方がはるかにいいという結論に至ったからだ。


「もしニーナが学園に受からなくても、僕が稼いでくるからね」

「だめ。生きていくんなら自分で稼がないと」


 決意を新たに、ベルの腕の中でふんすと息を吹くニーナ。現在、ベル達は、グランマギカ帝国の国境を跨いだあたりだ。明朝に発って今は昼下がり。普通ならあり得ない移動スピードだが、ベルの高速飛翔でそれを可能にしていた。

 ちなみに、ニーナはお姫様抱っこをされている。はじめは恥ずかしさのあまりジタバタしていたが、それもいつしかやみ、今は遠くに連なる山々をぼんやりと眺めている。


(はわぁ〜、ベルってなんかいい匂いする…細身に見えて結構筋肉あるのよね…これって現実かしら?)


 脳内は全く落ち着いていないが。

 と、今話にあった通り、ニーナは帝国立のグランディア学園に通うことになっている。入学金やらは、ベルが昔から貯め込み続けた金貨でのお支払いだ。

 なぜ通うかというと、その学園を卒業できれば、社会的に大きなアドバンテージを得られるからというのと、帝国で安定した地位を得るにはそこを通ることが最低条件の一つとなるからだ。実際は、帝国で何か重要なポストにつく気もないので、安定して稼げる職に就くためのステータスとすることの方が目的としては大きい。

 実力の方に関しても、悪魔であるベルト契約したニーナの魔力は膨大なものになっているし、魔法も扱えるようになっている。また、ベルの演算領域の一部がニーナとリンクしているので、頭の回転もこの世界の住人からすれば驚くべき速度にまで底上げされている。なので、難関だとは言っても、ニーナからすればそこまで難しくはない。

 わかりやすく言い換えるなら、ニーナにとってグランディア学園は、現代日本の下位の中堅大学レベルである。加えて言うと、ニーナは早慶レベルであれば多少の努力で受かるレベルとなっている。


「でも…本当に学園なんて受かるのかな」


 そんなことは与り知らない彼女からすれば、これから控えている受験はとても不安なものに映っているようだった。


「大丈夫だよ。僕が保証する。ニーナは絶対に受かるから」

「またそんな根拠のないこと言って…」


 根拠はあるが、今それは言わない方がいいと思ったベルは、口のチャックを閉じた。そうして、着々と帝国の帝都は近づいていく。




 日がようやく傾き、辺りが橙色に染まり出した頃、ベルとニーナは帝都に到着した。流石に飛んでいるところを見られては敵わないので、少し離れたところにある小さな森に降り立ち、そこからは徒歩で行った。

 ベルは、ニーナが矢に貫かれて血まみれだったので、誤魔化すためにも回復魔法を事前にかけて、魔力で服を作って渡しておいた。


「とまれ。何か身分を証明できるものはあるか?」

「持ってないね」


 検問所に差し掛かり、衛兵に止められる。


「ふむ。では、仮の身分証を発行するから、簡単な聴取に応じてくれ」

「はいよ」


 帝都は大都市だ。そんな中に犯罪者を入れるわけにはいかない。なので、意外とこういった検問は徹底されている。

 特段やましいことなどないベルなので、衛兵の簡単な質問に答え、仮の身分証を発行してもらった。ニーナの方も、無事に通過できたらしく、検問所の方からとてとてと可愛らしく小走りをしてベルに向かってよっていく。


「この身分証はある程度の期間しか身元を保証してくれないから、早いとこ正規のやつを作りにいくよ」

「分かった!それにしても、帝都ってすごいね…」


 確かに、と思いベルは街並みを見渡す。中世ヨーロッパのような街並みにしては、路端は清潔に保たれているし、おそらく魔法だろうが、街灯も寸分の狂いなく等間隔に配置されている。

 また、道の双璧をなす建物も基本的に4階建ての石造りで、重厚感があり、圧倒される。よく見てみると、細かいところに、凝った彫刻が彫られていて、それがさらに街を一つの芸術に昇華しているようだった。

 

「露店も、王国のとはなんかこう、綺麗さが違うし…」


 露店、いわゆる屋台は、道端に連なっていて、きちんと整備されているからか、清潔感がある。売っているものは、生肉やら青物やらが中心だが、どれもとても新鮮そうに見える。

 その時、ベルの横で小さく『きゅる』という音がたった。ベルが視線を落とすと、恥じらうように顔を下に俯かせたニーナの姿。


「……身分証より、先にご飯にしようか」

「…うん」


 生物以外に、串焼きやウインナーを売っている露店もあり、そこから漂ってくる匂いが、ニーナの食欲を刺激したらしい。しきりに唾を飲み込んでいた。

 垂涎ものとはまさにこのことである。


「じゃあ…あの串焼きにしようか」

「やった!」


 まだ日は空にある。串焼きを堪能するのに、十分な時間は残っている。

 ベルとニーナは、一緒に串焼きの露店へと足を向けた。






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はじめまして。作者の海鮮丼です。

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