第4話 土曜の昼

昼下がりのリビング。七瀬紗月がソファで眠りについている間、三匹の猫たちはテーブルの下に集まり、いつもの秘密会議を始めていた。


「いや~、今日のカリカリ、なんかいつもより美味しかった気がするプゥ!」

フドがしっぽを揺らしながら、ぽっちゃりした体を揺らして満足げに言う。


「それ、どうでもいいニャ!」

カマがぴょこんと耳を立てて、軽く反論する。

「もっと重要な話をしようニャ!」


「何が重要なのさプゥ?まずは腹が満たされないと始まらないプゥ!」

フドが少しむっとしたように言い返すが、そのやりとりを聞きながら、ツンは冷静に口を開いた。


「ほんと、あんたたちって話が進まないダカラ。」

ツンがしっぽをゆっくり揺らしながら、二匹のやり取りを一刀両断する。


「でもさ、最近紗月がテレビで見てるニュース、地球温暖化の話が多いよねニャ。」

カマが少し真剣な表情で切り出した。


「温暖化って、何なんだプゥ?」

フドが首をかしげる。

「なんか暑くなるってことプゥ?」


「そうニャ。それで、魚が減ったり、人間が困るって言ってたニャ。」

カマが説明すると、フドの目がぱっと見開かれる。


「魚が減るのは困るプゥ!それはヤバいプゥ!」

フドは真剣な顔で力強く言い放つ。


「だから、あんたの食べ物の話じゃないダカラ。」

ツンが冷静にツッコミを入れながら、小さくため息をついた。


「それよりも、紗月のほうが心配だニャ。」

カマが、ソファで眠る紗月のほうをちらりと見ながら言う。

「最近、疲れてるみたいだし、昨日だってすごく甘えてきたニャ。」


「そうだねプゥ。昨日、布団に潜り込んだら、ぎゅーってされちゃったプゥ。」

フドが得意げに話すと、ツンがじろりと冷たい目を向ける。

「それ、ただの寝ぼけダカラ。」


「でもさ、本当に疲れてるのは間違いないニャ。もっと元気になってもらいたいニャ。」

カマが小さくうなずくと、フドも考え込むような表情をした。

「じゃあ、もっといっぱい遊んであげるのはどうプゥ?」


「遊ぶのもいいけど、まずはちゃんと休ませてあげるのが大事ダカラ。」

ツンが冷静に言葉を続ける。

「朝に無駄に甘えすぎるのも控えるべきダカラ。」


「えー、朝ごはんは譲れないプゥ!」

フドがすぐに抗議するが、ツンはピシャリと言い放つ。

「そこは我慢しなさいダカラ。」


三匹の猫たちは、紗月を元気にする方法について真剣に話し合いを続けた。

ソファで眠る紗月が小さく寝返りを打つと、三匹はそっと声を落とし、会話を止めた。


「とにかく、私たちで紗月を守るしかないダカラ。」

ツンがしっぽをピンと立てながら言うと、カマとフドも小さくうなずいた。


「……ほんと、あいつ、今日はいつもより元気ないダカラ。」

ツンはため息をつきながら、小さな声でつぶやいた。いつもなら「私は関係ない」と素っ気なく構えるのに、どうしてかその日は気になって仕方がない。


フドとカマはそれぞれ、すでにお気に入りの場所で眠っている。ツンはちらりと二匹を見たあと、そっとソファへ近づいた。


紗月はツンが近づいてきたことに気づかないまま、ぼんやりとカップを手に持ったままだ。ツンはそのままソファに飛び乗り、紗月の隣にそっと座った。


「……ツン?」

紗月が驚いたように顔を上げると、ツンはさりげなくしっぽを紗月の腕に巻きつけた。その動作は、まるで「大丈夫だよ」と伝えているようだった。


「どうしたの?今日は珍しいね……。」

紗月は小さく笑いながら、そっとツンの頭を撫でる。ツンは少しだけ身を引くような仕草を見せたが、逃げることはしなかった。


「たまにはこうしてやるのも悪くないダカラ。」

ツンは心の中でそうつぶやきながら、そっと紗月の膝に体を寄せた。


「ありがとうね、ツン……。」

紗月はツンの柔らかな毛並みに触れながら、ふっと小さく息を吐いた。気づけば、目尻に涙が浮かんでいた。


「最近、仕事がきつくてさ……なんだか、誰にも甘えられなくて……。」

紗月の声は震えていたが、その手はツンを優しく撫で続けていた。


ツンは静かに目を閉じ、紗月のぬくもりを感じていた。普段は距離を置くツンだが、このときばかりは紗月に全てを委ねるように寄り添った。


「ほんと、あんたたちがいてくれるから、私、まだ頑張れるよ……。」

紗月は涙をぬぐいながら微笑むと、ツンをぎゅっと抱きしめた。ツンは少しだけ驚いたが、逃げることなくそのままじっとしていた。


「全く、ほんとに手がかかる飼い主ダカラ……。」

そう思いながらも、ツンは紗月にそっと体を寄せた。その瞳には、いつもより少しだけ優しさが宿っていた。


その夜、紗月はツンの優しさに包まれながら眠りについた。ツンもまた、紗月の腕の中で静かに目を閉じた。

翌朝、フドとカマは珍しい光景に目を丸くすることになる──ツンが紗月の膝で丸くなって眠っていたのだ。

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