第3話 土曜日の朝
薄明かりが部屋を満たす土曜日の朝。七瀬紗月は、久しぶりに仕事を忘れてゆっくり眠れる日だと思っていた。だが、そんな彼女の静かな時間は、一匹の茶トラ猫によって終わりを迎える。
「ニャ……ニャー……。」
微かに聞こえる鳴き声。だが、疲れが抜けきらない紗月は、布団を頭まで引っ張り、気づかないふりをした。
しかし、それでもフドは諦めなかった。
「ニャッ!」
今度は少しだけ強めに声を上げると、彼はそっと紗月の枕元へ歩み寄った。そして、柔らかい肉球を紗月の頬に押し当てた。
「……んん……なに?」
重い瞼をようやく開ける紗月の目の前には、キラキラと輝く緑色の瞳があった。フドがじっと彼女を見つめている。
「フド……まだ朝早いんだけど……。」
紗月は目をこすりながら時計を確認する。朝の6時半。休日くらい、もう少し寝かせてほしいと思いながらも、フドのひたむきな視線に負けてしまう。
「そんなにお腹すいたの?」
そう言うと、フドは嬉しそうに尻尾を振り、再び紗月の顔に肉球を押し当てた。彼にとっては「朝ごはんまだ?」という意思表示のつもりなのだろう。
紗月はしぶしぶ布団を抜け出し、キッチンに向かった。フドは短い足を必死に動かし、彼女の前をぴょんぴょんと跳ねるように進む。
「はいはい、いつものカリカリね。」
紗月がキャットフードを皿に入れると、フドは勢いよく食べ始めた。その姿を見て、紗月は思わず笑みをこぼす。
「ほんと、あんたって単純だよね。でも、そんなあんたを見てると、なんか私も元気になるんだよね。」
紗月はフドの背中を軽く撫でると、再びソファに腰を下ろした。
その頃、カマとツンも少しずつ起き始めていた。カマは寝ぼけまなこで紗月の足元に擦り寄り、ツンは窓際で大きく伸びをしている。
「ふぅ、土曜日の朝っていいよね。あんたたちと一緒にのんびりできるのが一番幸せだよ。」
紗月はカマを膝に乗せ、ツンにも声をかける。それに対してツンは少し照れたようにしっぽをピンと立てていた。
フドの肉球で始まった朝。それは紗月にとって、少しだけ疲れを忘れさせてくれる特別なひとときだった。
紗月は大きなあくびをする。
「まだ眠いなぁ……もうちょっとだけ寝ようかな。」
そうつぶやくと、紗月は再び布団に戻った。
ところが、それを見ていたフドは、そっと紗月の後を追ってきた。
「え、フド?どうしたの?」
紗月が振り返ると、フドは小さく「ニャ」と鳴いて、紗月の布団に潜り込んできた。そのぽっちゃりとした体が、ひんやりとした朝の空気の中で心地よい温かさを持っている。
「まさか、あんたも寝るつもり?」
フドは何も答えないが、するりと紗月の腕の下に入り込み、背中をしっかりと押し当ててきた。その柔らかな感触とふわふわの毛並みが、紗月の体にじんわりと伝わる。
「はぁ……フド、あんたほんとに甘え上手だね。」
紗月は苦笑しながら、フドの背中を軽く撫でた。フドはそのまま静かに目を閉じ、すぐに穏やかな寝息を立て始める。
「こんな朝も悪くないな……。」
紗月はフドの温かさを感じながら、ゆっくりと目を閉じた。
気づけばカマも布団の足元で丸くなり、ツンはいつの間にか少し離れた枕元で静かに横になっている。三匹の猫たちに囲まれたこの瞬間、紗月の心は久しぶりにほっと安らぎ、疲れが溶けていくようだった。
土曜日の朝は、こんなふうに猫たちと一緒に始まるのが一番いい──紗月はそんなことをぼんやりと思いながら、フドと同じようにまた眠りについた。
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