第3話 あたたかい部屋

「どういうことですか」

僕が尋ねると、店主は吸い終わった煙草を灰皿に落とすと、テーブルの端に置かれたその物件の紙を手に取って話し始めた。

「部屋で自殺や殺人で住人が亡くなられると、その部屋はしばらく事故物件て呼ばれるんですよ。私達不動産屋からしたら、いろんな処理やら何やらで時間もお金も取られる上に事故物件だなんて、はた迷惑な話なんですけどね。」

「はあ…」

僕はテーブルの上の紙を見ながら小さく答える。

「ああ、すみません。話が逸れましたね。で、こちらの物件なんですが、これだけは、事故物件ではないんです。ですがおすすめはしませんね。元々不気味な雰囲気で、いろいろ出そうな物件なんですが、なんといいますか、この物件に住むお客さんは、すぐいなくなってしまうんです」

「いなくなる?」

いなくなる、とはどういうことなのだろうか。僕の頭の中ではいろいろな想像が駆け巡った。

「いなくなる、といっても、住んですぐ解約する人もいれば、失踪といいますか、連絡が取れなくなって様子を見に行ってみると誰もいない、ということもありましてね。まあどちらにしろ不動産屋としては家賃を取りっぱぐれてしまうんですよ。なんで、いっそのこと敷金礼金を少し高めに設定して、月々0円にしてるんです。この物件でこの値段ってだけで、大体の人は不気味に思ってしまうし、どっちにしろこの話をしてここに決める人はまあいないんですけどね」


なるほど。事故物件ではなく、そういう理由でこのような値段なのか。すぐ解約というのは、たぶん幽霊や心霊現象といった類を目撃した人なのだろう、と僕は勝手に想像した。しかし、失踪、とはどういうことなのだろうか。

「失踪、というのは、誘拐されたとか殺されたってことなのでしょうか」

店主は、うーんと腕を組んで上を見上げた。

「特にそういう訳ではないようなんですよ。年齢も性別も出身もバラバラで、狙って誘拐されたり殺されたりする感じじゃないんですよね。ただ共通してるのは、みなさん独り身だったってことですね。うちは特に契約時に保証人とかもいらないので、連絡が取れなくなることが多いんですよ」

僕は店主の顔を覗き込むように聞き入っていた。

「あの、連絡が取れなくなることが多いということは、連絡が取れた方もいるんですか」

「そうなんです。何人かとは電話で連絡が取れて、仕事の関係でどうしてもとか、借金がどうのとか…。まあこちらとしては敷金礼金を貰ってるんで、生きていれば安心という感じで次の人に貸し出してるんですよ」

なんとも奇妙な話だが、この値段は魅力的だ。幸い幽霊やおばけの類は今まで見たことがないし、家に呼ぶような友人もいないので家の見た目はさして問題ではない。1番の懸念は、失踪、であるが、話を聞くと亡くなっている訳ではなさそうだ。そんなに頻繁に人が亡くなっていれば警察も動くだろうしテレビでも報道するだろう。しかしそんなことよりも、普段やる気のない僕には珍しく、この物件に強烈に興味を惹かれていた。

「すみません、こちらの物件を契約したいのですが」

僕がそう言うと、店主は驚いたような呆れたような、しかしやっぱりなとでも言うように僕の目をじっと見つめて、

「分かりました。…知りませんよ」

小声でそう言うと契約書を取りに店の奥に消えていった。

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