第2話 絶対に大丈夫なことなんて一つもない

つばの広い帽子をかぶって車を降り、こども達と手をつないで海へ歩く。

 

砂浜で感じるような海の香りとは異なる、魚や生活の匂いが混じった海風。

 

大輔は手を離して釣りをしている男性の元へ走っていき、魚を見せてもらっている。


「大ちゃん、遠くへ行かないで」


 私の手を強く握っている春樹が叫ぶ。

 

 が、弟に兄の忠告は届かない。


 あと一段降りたら海、という石段に二人で腰をおろした。


 海は凪いでいて、漁港には釣れても釣れなくてもいいという、ゆるやかな雰囲気が漂っている。


「ただいまぁ。ちっこいお魚さんがいたよ」


 港を一周まわってきた大輔の広い額に光があたっている。


「お腹すいた」

 

 笑ってしまう。


 こどもはいい。


 沖縄での新生活、仕事や収入はどうなるのか、新しい幼稚園や保育園に慣れるのか。


 そんなことを考えなくていい。


「お母さん、ずっとここにいるの? 津波は大丈夫? ねぇ、お母さんってば」


 ああ、こっちには考え過ぎているこどもがいる。


 絶対に大丈夫なことなんて一つもないんだよ

 

 口にはださず、春樹の背中を上から下へとなぜた。


「お母さん、お母さん、お魚のレストランがあるって」


「え? なんて?」


「だからぁ、レストランがあるって。あそこの釣りのお兄さんが言っていたよ」


大輔は「行こうよ」と私の手を引いた。


「いきなり、レストランに?」


「行こうよ行こうよ」と大輔の声が大きくなる。

 

「じゃあ、どんなところか、聞いてみてからね」


私が立ちがるのを見て、大輔はすぐに走りだした。

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