転生先は、お屋敷のようで

 わたしは、いまでもその時の話をお母様やお父様から聞くことがある。


 二人が嬉々としてわたしに話してくる、私達姉妹が、まだ同然だったときの話。


 でも、わたしはその話を聞くたびに変な気持ちになって思わず笑ってしまう。なにせ、お母様もお父様も、今から考えてみれば口を揃えてありえないようなことを口にするのだから。


 でも、不思議と、そう言われても納得してしまうような気持ちになってしまう、わたしがいるのも事実。


 わたしの双子の姉にして、わたしの大好きなお姉ちゃん。


 ――――セレストリア・フォン・ファルネーゼの、幼少期のおはなしを。





 ・・・




 お父様たちが言う分には、姉さんは昔はすごく落ち着いていた子だったらしい。


「おとなしい」

 というのは、今の姉さんの姿を見ればとても考えられないことだけれど………。話を聞いてみれば、普通の赤ん坊とは違った落ち着きを持っていた、みたいな意味だそうだ。


 普通の赤ん坊であれば、泣きわめくような。

 普通の赤ん坊であれば、騒いでしまうような。


 そんな、年相応のことをせず、歳不相応な落ち着きを持っていた子……昔の姉さんは、そんな赤ん坊だったようで。


 試しに、当時のことを知る侍女にもそれとなく話を聞いてみた。

 彼女が言うには、姉さんは生まれた頃から一言も発さず、ただただ無言で周囲の目を見据えていたらしい。


 ――――生まれた頃から、泣きもしない不気味な赤ん坊。


 そんな認識が、当時の出産を看取った侍女たちの間では騒がれていたとかなんとか。



 確かに、今でも時々不思議に思う行動をすることはある。

 ―――うぅ、というか、今の姉さんはみんなの不安の種みたいな言動しかしない方だけれど…………。


 だけれど、それは彼女の活発さからくるようなもので。


 赤ん坊のときとはいえ、大人しかったというのは些か想像に欠ける人物像だった。




 生まれてから数ヶ月もするころには、姉さんは屋敷のいろいろなところへと勝手に動いて出向くようになっていたらしい。


 侍女たちに言わせてみれば、目を話した隙に、なんと屋敷の反対側の書庫にまで行っていたときも在ったそうだ。


 あまりに頻繁にいなくなるものだから、遂には付き人も増やされていたらしいが……それでも、まるで、更に大人数の従者の、自然と気づいた時には部屋を抜け出していたようだった。


 はじめのうちは皆戸惑って、あらゆる部屋、庭、時には屋敷の外まで出向いて探しに行ったこともあったとか。


 だけれど、何度もそれが起きるうちに、姉さんの行動パターンはシンプルなものであることに気づいたようだった。


 姉さんは、基本的には書庫のある部屋か、訓練場にしか行かなかった。

 時々お腹が空いたのか、厨房へと行ったこともあったようだけれど、基本的に目を離したときにいたのは書庫や訓練場だった。


 書庫には司書が常駐しているし、訓練場には近衛の騎士団が基本的に居る。騎士団長のグレイは、その頃から姉さんのことを面倒見ていたようだった。なんでも、剣や素振りを見せると、目を輝かせて眺めていたのだとか。


 次第に周囲の人々も、それをなんでもない光景だと思い、余り神経質にはならないようになった。


 生まれてから数年も立つ頃には、彼女は二本足で立って歩くようになり……より、その恒例のも増えたが、それでも行く先は相も変わらず、書庫か訓練場。その頃から、少しずつ言葉も話すようになってきてはいたが、そういった一人の時間を過ごしているときには、まるで別の国の言葉を使っているような面持ちで、独り言を呟いていた……らしい。


 そもそも歩き始めたばかりの幼女がある程度まともに言葉を話せる事自体、それは特殊でありえない状況では在ったが……周囲に人が居て、何かを要求する際にはきちんとした単語を言えているのに、書庫などで本を一心に見つめてなにかを呟いている様子は、当時の従者たちにさえ、「本を理解しているのではないか?」と錯覚させるほどであったという。


 そう、しかしそれは、常識的に考えてありえない話。

 齢二才やそこらの幼児が、理解できるわけがないのだった。


 ――――屋敷の書庫にある、難解な地理書や歴史書、魔導書の類を。





 ・・・






 あの目覚めの日から、いくら月日が経ったか。

 数日か、数週間か。数ヶ月か、はたまた数年か。


 感覚の中ではひどく長く、実情としてはひどく短いように……その日々は悠久の刹那とすらカゲマサには思えて居て、過ぎ去っていった。


 ……あの日、目覚めの日。

 カゲマサは鏡に写った、を見て、自身が助けられて目覚めたのではなく、どこかの土地にてのだと悟った。


 鏡像のその赤子は自分が頭の中で行った動作と全く寸分違わぬ動きをしていたし、何より自分の目にもその小さな身体が映っていた。……そこまで状況が整えば、これはカゲマサにとって受け入れるべき事実なのだと納得することができた。


 もとより、剣をアテに放浪をする前は、実家の屋敷で教師をつけられていたカゲマサだった。――算術や儒学、統治領のための為政の手腕のみならず、寺の坊を読んでの説法や、孔子の兵法書の輪読など、内容は多岐にわたった。時には親父の方針で商人の真似事もさせられた。……今に思えば、当時は遮二無二純粋に座学にもふけっていたものだな、とカゲマサは追想する。


 その中の坊の説法にも、輪廻転生の類の話は何度か出て来た。

 話を聞かされた当時はいまいち懐疑的なカゲマサであったが、こうしてになってみれば、存外疑問もなく当意できるものであった。



 ……加え、記憶の中に確かにある、あの神との対話。


(戰神、フツノミタマ………)


 誤算混じりかつ、予想外の自体であったことには一切変わりはないが、唯一つある程度の確信があって言えることがあるとすれば、この事態を引き起こしたのは、あの竹林の社にいたあやつなのである、ということ。


 無論、渇望していた闘争のないあの世界江戸に未練は一切ない。その観点で言えば、むしろありがたいとさえ言って然るべき状況であるが、その際意趣返しに神につけられた幾つかの制約が悩みの種だった―――――



(女の体とは、また難儀なものへと生まれ変わったものだ)


 ………そう、転生後のカゲマサの体は、女の体へと変えられていたのである。


 それは自身の鏡に写った目鼻の形からもわかるものであったし、そしてなにより前世で長らく共にいたナニが消失していることからも自ずと推し量れるものだった。



 すっかり心身もある程度成長し、建物の中をそれとなく自由に行動ができるようになったカゲマサは、何度かの探索を経て、少しずつこの摩訶不思議な輪廻転生の詳細を把握しつつあった。



 ――――まずここは、確実に日ノ本ではない。


 これは目覚めたときに視界に入った男女の姿からも察していたことだったが、この建物の敷地にいる人、その誰を見ても到底日本人には見えず……そして、畳を始めとした和式の様相もどこにも見当たらない。


 加えて、なにより決定的だったのは書庫らしき部屋にて見つけた地理書である。精巧な図法で記されたその地理書を信じるのであれば、この国の姿形は到底日ノ本のそれではない。


 更に、フツノミタマの言葉を信じるのであれば、ここは元いた世界でもない。

 そんな実態が事実として、カゲマサの脳内には刻まれていった。



 また、目覚めてからしばらくするにつれ、あちらこちらを這って動き回ることが可能になってきた。それまでは例の目覚めたときの部屋にしかいられなかったから、情報収集がてら建物の中を見て回ったことがある。


 監視の付き人が何人かいたが、そのどれもが隙だらけだった。



 前世で習得した気配遮断の技術や、間隙を縫う術を駆使すれば、包囲を抜けて別の場所に向かうことなど造作もなかった。


 カゲマサが特に好んだのは書庫と剣道場のような場所であった。


 はじめて書庫を見たときは、その巨大さや蔵書数に圧倒されたが、その本棚にしまわれた本のそれぞれに価値ある情報が眠っていることを考えれば、苦も無く読み進めることができていた。


 はじめの方は言葉すらわからなかったが、次第に文字を習得し始め、一つ、また一つと、まるで蘭書を解読するかのような面持ちで次々と読破していった。


 先ほど挙げた地理書のみならず、この国家の歴史を綴った書物、この屋敷の主の自叙伝めいたもの、創作物の小説、経済白書、政治的文書など、種別は様々に、多種多様な書物が眠っていた。


 それらを読み進めていくうちに次第と言語も難なく習得していき、発声機能が潤沢に育つ前に、ある程度単語を覚えてしまう次第だった。





 また、剣道場のような、訓練のための施設が建物の脇の広場に設営されていることに気づいた。

 鋼でできた重そうな甲冑に身を包んだ男たちが、素振りなどの鍛錬に勤しんでいる様子が書庫の窓から見え、そこへと赴くようになったのだ。



 広間の脇に佇みながら男たちの鍛錬の様子を見ていたが、カゲマサを発見した侍女が血相を抱えて回収しようとしたのを、無精髭の生えた鎧の男が止めたのを覚えている。


 その男は「騎士団長」と呼ばれており、その風貌や、訓練中の様子などからも、この剣士隊を率いる長なのだと把握した。


「騎士団長」はカゲマサが眺めているのを気に入ったのか、「公爵様」には内緒でオレの観覧を許したようだった。ソレ以来、カゲマサは頻繁にこの訓練場へと足を運ぶようになったし、「騎士団長」もそれを歓待して甘味の類をくれるようになった。



 しばらくの期間眺めていて抱いた感想ではあるが、他の部下の男たちはともかく、この騎士団長とやらの剣筋はしっかりと芯がぶれておらず、整っていた。

 もし今手元に剣があり、動ける体であれば、手合わせを所望したものを……と口惜しんだ。



 と、同時に、不思議に思ったことも幾つかあった。

 隊列を組んで行っていた集団行動の訓練では、どうも敵からの長物や、投擲物に警戒しての動きが前提として組まれていたように思えた。

 接近戦の訓練もそうだった。サシで向かい合う敵のみに集中するのではなく、必ず遠方からの狙撃に対しての警戒を止めぬことを心がけているようにカゲマサは感じた。



 ――――弓兵や狙撃兵の類を入念に警戒するのが、この世界での定石なのか?


 と、その軍隊戦のセオリーが気になるカゲマサであった。



 しかしこうして、建物の中の色々な場所へと足を踏み入れて確実にわかったことが、もう一つ、カゲマサにはあった。


 それは、カゲマサの転生した家庭は、決して「一般庶民」のソレではないことにある。


 カゲマサが赤子の姿に転生し、身体的に小さくなってしまったことを考えても、この建物の広さはとんでもなく広い―――藩主とまではいかないが、それなりに大きい武家の血筋だったカゲマサの前世での屋敷と同じくらいか、それ以上の広さだと言って良い。


 それは建物というより最早「屋敷」の類で、確かにその装丁などはかつて長崎でみた蘭人の屋敷に少し似ていた。加えて、建物のみならず、その周辺も広く、絢爛豪華な庭園や、先程も覗きに行った訓練場など、とても普通の家庭には見えなかった。



 察するに、ある程度―――いや、それ以上に、高貴な身分の一族の屋敷。



 自分が転生した先の場所に、そんな見当をつけたカゲマサであったが、これは同時に一つの懸念を示していた。


(良家の子供、それもとなっては――――ますます戦場から遠ざかってしまっているではないかっ)


 そう、もしその仮定が正しく、加えて自身の今の性別を織り込んで考察の余地の中に入れるのならば。


 ―――戰神の思惑通り、「戦えない」境遇に近しいことは、多少思考の裾野を広げれば、到達してしまう結論だった。



「おのれ………、おのれ、フツノミタマァアアアアアア!!!!」




 そう叫ぶと、どこからともなく現れた侍女がカゲマサの体を回収し、そのまま寝室へと戻してしまった。


 ――どうもうまくいかない。これもまた彼奴の陰謀か……とカゲマサは独りごちる。

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剣武を極めしTS大剣豪、散り際求めて異世界へ~早く戦場に出たいのに、周囲の人が止めてくる~ あかむらコンサイ @oimo_kenpi

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