目覚め

(ここは………)



 白光に意識を奪われていたカゲマサだったが、しばらくの後、頭を襲った強大な違和感と共に意識が覚醒した。

 それは、それまで存在していなかった臓器や神経を無理やりに接続するような強烈な感覚。


 その異物感を契機として、意識は明るさを取り戻した。


 視界の先、目に映る物体から情報を収集する。

 今はどうやら屋内――部屋の中にいるようで、見たこともない種類の天井が広がっている。感触的には布団の上にいるようだが、やけに高さがある。


 ……いずれも慣れない感覚だった。


 名状しがたい不快感を感じて、そのまま布団から出ようとする。


 ――ごてん。


 しかし、思うように動かず。カゲマサの肉体はそのまま変な体勢に転がっただけだった。”辻斬り”の疲弊がかなりたまっているようだった。それはまるで、肉体自体があまり「動く」ことに慣れていないようで、その矮小さ、不器用さ、脆弱さはまるで赤子の肉体のようであり………。



 ……赤子?



 と、その時カゲマサは先程の状況を思い出す。

 柳生の師範代を斬り殺した傍、寂れた戰神の社を蹴り壊した後。

 神を名乗る摩訶不思議な少女といくつか言葉を交わした後、急に周囲が光りだし―――気づけば、このように。


 その中で、少女が言っていた怪しげな言葉をも追想する。

 彼女の言い分では、戦乱を望むカゲマサを、彼が望む世界へと生まれ変わらせる、との言。………しかし同時に、彼が向かう先は、妖術ひしめく謎めいた異世界であり、彼の肉体も女のモノになる、とも………。


 今更ながらに、にわかには信じがたい妄言の類だな、とカゲマサは記憶の中の少女の発言を一笑に付する。


 ……と、その時。

 カゲマサのいる部屋、らしき空間の入口の戸を開けて、二人の人間が入ってくる。片方は若くも筋肉や体つきの成熟した男。顔つきには上品な気品が見える。そしてもう片方は、絢爛豪華な装飾の服を身にまとった可憐な女性。こちらもとても若く、おそらくカゲマサとは十歳程度は離れているだろう。


 ――――しかし、そんなある種一般的な年齢や相貌の情報より、もっと別のところでカゲマサは面食らっていた。


(やけに彫りの深い顔立ち、高く通った鼻筋……それに見慣れぬ碧の眼に、黒髪でない髪の色……こやつら、南蛮人か?)


 ふと、殺し合いの相手を求めて日本じゅうを放浪していた時、長崎に立ち寄ったときのことを思い出す。


 あの地には「出島」と呼ばれる蘭商人の行き交う交易所があり、そこで南蛮人の顔を何度か見かけたことがある。上背の高いのっぽの男や、まさに今見ているような顔つきの商人風の男たち、そして、出るところは出、引っ込むところは引っ込む……そんな豊満な体つきの南蛮の娘を見る機会も、極めて少ない回数だがあったように思われる。



 今、眼の前に佇んでいる二人はそんな南蛮人の特徴とほぼ合致している。――というより、どう見えても日本人には見えない。


 男の方がまとう衣服は見るからに高価そうで、格式の高いものに思われる。……となれば、金持ちの南蛮人が道端で倒れていた自分を助けてくれたと考えるべきか。


 ――――いまいち、あの場、社の前でおきた出来事の記憶は曖昧だ。”辻斬り”の直後で気が高ぶっていたせいもあるのか、いやに錯乱しているようにも思える。――神を名乗る少女を切りつけても死ななかったり、その後に面妖な札を貼られて光に包まれたり。


 まだ、狐に化かされたとでも言ったほうが現実味がある、とカゲマサは自嘲する。



(――いずれにせよ、この南蛮人には感謝せねばな。あのままあそこで寝ていたら、処理し忘れた柳生の死体を見られて同心に捕縛されかねていた)


 昨夜は強敵との殺し合いだったこともあり、特に斬り伏せた直後は意識が混濁としていたようだった。普段であれば最低限死体は隠すようにしていたが、それすらも忘れて気づけば竹林へと足を踏み入れていたのだった。


(――――すまない、恩に着る。いらぬ迷惑をかけたが、オレの刀さえいただければ、すぐにでも出ていこう。一宿の恩を返せないのは心苦しいが……………)


 と、カゲマサは眼の前の二人に対して礼を言った。


 ――――礼を言った、つもりだった。




「あ、あぅ、ううぅーーー、あぅ、うう。うーーーー」




 発声をしたつもりが、一切うまく口から音が出ない。

 まるでそれは喉を使ったときのような舌っ足らずさで、ロクに言葉らしい言葉にも結びつかない。


(――なんだ?柳生と切り結んだときに喉でも負傷したか?……いやでも、あのときは向こうの剣筋は全て見きったはずだが………)


 と、思案したところで、カゲマサの思考はそこで中断される。


 なぜなら、先程のを上げた瞬間、眼の前の二人が目の色を変えてこちらに迫ってきたからである。


(―――お、おい何だ待て待て。こっちは怪我人だぞ、やめろ、そんな腰のあたりを持ってどうする………って、何ッ!?)



 とんでもなく嬉しそうな顔つきで迫ってきた二人のうち、男の方は軽々しくカゲマサの肉体を持ち上げると、そのまま自由自在に宙空で動かしてみせる。


 カゲマサの肉体はひょいと持ち上げられて、こうして二人の南蛮人(?)の視線の先に晒される。



(なんだ?成人した男の肉体をこうも軽々しく抱えあげるとは……南蛮人とは怪力揃いの人種だったか…?)


「ーーーー・ーー・・ーーー」

「・ーーー・ーーーーーーーーーーーー」


 二人をして、何かを言い合っているようだったがその言葉の意味はわからない。


(異国の言葉は介さぬ––––––なにを言っているのだ、こやつらは)


 しかし人間、その表情からなんとなしに感情は見える。

 こやつら、今はひどく。言葉こそ介さぬが、その表情、その動作。―――抱えたオレを見つめながら称賛するようなその目線は、まるで、親が自身の赤子が歩き出したのを喜ぶような………


 と、その時、部屋の片隅に置かれた大きな姿見が目に映る。


 大きな鏡は反射像として部屋にいる三人を映し出す。男、女、そして男の手に抱えられたカゲマサの姿。



 ――それは、もはや彼の知っているではなく。



 長身の南蛮人に抱えられた、銀髪の赤子の姿が――大鏡には映っていた。


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