5話 大きな桜の木の下で
幻想を見ていた。息をのむほどの幻想を。
1つ瞬きをすると現実に戻っており、自分が見ていた景色はなんだったんだ。と戸惑いを隠せない。
「隣いいよね。何も言ってこないってことは肯定と捉えるけど大丈夫そ?」
こてんと首を傾げる澄玲は自分の方をじっと見つめている。表情を見ると早く返答を欲しそうにウズウズしているのがわかる。自分はまだ幻想から抜けきっていないからか黙って頷くしかできない。
「ならよかった! それじゃ一緒にお昼食べようねっ」
太陽のような笑顔になりながら澄玲は弁当箱をテーブルに置いた。
あれ? 見覚えのある青いバンダナに包んだ弁当箱は自分のだよな。何故澄玲が持っているのか見当がつかない。
疑問符が頭の上で大量になっていると澄玲は「ふふっ」と小さく笑い説明し始めた。
「凪沙くん、急いでここまで来たよね。途中すれ違ったから知ってるんだけど、教室帰ってきてあなたの机見たらお弁当だけ置きっぱなしだったの。余程その本が早く読みたかったんだね」
やはり侮れない。状況証拠、物的証拠も完璧である。裁判なら確実に有罪になっている。
少し落ち着いてきたため、心を悟られないように慎重に喋り出す。
「早乙女さんのおっしゃる通りですよ。新刊だったので
「あなたって誰だろうな~」
「隣に座っているあなたですよ」
「でもお腹空かしてまで読書にふけるのは良くないですよ」
めっ!と自分の鼻先に人差し指を向けながら指摘する。行動がいちいちあざといんだよな。
「誰のおかげでお弁当食べることができるんだろう~感謝されたいな~」
鼻歌交じりでこちらをチラチラ見ながら求めてくる。ニマニマするな。
ただ、澄玲の発言は何も間違っていない。食堂へ行き無駄なお金を支払わなくてもよいし、わざわざ教室に戻り再度中庭に行く必要性はないわけだから。感謝せざるを得ない状況になっている。
仕方がないとため息をつくなり、両親以外には言わない言葉を投げかけた。
「ありがとうな」
澄玲は少し驚いた顔をしたが、すぐに笑顔に戻ったというかニマニマしながら一言。
「どういたしましてっ」
この一件で彼女に借りを作ってしまったと過去に戻りたいほど悔いていた凪沙だった。
◇
隣には校内屈指の美少女ギャルがいる。
この現実から早く逃れたいが、弁当を届けてもらった以上、一緒に昼ご飯を食べるしかない。
固く結んでいるバンダナを解いて、二段重ねタイプの弁当箱のふたを開けていく。なんも変哲のない弁当、甘い味付けの卵焼き、冷めてもおいしいから揚げが3個、副菜にほうれん草のお浸し。全て手作りである。
そんなラインナップを見ながら食べ始める準備していると、隣にいる澄玲が物欲しいそうな視線をこちらに浴びせていた。彼女は学内で行われている移動販売パン屋の菓子パンがお昼ご飯だった。しかし、その食べる手が完全に止まっている。
「どうした? そんな見てもあげないぞ」
「うえっ?! 解ってますよ! 美味しそうだなって。じゅるり。親に作ってもらったの?」
「いや自分で。」
「ええっ! 凪沙くんって料理できるの! ちゃんと美味しそうなお弁当なんだけど……じゅるり」
食べたい欲が全然隠せてないですよ。まるでお預けされている子犬なんだよな。
「私、料理だけはできないから羨ましいんだよな。将来お嫁さんにもらってくれる人いるかな……」
しょんぼりしながら俯いてしまう。料理だけできないか。さらにそんな先々の話をされても困る。
はかなげな表情をしている澄玲を放っておけないと感じてしまったのかアドバイスが自然と出てしまった。
「料理は日々やればやるだけ上達していくものだ。後はその⋯⋯早乙女は引く手数多だろう。いつかはできるはずだ」
あっ、柄にもないこと言ってしまった。
しかし、料理のことは自分も経験してるから間違ったことを言ってない。さらに、澄玲は誰から見てもかわいいから料理できないことで捨てるヤツなど居ないだろう。
澄玲は少し笑みを浮かべ明るい表情に戻る。
「そうだね! 何事にもチャレンジか⋯⋯頑張ってみるよ!」
気分がいつも通りになったのか、残りの菓子パンを頬張っていく。よく見ると新作の菓子パンで砂糖をこれでもかと入れているような甘々なパンだ。
そして甘ったるい香水の匂い。透き通る声だが自分へ向けられる声色は甘い。どこまで甘々な人で、砂糖で形成されていると勘違いするほどである。見て、聞いて、感じているだけでもお腹いっぱいになってくる人だ。
卵焼きを口に入れると甘く味付けしていたはずがとても薄く感じた。
◇
いつもより早食いで食べたせいか若干のどに詰まりかけた。しかし、早くこの場から去りたかった。だが、そんな態度を見せてしまえば澄玲は悲しがるだろう。それはそれで了承したこちら側としては腑に落ちない去り方だ。
彼女が菓子パンを食べ終わるタイミングを見計らって、既にバンダナに包んだ弁当箱を手に取り立ち上がる。
「お昼は一緒に食べるという約束だ。これ以上は一緒には居られない」
「それなら明日もいいかな? 場所はここでいいよね」
お誘いですか。しかし断っても効果がないことに気付いているため手の打ちようがない。ダメと言ってもこっそり現れるだろう。ならば勝手にしてもらうのが得策だ。
「勝手にしろ」
「はい!」
ぶっきらぼうに返事を返したのだが、澄玲は元気よく返事をする。
普通は元気よく返事をする場面じゃないよね。諦めるところだよ?
呆れ返り何も言えなくなった自分は教室に足を向けた。
教室に帰った自分は午後の授業の準備をしながら周りを見渡した。何故か男子からの視線が痛々しいほど伝わってくる。女子からはどこか冷たい目をしているような気がする。噂でも聞いたのだろうか。それにしても昼休みの短い時間で広まるのはいくら何でも早すぎる。流石は狭い空間だなと笑みをこぼしながら、窓の外へ意識を向けていた。
そんな非日常な昼休みを過ごしたわけだが、いつも以上に授業が退屈であった。
周りを見渡しても、ウトウトしている者、重力に逆らえず頭がガクッと下がる者、既に夢の世界へ入っているのか教科書を見たままの者。澄玲はというと意外にも真面目に受けていたのが驚きを隠せない。
非常に退屈ではあるが眠さは一向に来ないまま、明日の昼休みを想像すると澄玲への対応をどうするべきかを考えてしまい、余計に目が冴えてしまった。仕方がなく板書されている数式をノートに書きなぐりながらも大して面白くもない先生の話を右から左に聞き流していた。答えは見つからないまま。
◇
翌日も澄玲と中庭で昼食を取っていた。隣並びになりながらも最初は距離を遠めに座っていたが、澄玲の方からどんどん近づいてきてしまうせいで結果的に端まで追いやられてしまい、逃げ道がなくなってしまった。
さらに昨日と全く違うのは、澄玲は自分が教室から出る時に後ろからついて来たことだ。まるでカルガモ親子みたいについてくる澄玲に一言も言わなかったがいい気分ではなかった。そのままストーカー行為をされて今に至るわけだ。
「なんで後をついてきた?」
「えっ? だって一緒にお昼食べるため?」
こてんと顔を傾けながら、唇を人差し指に当てている。そのあざとい行為をやめなさい。誰もが勘違いするでしょうに。
「昨日あれだけ不愛想にしていても、一緒に食べたいと思ったのか」
「だって最後言ったじゃん。勝手にしろって」
「自分の言動ひっくるめて言ったつもりなんだが?」
「でも、一緒に食べるだけならいいんでしょ」
小悪魔な笑顔をこちらに仕掛けてくる澄玲を見て、それ以上の言い合いは野暮だと思った。
笑いながら話してくる彼女を横目にどちらが先に折れるのかと、彼女が先に自分への好意がなくなるか、自分が彼女へ好意を抱き始めるか。無論、100%彼女が折れてくれるだろう。
澄玲が勝ち目もない勝負を仕掛けられたと感じながら、弁当に箸を突っついていた。その様子を移動販売で買ってきた菓子パンを頬張りながら澄玲はとんでもないこと言ってきた。
「今度の日曜日、遊び行かない? 二子玉川に行きたいんだけど」
え?
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