2話 日常は心地よい

 学校から自宅まで徒歩で二〇分くらい歩いたところにあり、県内でも有名な駅を抜けた先にある高層マンション地帯が自分の住居だ。相変わらず駅周辺は人が多い、再開発が進むにつれて高層マンションが連なり、人口増加をとどまることを知らない。

 

 「改めてなんだけど、なぎさっちいいところ住んでるよね」


 「俺も好きで住んでるわけじゃない。どちらかというと不便だ」


 高層マンションもいいところばかりではない。

 災害の時は断水や停電は度々引き起こしているし、地震は揺れが収まるまで時間がかかる。マンション内へ目を向けると社会的地位マウントの争いやら住んでいる階層の高さのマウントやらくだらない大人の争いを幾度なく見てきた。極めつけは朝のエレベーターで、毎朝通勤通学の人々で溢れかえており、電車通学でもないのに満員電車を経験しているようなものだ。それが嫌で早めに家から出ることにしている。


 「さっさと行くぞ。何度も来てるからこんな風景に慣れただろ」


 「何回来たところで慣れるわけないだろ……」


 過去に何回も繰り返した会話をしながら、エントランスから高速エレベーターに乗り、自分の部屋がある二三階まで上昇した。エレベーターから出た後もオートロックがありセキュリティは万全である。

 玄関に入るなり、ひかるは速攻で靴を脱ぎ、ドタドタ走りながら家主よりも先にリビングへ向かっていった。

 長すぎる廊下を歩いた先には一人にしては広すぎる二五畳近くのリビング、それを照らしてくれるガラス張りの窓から広がる景色にこいつははしゃいでいた。


 「おおぉ! 何回見てもこの景色はいいよな! 勝ち組になった気分だよ」


 「お前は十分勝ち組だろうが」


 「そうか?」


 こいつは十分すぎるくらい勝ち組である自覚がないのか。世の中の男子が夢を見るような学園生活を手に入れているんだぞ。

 相変わらず自分の状況を理解できていない窓からの風景にキャッキャッしてる親友をよく冷えた麦茶をグラスに注ぎながら見て少々呆れていたが軽く笑みがこぼれた。


 「はしゃいでいるところ悪いが、俺の部屋に行くぞ」


 キンキンに冷えたグラスを2つ持ちながら声をかける。


 「ふぁっ! はしゃぎすぎてた……おうっレッツゴー!」


 現実に戻ってきた輝を自室へと連行した。

一人暮らしができるくらいの広さを持つ自室は、やはり自分一人だともてあそぶくらいに広い。

 セミダブルのベット、何インチかわからないが大きめの壁掛け有機ELテレビ、ありふれたテーブル、デスクにゲーミングなチェア、デスクトップPCとライトノベルと小説がぎっしりと陳列している大きめの本棚が二台。これでもなおスペースに余裕がある。


 「なぎさっちの部屋は男のロマンって感じだよな。羨ましいかぎりだよぉ」


 これらは全て親が買い与えてくれたものだ。

 両親は共働きであり、父は世界を飛び回る海外営業のエリート、母は国際弁護士で現在はアメリカで暮らしている。共に家に帰ってくるのは月に1~2日しかない。ひどい時には一年帰ってこなかった時もある。

 しかし、家族の仲に関して険悪というわけはない。

 週に1回はテレビ電話で家族揃っての団欒をしているし、帰ってきた日には外食も連れて行ってもらっている。欲しいものがあれば買え与えてくれるので両親のありがたさにはとっくにわかっている。


 「まあな……そろそろやろーぜ」


 某コントローラーが分離でき、携帯もできるゲーム機をテレビに接続した。かの有名なキャラクター格闘ゲームを起動させ、専用コントローラーを輝に手渡す。

 何を隠そう輝が目的としてたのは自分との対戦である。


 「そう言えば、なんでお前は直接対戦を申し込む? ネット通して対戦くらいできるだろ」


 「なぎさっちの反応をこの目で見たいからだよ~今日こそは絶対勝つからな!」


 いやお前の方が反応いいよリアクション芸人並みにな。と思いながらキャラクター選択画面を軽く見ていつも使用している魔法攻撃で遠距離からでも攻撃できる勇者っぽいキャラを選択する。対して輝はすばしっこく電撃アタックが得意な黄色いネズミのキャラを選択する。

 お互い手の内は明かし切っているがそれがまた駆け引きとして面白くなる要因だ。実力としては自分の方が一枚上手だが、こいつは動画サイトでコンボ研究をしているおかげかギリギリ負けそうになる。ただ、負けたくないので鍛錬を欠かしてないのでいたちごっこ感は否めない。

 ひとまずサクッとひねりますか。


 

 対戦開始して一時間後。



 「なーんで勝てないんだよっ!」


 コントローラーを手元のクッションに放り投げながら体をのけ反り、「はぁー!」とクソデカため息をつく。

 当然自分が全勝、輝は全敗の結果である。あれ? 全然負けそうにならなかったな。自分が練習しすぎなせいか実力が離れすぎたのか。ネット対戦していた方が残機ギリギリの試合が多いからヒリヒリした感じが何とも言えない興奮を沸かしてくれる。


 「お前の鍛錬不足だな。ネット対戦している方が――」


 「おい! それ以上言うなよぉー 流石になぎさっちより時間ないんだから練習の時間なんて限られてるよー」


 「言い訳が過ぎるな。時間がないとは愚の骨頂……時間は努力して作り出すものなんだよ」


 「ああ! もーうききたくなーい! よし話題を変えよう。最近どうだ学校は?」


 「同じクラスだろ……見てわからないのか」


 今日も見てただろう。いつも通りの光景を。


 「まあでもこの学校の女子はよりどりみどりだからなー 可愛い子なんていっぱいいるんだぜー」


 「お前彼女いるだろ……そんな話をしていいのか」


 そんな自分の制止命令を無視するように次から次へと学内の女子についてペラペラと喋り出す。入学してから一週間でどれだけ把握してるんだよ。てか自分の彼女はどうしたんだよ。いや彼女だからこそなのか。と思いながらも興味もない学内女子紹介を聞き流していた。

 しばらくすると自分のクラスの女子についての紹介が始まった。その中でも一人の紹介が何故か分からないが気になってしまった。


 「クラスだと早乙女さんとか可愛いよなーギャルなんだけどそこまでギャルギャルしてないというかかわいいが勝つよな。滲み出る女性の魅力が隠せていないというか」


 早乙女澄玲さおとめすみれクラス女子のカースト最上位に君臨している。学内では吸い込まれてしまうほどかわいいと噂の美少女である。ピンクグラデーションにカラーしたロングヘア、ぱっちりとした目でややたれ目気味が印象的だ。出るところは出ているのでプロポーションは完璧だろ。このような完全無欠の容姿ながら分け隔てなく接しているために勘違いを起こす男子が多数現れている。風の噂では芸能事務所にスカウトされたとか街を数歩歩いているだけでナンパに遭ってしまうとか。学内屈指でかわいいことだけはわかる。

 他人の見た目や噂など興味がないのでそんな感じだったと想像していると、こいつのスマホがブルっと震えてメッセージの通知が映る。それと同時に思い出したかのように立ち上がった。


 「やべ! 彼女と買い物行く予定忘れてた! また遊ぼうな!」

 

 と捲し立てながら喋るとバタバタ帰り支度を始め、飛ぶように玄関へと去っていった。

 おい、彼女すっぽかして自分と遊んでたんかい。大丈夫なのか大丈夫じゃないだろ。心の中で突っ込みを入れながら後ろ姿を見守った。



 ◇



 騒がしかった家の中は静まり返る。いつも通りの空気感だが輝が存在した時としなかった時とは明らかに変わる。それだけ場の空気を換えてしまうほどの存在なのだ。事実、カースト最上位の位置にしている中でも中心人物であるから彼がクラスの空気感を動かしているに違いない。

 そんなことを考えながら、いつもの日課にある洗濯、掃除をこなしていく。一人でいることが多い故に家事は余裕である。しかしだだっ広い家の掃除は時間がかかる。いい加減ロボット掃除を買った方がいいか? いや自分ですることに意義がある。文明の機器を頼ることはいつでもできる。なら自分でできる範囲を可能な限り行うことは譲れない。

 時間をかけて家全体をピカピカにしていった。時間を確認すると一九時過ぎ。


 「腹減ったな。飯にするか」


 冷蔵庫を開け、作り置きして置いたカレーが入っている鍋を取り出しコンロに火をかけた。コトコト煮込ませながらお玉を回していく。

 ふと思った。早乙女澄玲みたいな彼女ができたらどうなるのだろう。男子からは人を刺すような視線になりそうだし、女子からは今までの言動を踏まえて凍り付くような視線になるだろう。さらに学校という空間は地獄のような場所になりそうだ。考えなくてもわかることだ。日常が非日常になる。

 

 「身震いしてきた……考えなくてもいいことだろ……」


 煮詰まりすぎたカレーを見ながら鍋底に付いた焦げを落とすの大変だなと憂鬱になりつつあった。


 カレーは濃くなりすぎていたが香辛料がかなり感じられる一品となっていた。

 洗い物でなべ底に付いた焦げを重曹を加えた水を沸騰させて落とし、カレーをよそった皿を洗う。事前に沸かせておいた風呂に入り、入浴後には授業の復習をする。すべてのルーティンが終わる頃には〇時を回っていた。程よい疲労感と達成感を感じながらベットに潜り込んだ。



日常は心地よいものだ。

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