3話 早乙女澄玲との邂逅
ある日曜日、駅周辺の商業施設に店を構えている書店に向かっていた。
駅周辺は相変わらず、人がごった返してしてる。休日と重なっているせいかいつもの二倍くらい人が多く感じられ、人の熱気で体感温度が上げられている気もする。
人混みをかき分けながら一階にある目的の書店を目指していく。家族連れやカップル、若者の集団とバリエーション豊かな層が商業施設を埋め尽くしている。観に行く映画を楽しみにしている会話、お昼ご飯のジャンルを決めてかねている会話など浮かれている会話が多すぎる。
小さなため息をつきながら、首にかけていたたノイズキャンセリングヘッドホンを装着する。別に音楽を聴くわけではない。すべての情報をシャットアウトする一番手っ取り早い方法である。最近の技術の進歩は驚かされるものばかりだ。むしろ便利になりすぎていて人間が退化していくのではないかと考えてしまう。
若干覇気を吸い取られていたが文明の機器を頼ることによりなんとか目的地に辿り着くことができた。
「人多すぎなんだよ……」
自分にしか聞こえないくらいの声で吐露しつつ、足早でライトノベル売り場へと足を運ぶ。
最近のライトノベル業界は低迷しているらしい。しかし、日本のサブカルに多大な影響を及ぼしているのは間違いない。最近はネット小説にも手を出しており、書籍化する前の原石を洗い出している。ライトノベル業界はまだまだ明るいだろう。自分みたいな存在がいればの話だが。
新作コーナーを物色しながら気になったタイトルを数冊手に取る。その後小説売り場でも新作を数冊取り、会計を済ませていく。
◇
「かなり収穫があったな。昼休みが楽しみだ」
ホクホクした気分で書店を後にし、会計時に外していたヘッドホンを装着しつつ歩いていた。
情報をシャットアウトするためといったが、もう1つの利点が視覚からの情報をのみにできることだ。聴覚からの情報は自分とってはストレスになりかねないことが確定で入ってくる。その反面、視覚からの情報はストレスになる情報は目を逸らすだけでいい。人間よくできている。神様は都合がいいように創ったものだ。
早々に魔境の商業施設を脱出し、近道で家へ帰ることにした。駅中を使えば大回りせずとも直行することが出来る。
商業施設から駅中に通じる連絡通路を通り、改札口へさしかかった瞬間視界に入ってしまった。如何にもイケイケ系のチャラ男にナンパされている美少女ギャルを。
想像していたよりもずっと麗しいピンクグラデーションカラーのロングヘア、パッチリ開いている目はややたれ目だからか切なささえ感じる。シャカシャカしたジャージっぽいユニフォームトップスにデニム生地のミニスカ、ダボっとしたレッグカバーにスニーカーといったスポーティーなコーデは彼女のスタイルにはピッタリである。
決して彼女が気になったわけではない。何故かナンパというものが気になったのでヘッドホンを外し、会話がかすかに聞こえる距離の柱で誰かを待っている装いを醸しながら聞いていた。
――お嬢ちゃん一緒に遊ばない? そこのカフェでお茶でもしない?
――結構です。私友達待っているので。
――そんな固いこと言わずにさぁーその子も一緒にどーよ。
――ほんとに結構です。他を当たってください。
――ちっ……ちょっとは構ってくれよ!
――きゃっ、離してください!
ちょいちょい、ナンパ下手すぎだろ。と自分ならこう話しかけるなどナンパなんかしないくせして悠長に考えていたら、男はナンパが上手くできない腹立ちからか暴力沙汰になりそうな雰囲気が漂っている。
彼女の手首を掴み上げている。抵抗しているが男の力がかなり強いのかビクりともしない。
改札を通る人は他人事のように通り過ぎるだけで誰も助けに行こうとしない。日本人の悪い癖だ。自分が被害に遭い助けを求めることに関しては過剰に関わらうとするのに、他人の被害だとまるで興味がないし関わろうとしない。いや関わりたくないというべきか。自分もどちらかというとそっち側ではある。典型的に他人と関わりたくない、興味や好感すら持たない。
ただ、この日は神様の天啓を受けたのか、はたまた自身の直感が体を動かしたのか、理由は定かでないが勝手に事件現場へ足を運ぶことになった。
「おい、彼女が嫌がってるだろ。その手を放せ」
冷たい声色を周囲のざわつきにも負けないように男に向ける。人混みの中から声が聞こえたのか、男は彼女から手を放し自分の方に回れ右をする。
「てめぇは関係ないだろ。ガキが調子乗ってると痛い目に遭うぞ」
「痛い目に遭うのはどちらでしょうね。彼女が証言すれば暴行罪に。さらには自分という目撃者。昼間に堂々とナンパしているから通行人や駅員もかな」
「ぐぬぬ……覚えてろよ……」
男は自分を睨めつけながらも周囲から注目されていたため、ばつが悪そうにして逃げるようにこの場を去っていった。ぐぬぬなんて声に出す人いるのかと思いながら男の哀れな後ろ姿が人混みの中に消えていくのを確認する。
自分は思い出したかのように彼女を見るとヘナヘナしながら座り込みうつむいていた。
「立てるか? あいつはもういないから大丈夫だ」
うつむいていた顔がこちらに向かれ、キョロキョロ辺りを見渡している。
遠目から見ていた時には想像以上な美少女だったが、改めて間近で見ると電気が走るような衝撃を受けた。普通の人はこれだけでも恋に落ちるし、憧れたりするよな。ちなみに自分はこれくらいで恋になど落ちたことはないので大丈夫です。
「あっ……だい、じょうぶ、です……」
消えかかるような声でつぶやいた彼女は手が震えており、目尻にはうっすら涙の跡がある。見知らぬ男に突然手を掴まれたのだから流石に怖かっただろう。
アフターケアをしたいところだが、何をしてあげていいものかわからない。気の利いた言葉など状況によってはさらに相手を追い込むことになる。
思考を研ぎ澄ませてどんな声掛けしようかと頭をフル回転させていると彼女は落ち着いたのかゆっくりと立ち上がった。ほのかに甘ったるい香水の香りが漂った。
「同じクラスの佐々木くんだよね? ありがとうね。すごく助かったよ」
「あぁ。流石にあの状況で助けない人はいないだろう。では自分忙しいのこれで」
彼女が大丈夫なこと確認できたのでさっさとこの場を立ち去りたい。周囲の注目がこちらに向いているため、早口で急いでいる風を装った。
「ちょっと待って! お礼くらいさせてよっ!」
彼女は透き通るような声を張りながら袖口を引っ張る。そんな大声で言わなくても聞こえるだろ。袖口を引っ張るな伸びる。なんて思いながらもその手を優しく振りほどいた。
「お礼などされる筋合いはない。ただ当たり前のことをしただけだ。それじゃ」
再度話しかけられる前に断りの言葉を述べ、早々に離れ人混みに紛れていった。
かすかに彼女の声が聞こえたと感じたが空耳だろうか。喧騒に揉み消されていたのだろうか。帰るまで一切後ろを振り向くことはなかった。
◇
家に帰り、自室のベットに転がるように身を投げる。
ただ本を買いに行っただけなのになぜ疲れてるんだ。もうベットから出たくないほど疲れてる。何もしたくないな。せめて買ってきた本を整理しておかないと。
重い腰を上げ買ってきた本を整理しながら、ふと今日の行動を振り返ってみた。
なぜあんな行動を取ってしまったんだ。別に他の通行人が対応するし、騒ぎが多くなったら誰か駅員や警察を呼んでくれただろう。そのまま通り過ぎれば関わることもなかっただろうに。
大体ナンパが少し気になってしまったのが原因だな。再度言っておくが決して美少女ギャルに見とれてしまったなどという欲望の塊チックなものはない。
自分らしくない。あれだけの人混みに揉まれていたら思考が鈍るか。自分もまだまだ精神的に甘いなと思いながら明日に向けて疲れを取ることにした。
しかし、あの状況は見過ごすわけにはいかなかった。誰も助けない異常な光景に。違和感を覚えてしまったからだ。
就寝の時間まで振り返りは続いた。しかし、納得のいく答えは見つからなかった。これ以上思考を張り巡らすのは止めよう。そう心に決めてから意識が遠のくまでは時間がかからなかった。
――この邂逅が
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