第9話 逃走 ~執事視点~

 どうしてこうなったのだ。私、柳信二はとある場所に向けて暗い道を全力で走っていた。

 就職後、工藤家の執事としてずっと生きてきた。だが、それは今日1日で全て失われた。私の秘密を暴いたあの男は何者なのだろうか。お嬢様のご学友との事だったが、私が隠してある全てを晒しだした。

 しかし、いつどうやって知ったのだろうか。考えられるのは監視カメラや盗聴器を仕掛けたぐらいだ。だが私が執事長となって5年以上たっているが、そんなものを仕掛ける隙を与えたつもりはない。組織の仕事のため屋敷を開けることはあるが、だからといってそんなことが可能なのだろうか。


「くそっ!!冷静になれ。」

 自分を叱咤し、目的の場所へ走り続ける。目的地は組織の上司がいるバーだ。とりあえず現状を報告しなければならない。私が逃げ出せたのは、目をかけていたメイドが拘束を外してくれたことだった。さらに私の部屋に連れて行ってくれた。思わず何故と問うと嬉しそうに話してくれた。


「旦那様が明日改めて話を聞くとおっしゃってくださったんです。旦那様も少し冷静になられたのか、お嬢様のご学友の方を信じきれないとおっしゃっていて。実は柳さんを陥れようとして何かを仕組んだのではないかと。ですから明日また話を聞くから大人しく部屋にいるようにと。」

「そう・・・か。旦那様が。」

「私もそう思います!!柳さんは皆によく声をかけてくださいますし、私にもよくしてくださいました。そんな方が旦那様を陥れるようなことをするはずがありません!!」

 メイドは憤慨している。無邪気な態度に思わず笑ってしまった。


「ありがとう・・。」

「いえいえ。申し訳ございませんが、部屋からお出しするわけにはいきませんので私は部屋の外に待機させていただきます。ですが、部屋にいればよいようなのでトイレに行く時だけ声をおかけください。」

「わかった・・・。すまないな。こんなことに巻き込んでしまって。」

 私はメイドに向かって頭を下げる。メイドは慌てたように手を振った。


「いえ。私はよくわからない方より柳さんを信じます!!明日になれば旦那様もわかってくださいますよ!!」

「ありがとう。そう言ってもらえると今まで頑張ってきたかいがあるよ。今日は疲れたから休ませてもらうよ。」

「はい!!お休みなさい!!」

 メイドが嬉しそうな顔をして部屋をでていく。誰もいなくなった部屋で10分ほど時間をつぶす。最初は警戒されているだろう。10分後行動を開始した。

 こんな時のために部屋から抜け出せるような準備はしていた。寝ているようにベッドに細工をし、窓の外に隠してあった梯子をかけ屋敷の外にでる。旦那様も冷静になるための時間といいつつ私の事を調べる時間が欲しかったのだろう。明日には全てばれていると思っていたほうがいい。


「やはり日記はすべて回収されているか・・・。」

 あの日記には組織の事はぼやかしているが、それ以外の事はほぼ記載しているし、あれを読めば私が恵那お嬢様を体調不良に陥らせて詩織お嬢様に取引を持ち掛けたことが分かるだろう。恵那お嬢様を毒殺しようとしたのは早急だった。あれがばれれば他の事も本当ではないかと疑われるだろう。メイド達を気にかけていたのも組織に卸すための下準備だった。これまで何人も組織に卸し行方不明にしていた。執事長になってからは、メイド達も若く美人で長期に働かないであろうメンバーを中心に雇ってきた。お嬢様のおそばには同年代の方がよいと進言したらあっさりと通った。その後は、メイド達には親身に悩みを聞くようにしてきた。信頼を勝ち取れば後は簡単だった。

 メイドを辞めるときに、お金が必要になったら何時でも紹介してあげるからと言葉巧みに誘導した。連絡をしてきた女もいるし、いなかった女もいる。連絡してきた女は全員組織に卸した。今日助けたメイドもその候補の一人だ。

 考えているうちに目的のバーに到着した。息を整え店に入る。


「いらっしゃいませー!!お一人ですか?」

 若い男の店員が笑顔で寄ってくる。私も笑顔を返す。

「一人だ。すまないが店長さんを呼んでくれないか。ダイヤモンドが呼んでいると伝えればわかるはずだから。」

「はい?承知しました。とりあえずこちらへどうぞ。」

 店員は私を席に案内した後、奥に引っ込んでいった。だがすぐに店長が出てきた。


「お待たせしました。・・・こちらへどうぞ。」

 店長が店の奥へ案内した。そこには電子ロックのドアがあり、店長が番号を入力する。

「お待たせしました。どうぞ。」

「ああ。ありがとう。」

 礼を言って、鍵が開いたドアを開ける。開けた先には階段があり、それを上ると再び扉がある。再度息を整えノックをする。


「入れ。」

「失礼します。」

 部屋に入ると部屋にいた3人がこちらを見てくる。部屋の中央に陣取っているのが組織の幹部の1人だ。鋭い視線でこちらを見る。思わず気圧される。これで女性というのが信じられない。


「柳か。何があった。急に来るということはいい報告ではなさそうだが。」

「ええ。急ぎでご報告しなければならないことが。」

 私は今までの事情を説明した。屈辱だが、報告しない時の方が危険だ。それで被害が大きくなったときの罰は口に出すのもおぞましい。殺してくれと言ったほうがましぐらいだ。それを何度も見てきた。だから報告は失敗も含めて報告した。何人も卸してきたからその功績も含めて大丈夫だろうという考えもあった。


「意外だな。慎重で失敗をしないというお前がしくじるとは。」

「はい。申し訳ありません。全てはあの男のせいです。」

「何者か調べる必要があるか・・・。」

 幹部は考え込んでいる。確かに疑問は残る。我々に対立組織がいるのを聞いたことはない。一方的に恨まれていることはあるかもしれないが。


「まあいい。とりあえず、今回の後始末をしないとな。」

「後始末とは?」

「これだ。」

 女はスカートの中から何かを取り出して私に突き出す。すぐにはそれが何かはわからなかった。だがすぐに理解する。それは拳銃だった。

「なんの・・・つもりですか。」

身体が震える。口が乾いて声がうまくだせない。


「なにって・・。失敗者の処分だよ。」

「私を殺すのですか。これまで貢献してきたのに!!」

 そう。多くの女性を組織におろし、評価を受けていた。だからこそ逃げずに報告しに来たというのに。幹部は呆れたようにため息をついた。


「今回の事で全て帳消しだよ。」

「わ・・・私を殺せば、組織の事を記した本が人の手に渡ることになりますよ!!」

「どうせその本も既に他人の手にわたってるんだろ。」

 ぐっとつまる。だが、ここで殺されるわけにはいかない。逃げ出すのは悪手だ。幹部の指が拳銃の引き金にかかっている。動いた瞬間撃ち抜かれる。何とかして突破口を見つけないと。


「私をここで殺すのは死体の始末もそう簡単にできませんよ。」

「ご親切にどうも。だが、何度かここで殺したことがあるんでね。心配は無用だよ。」

「ぐっ」

「残念だよ。今回の事が旨くいけば上客をもっと得られた。そうすればあんたを幹部にしようかと考えていたのにな。」

「まだ間に合うはずです!!最後のチャンスをください!!お願いします!!」

「手遅れだよ。そもそもここに来た時点であんたは失敗しているんだ。何故あんたの企みを看破した奴がお前は逃げないと思った?どうして尾行されないと思わなかった?」

「勿論尾行には最新の注意をはかっていました!!それはないと言い切れます!!」

「なら相手の方が上手だったのかもな。絶対はない。そもそもあんたのポケットにでもGPSで追跡できるものを放り込んでおけばいいんだからな。」

「あ・・・・。」

 そうだ。何故私はそんな簡単なことに気付かなかったのだろう。あり得ないことがおきすぎて冷静になっていなかった。


「お前のせいでこの拠点は破棄しなければいけない。それだけで大きな失態だし、俺らも逃げないといけない。」

「なら私がここにいて時間稼ぎを。」

「冷静さを失ったお前を信用することはないよ。じゃあな。」

 私が最後に聞こえたのはぱしゅっという音と、お店に来客を知らせる通知がきていたことだった。ああ。言われた通り私は踊らされていたのだ。暗くなる視界でそんなことが最後に頭に浮かんだ。

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