第8話 裏に潜むもの

 柳さんを護衛に任せて他の皆で客間に戻る。俺は未来を視るのを一度解除し、客間のソファに座り込んだ。ここはほとんど動きがないので多少ずれても大丈夫だ。解除したせいで脳の疲労が一度に押し寄せてきて、頭痛がひどく頭が割れそうになる。だがまだこれで半分なのだ。健吾が辛そうな顔で話しかけてくる。


「大丈夫か?」

「無理・・・。疲れた・・・。寝たい・・・。」

 だがここで意識を失うわけにはいかない。意識を失いそうになるのを歯を食いしばって耐える。そんな俺の様子を見て、工藤さんのお父さんが苦笑いをしている。先ほどとは違い優しげな表情だ。こっちが家族用なのだろう。


「先ほどとは別人だな。」

「それは・・・・そうですよ。堂々としていないと信じていただけないでしょう。」

「確かにな・・。」

 工藤さんが俺のもとに来て深々と頭を下げた。


「時見君。本当に・・・本当にありがとう。」

「気にしないで。証明できてよかった。」

「私からも謝罪と感謝を。」

 工藤さんのお父さんも俺の方に向かって頭を下げた。そして工藤さんの方に向き直り頭を下げる。


「詩織もすまなかったな。だが娘だからと言って全部を信じ込むことは危険なのはわかってくれ。」

「はい・・・・。」

「とりあえず、可能な限り早急に医者に薬を服用させられていたことを話して妹さんを助けてあげてください。」

「ああ。そうだな。医者と薬剤師には連絡をしておこう。」

 工藤さんのお父さんはメイドさんを呼び、少し会話をした。メイドさんは急ぎ足で部屋を出ていく。


「これで娘は助かるのか?」

「いえ・・・。難病事態は元からなので、それは医療が発展しない事には難しいかと。」

「そんな・・・。」

 工藤さんが泣きそうな顔で俯く。


「ただ、あの薬の服用を止めなければ、妹さんは1カ月以内に亡くなっていました。体調も少しはましになるでしょう。」

「そう・・・。時見君。本当にありがとう。」

「私からも改めて言わせてくれ。本当にありがとう。」

 工藤さんと工藤さんのお父さんが揃って頭を下げた。俺は2人に向かって手を振る。


「いいんです。ただ、そう思うなら一つだけお願いしていいですか?」

「なんだ?娘と付き合いたいとかは許可しないぞ。」

「お、お父さん!!」

 工藤さんが顔を赤くして手を振る。わかってはいたが、そんなに否定しなくてもいいのに・・。


「こんな状況でそんなことはいいませんよ。お菓子を・・・・いただけますか?」

「お菓子?」

 意外な言葉だったようで、聞き返される。だがこちらとしては頭痛がひどい。


「脳を使いすぎたので・・・・。糖分が欲しいんです。」

「・・・・・ははは。そうだろうな。わかった用意させよう。」

 工藤さんのお父さんはメイドを再度呼び、何かを言った。メイドが出て行ったが今度はすぐにお菓子と紅茶を持って戻ってきた。そして客間のテーブルに並べてくれた。


「遠慮なく食べてくれ。」

「では本当に遠慮なく食べさせていただきます。」

 机の上に置かれたクッキー等を無造作に取り口に入れる。品がないが許してもらおう。これからまた脳を使うのだ。ある程度食べたところで一息つく。脳を少し休ませて糖分も摂取できたので頭痛も少し収まった。深呼吸を一度して未来を視るのを再度開始する。


「失礼。お待たせしました。」

「大丈夫かね。」

「ええ。何分頭を使ったので糖分が必要でした。多少の不作法は許してください。」

「それは構わないが・・・君が知っている情報を教えてほしい。正直な事を言わせてもらうが、私は君の事をまだ信用できていない。」

「俺の親友と言ってもですか?」

 健吾が俺をかばう。しかし工藤さんのお父さんは首を振った。


「申し訳ないが、それだけでは足りない。最初は意見を言う程度だったから聞いたが、その後の行動が容認できない。何故柳の事を知っていたのか。うちに来るのが初めてのはずなのに、何故柳の部屋のものを把握していたのか。聞きたいことばかりだ。実は柳とは知り合いで、あそこは演技で、柳を裏切ったと思うのがまだ納得できる。」

 確かにその方が信じられるだろう。実際未来を視ながら行動しているのだから演技のようなものだ。だが本当の事を言うわけにはいかない。


「そうですね。ですが、これは私独自の情報網を活用しているとしか言えません。それ以上は明かせません。ただ一つだけ言えるのであれば私は工藤さんを助けたかった。その一心で行動しています。」

「そうか・・・・。どうしてもか。」

 工藤さんのお父さんがじっとこちらを見る。だが俺は首を振る。


「どうしてもです。何より時間がないんです。このままでは、工藤さん達が殺されます。」

「なんだと!!」

 工藤さんのお父さんが思わず立ち上がる。健吾も疑問に思ったのか首を傾げる。

「未来は変わったんじゃないのか?」


「いや、まだだ。柳さんはとある組織に所属していました。工藤さんを手に入れようとしていたことは報告されています。柳さんと連絡がつかなかった事で自分達の情報が漏れた可能性を考慮し、口封じに来ます。」

「その組織とは。」

「詳細は私も把握しきれていません。柳さんは下っ端ですし。ただ人身売買等を手掛けていたとしか。」

 工藤さんのお父さんはじっとこちらを見ていたが、ため息をついて首を振った。


「・・・・・・駄目だ。荒唐無稽すぎる。正直言って信じられない。子供の妄想としか思えない。」

 まあそう思うのも仕方ないだろう。個人単位の話だったのが、いきなり組織等バカでかい話が出てきたのだ。だがそれを信じさせるものは用意してある。

「・・・・ここの元メイドの加藤香織、三条恵梨香、大野瞳。ご存じですよね。」

「!!ああ。」

 意外な人物の名前がでたので驚いているのだろう。工藤さんも工藤さんのお父さんの顔が強張っている。


「その3名は特に問題なく勤めていましたが、ある日一身上の理由で辞職しましたね。」

「そうだ。」

「その後、彼女達が行方不明になったと警察から何度か事情を聞かれましたね?」

「何故そのことを・・・・。まさか!!」

 工藤さんのお父さんの顔から血の気がひく。俺は頷いた。


「彼女達は柳さんの紹介のもと人身売買の対象となりました。調べていただければわかりますが、今も行方不明のままです。死体も見つかっていません。」

「そんな!!」

 工藤さんが口を手で覆う。彼女も沢田さんと同じように仲が良かったのかもしれない。


「これ以上は組織の事は探れませんでした。私の事は信用しなくて構いません。ただ俺は工藤さんを救いたい。そのために少しでいいので力を貸してくれませんか。」

「俺からもお願いします。こいつはただただ詩織を助けたい一心でここに来ているんです。全てを信じるのは難しいと思いますが、力を貸してくれませんか。」

「お父様・・・。私からもお願いします。」

 工藤さんのお父さんは額に指をあて考え込んでいる。だがやがて深いため息をついた。


「・・・・わかった。ただし私にも立場がある。あまりニュース沙汰になるような事や、後ろ暗いことはできないぞ。表立って動けない。何を手伝えばいいのだ。」

「大丈夫です。戦力を貸していただければ。」

「戦力?」

「はい。まず、貴方の護衛でも家の護衛でも構いません。今何人動かせますか?協力をお願いしたいのですが。」

 工藤さんのお父さんは少し考え込んでいたが、やがて顔をあげた。


「そうだな・・。この時間なら30分で5~6人が限界だな。」

「充分です。集めていただけましたか。」

「人殺しなどはさせるなよ。」

「もちろん。若い人達を拘束するために手伝っていただくだけです。殺しもありません。」

「わかった。これから集めよう。」

 工藤さんのお父さんは頷いた。戦力は揃えた。次は柳さんだ。


「次にメイドさんの中で、柳さんに懐いていた方はいらっしゃいますか?」

「それは・・・。まああいつは長かったし、普段は他のメンバーの世話をよくしていたからいくらでもいるが。」

「では、工藤さんと相談して、一番慕っている方をいつでも呼べるようにしてください。」

「わかった。」

 頷くと工藤さんのお父さんは立ち上がり、どこかへ電話をかけ始めた。

 気を抜くと再び頭痛が襲ってくる。だが中途半端に未来を視るのをやめても気休めしかならない。お菓子をいくつか口に放り込む。


「大丈夫ですか?」

「ああ。すまない。大丈夫だ。」

 心配そうに声をかけてきた工藤さんに手を振ってかえす。健吾は余計なことは言わないように黙っている。正直それだけですごい助かる。今は健吾の視点で未来を視ているから余計に動かれると混乱する。

 気づいたら工藤さんのお父さんが電話を終わらせて戻ってきた。


「5人確保できた。それで、どうするのだ?」

「はい。これからの作戦を説明します。」

 俺は全員の顔を見渡し、作戦を説明しはじめた。

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