第4話 橘 凛(たちばな りん)

地面が裂け、そこから出現したのは、人型をしていながら異様な雰囲気を纏う存在だった。全身を覆う漆黒の甲冑には光を吸い込むような闇が宿り、赤い瞳が仲間たちを冷たく見据えている。


「お前たちが『救世の勇者』か……だが、この程度では試練に耐える資格はない。」

その声は冷たく、まるで心を抉るようだった。


翼は剣を構え、一歩前に出る。

「俺たちが何者かなんて関係ない!陽斗を消したのはお前か?」


異形の存在はゆっくりと首を傾け、薄く笑った。

「紫の光……その答えを知りたければ、我を倒してみせよ。」


異形が手を掲げると、周囲の空気が震え、無数の黒い刃が空中に浮かび上がった。それらは弾丸のように放たれ、仲間たちに襲いかかる。


「凛、前衛を頼む!千景、弱点を探れ!」

翼が指示を飛ばす中、凛が「重力制御」を発動し、黒い刃の進行を鈍らせる。


「隙間を見極めて!力を分散させれば防ぎ切れる!」

千景が冷静に指示を出し、美咲が防御魔法で援護する。


翼が懐に飛び込み、剣を振り下ろしたが、異形の存在は片手でそれを受け止める。翼は目を見開いた。


「……こいつ、硬すぎる……!」

千景が「解析眼」を発動し、異形を観察する。


「核が胸の中心にある。でも、その周囲には強力な魔力障壁が張られているわ。直接攻撃は無理。」


「じゃあどうする!」

凛が叫ぶと、千景が短く指示を出す。

「障壁を消す方法は一つ。内部から破壊するのよ。」


千景は翼に向かって叫ぶ。

「翼、時間操作を使って、あいつの動きを止められる?」


「短時間ならできる!」

翼は剣を構え直し、「クロノスの加護」を発動する。異形の動きが一瞬だけ止まった。


「凛、重力を集中させて!障壁を圧縮する!」

凛が重力の操作で障壁を歪ませ、隙間を生じさせる。その瞬間、千景が無言で背後から放った投擲用の短剣が隙間を突き、核に突き刺さる。


異形が苦しげな声を上げ、魔力障壁が砕け散った。


「……なるほど……この程度か。」

異形の存在は崩れながらも、不気味に笑う。


「死神を扱う者よ……お前は何を代償にしている?他の者たちは知らぬようだが……その秘密は、やがてお前自身を追い詰めるだろう。」


千景はその言葉に一瞬動揺したが、すぐに無表情を装い、無言で短剣を握りしめた。


「待て!お前、紫の光について何を知っているんだ!」

翼が詰め寄るが、異形は答えることなく完全に崩れ去り、地面に吸い込まれるように消滅した。


戦闘が終わり、翼は千景を鋭く見つめた。

「紫の光を扱う者……って、どういう意味だ?」


千景は翼の視線を受け流し、冷たく答えた。

「どうせあいつの挑発よ。私たちを動揺させるための作戦でしょう。」


「でも、お前……」

翼が続けようとしたが、美咲が割って入った。

「もうやめて!今は休むべきよ……みんな疲れてる。」


翼は歯を食いしばりながらも、言葉を飲み込んだ。


その夜、千景は一人、焚き火の近くで短剣を眺めていた。異形が残した言葉が耳にこびりついている。


「追い詰められる……か。」

彼女は小さく息を吐き、紫の光がかすかに浮かぶ手のひらを握りしめる。


「誰にも知られずに済んで良かった。でも、これがいつまで続くのか……」


その目に一瞬、迷いの色が宿ったが、すぐにかき消される。千景は静かに立ち上がり、仲間たちが眠る方へ視線を向けた。

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