第3話 如月 翼(きさらぎ つばさ)
荒野に静寂が戻った。黒い霧が消え去り、陽斗がいた場所には赤い血痕だけが残されていた。
「陽斗……どこだ!?」
翼の声が荒野に響く。彼は血痕の周囲を探し回り、凛と美咲も必死に周囲を見渡していた。
「なんでだよ!たった今までここにいたじゃないか!」
美咲は泣きながら叫び、地面を叩いた。
「陽斗君が、消えた……」
凛が震える声で呟く。誰も事態を理解できていない。
「さっきの光のせいだ……」
翼が拳を握りしめながら言った。
「紫の光……あれが陽斗を……」
千景は無言で翼たちを見つめていた。その表情は冷静だが、どこか硬直している。
翼は千景を振り返る。
「千景、お前、何か知ってるのか?さっきの紫の光……お前、何か隠してないか?」
千景は微かに眉を上げたが、すぐに目を伏せ、淡々と答える。
「隠す?そんなことする理由がないわ。あの光は、この世界の現象かもしれない。それ以上でも以下でもない。」
「でも、お前……」
翼がさらに追及しようとした瞬間、美咲が割って入った。
「もうやめて!今そんなこと話してる場合じゃないでしょ!?陽斗君が……陽斗君がいなくなったのよ!」
翼は口を閉ざし、悔しそうに拳を握りしめた。千景は視線を少しだけ横にそらしながら、小さく息を吐いた。
その夜、簡易的なキャンプを張り、全員が休息を取ることにした。しかし、陽斗の消失のショックで、仲間たちはほとんど眠ることができなかった。
翼は焚き火の前で腕を組み、千景をちらりと見る。彼女は少し離れた場所で静かに本を読んでいるようだったが、焚き火の揺れる光に照らされた彼女の横顔はどこか不安げにも見えた。
翼場思う、千景、お前が何か知ってる気がしてならない。あの冷静さ……お前が仲間を失って何も感じてないとは思えない。
翼は一度千景に話しかけようとしたが、そのタイミングで彼女が口を開いた。
「翼、早く休みなさい。明日に備えるべきよ。」
「……お前こそ、ちゃんと眠れてるのか?」
「心配無用よ。」
千景はそれだけ言い残し、背を向けた。
翌日、一行は近くの村にたどり着いた。村は荒廃していたが、かろうじて避難していた老人たちがいた。翼は彼らに「紫の光」について尋ねた。
「紫の光……?」
老人の一人が低い声で答える。
「そういえば、聞いたことがあるな。それは『死神の救済』と呼ばれるものじゃった。」
翼が身を乗り出す。
「死神の救済……それは一体何なんですか?」
老人はしわだらけの手で杖を叩きながら話を続けた。
「詳しくは分からん。ただ、それは命を落とす者を別の世界へ送り返す力だと言われている。ただな……それを使う代償は大きい。誰がその力を持っているのかも、何が代償なのかも、伝説にしか過ぎんよ。」
翼は拳を握りしめ、千景を一瞬だけ振り返ったが、彼女は無表情のまま老人の話を聞いていた。
その夜、一行は村で休息を取っていたが、突然、地響きが鳴り響いた。地面が裂け、そこから人のような姿をした異形の存在が現れる。
その者は鋭い目で一行を見下ろし、低い声で言った。
「お前たちが、この世界を救うとされる勇者か。だが、1人が既に欠けているな。」
翼が剣を握りしめ、前に出た。
「何を知ってるんだ……あの光、陽斗のことを知ってるのか?」
異形の存在は口角を上げ、不気味に笑った。
「その答えを知りたければ、我を倒してみせよ。」
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