第2話 共同生活の始まり

「はい。カフェラテでよかった?」


 席に座ってカフェオレを手渡す。しかし焦点は全く定まっておらず、どこを見ているのかさっぱり分からない。


「俺、森本日向って言うんだ。君の名前は?」


「――大和」


「大和くんって言うんだね」


 にっこり微笑んでカフェラテを口に含んだ。目の前の大和は両手でカップを包むように持って、まるで暖をとっているように見える。


「寒くない?」


 話しかけても何も反応がない。いったい大和の身に何があったのだろうか。見た感じ、身なりは整っているから、悪い子ではないようだが。


 黙りこくっているところを見ると、今は何も話したくないようだ。


 仕方ないので、自分語りをすることにした。


「俺、大学の仲間とバンドやっててさ。近々、ライブハウスでライブする予定にしてて、その練習でこの近くのスタジオに来てたんだよ」


 ずずっとカフェラテを啜った。すると彼の視線が、俺の方へ向いているのが分かった。少し話に興味を持ってくれたようだ。


「でね、ライブ終わったらまた新しく曲を作ろうと思って、アイデアを出そうとあそこのベンチにいたってわけ。あそこに座ってると、海風にあたりながらいいアイデアが出るんだよなー」


 好きなことを話していると、つい自分の世界に入ってしまう。ハッと気づいて大和の方へ目をやると、じっとこちらを見ていた。


「で、大和くんはどうしてここにいたの?よかったら俺に話してみない?」


 にっこりと笑顔向けてみた。


 この時期の海辺は人が少ない。だから余計に海に飛び込もうとした理由を知りたかったのだ。


「――死のうと思った」


「えっ?」


 やっぱりそうだったか。


 まだ高校生ぐらいの若い子が死にたいなんて、一体何があったのだろう――。


「何があったの?」


 理由を聞くと、大和はまた口をつぐんだ。よっぽど言いたくない事なのか。確かに初対面の人に話すことではないかもしれないが。


「何があったか知らないけど、一度家に帰った方がいいよ。家、近いの?」


「……家には帰りたくない」


 まさか家出?確かに身なりはきちんとしているが、かなりの軽装だ。ずっと外にいる格好ではない。


「いくとこないならさ、俺の家くる?」


 大和はこくりと頷いた。



「ごめんなー。ちょっと汚いけど」


 大学に入ってから、一人暮らしを始めた俺は、親戚のマンションに住まわせてもらっている。といっても、その部屋の持ち主の親戚は、海外出張で四年ほどもどらないとのことで、実際にはそこには俺一人で住んでいる。一人暮らしにはもったいないぐらい、ゆったりとした部屋だ。


 大和はリビングに置いてあるギターに向かって一直線に歩いて行った。その前に座り込んでじっとギターを見ている。


「何?ギター弾けるの?」


 大和はふるふると頭を振った。


「ううん。やりたい。けど、やれない……」


「やったらいいのに」


「……やらせてもらえない……」


 なるほど。家族に反対されているのか。なら――。


「よかったら教えてやろうか?」


「本当?」


 急に目の中に光が点ったように明るくなった。なんだ。笑えるんじゃん。


 その顔を見ると大和は悪いヤツではないことが窺える。


「そのギター、貸してやるよ」


 大和は嬉しそうに微笑んで、ギターを優しく撫でた。



 大和は飲み込みが早く、初心者とは思えないほど上手かった。


「よかったら俺たちのバンドに入らない?ちょうどもう一人、ギターが欲しいと思ってたんだよ」


 その言葉を聞くと嬉しそうにした。だが、それは一瞬のことで、すぐに顔に影を落とした。


「嬉しいけど……無理かな」


「なんで?」


「俺、高三で受験があるし」


「そっか……。でもさ、大学に入ってからでもおいでよ。あ、そうだ。今度、メンバーに大和を紹介したいから一緒にスタジオ練に行こう」


 大和を元気づけたくて誘ってみたが、少し強引だったかな……。だが、俺の予想に反し、大和は嬉しそうにしている。


「行ってみたい!」


「よし!じゃあメンバーに連絡入れとくわ」


 俺も嬉しくなってすぐにメンバーに連絡を入れた。

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