第15話

その日から、夕食後は深夜まで参道の整備に励む事となった。


 思わず寝入ってしまい、地面に倒れてしまったのも1度や2度ではない。


 当然疲労は日に日に蓄積し、学校の授業は寝るのを我慢するのに必死。ただここで勉強をおろそかにしては意味が無く、しかし精神的にもすり減っていくのは自分でも分かっている。


 加えて夜に行くため、どれだけ作業が進んだかの把握が困難。成果を実感出来ず、正直くじけそうになる。


 勿論、なりそうなだけ。ベルのために、彼女のために。


 俺は何があろうと、最後まで・・・・・・。


「ばっ」 


 顔から地面に突っ込み、その痛みで目が覚める。


 頬を拭うと手が赤く染まり、枝か石で切ったよう。それ程深くないのが、せめてもの救いか。


「よーし、やってやるぞーっ」


 空元気を出して1人吠え、両手を軽く突き上げる。鉈を振るい、枝葉を放り、石をどけて、斜面を下る。


 俺がやるのは、ただそれだけ。 技術も何も必要はなく、やる気があればそれで十分。


 とにかくもがいてもがいて、もがくだけ。 何も考えず、ひたすらに頑張れば良い。その結果がどうなろうともだ。



 その調子で山へ通っている間に、気付けば週末。


 今日は参道の整備ではなく、白鳥南さんの庵を訪ねる。疲労が限界近かったのが第1の理由で、もう1つは尋ねたい事があったから。


 彼女は瑞樹さんと違って達観した人。多分、参考になる意見を聞かせてくれると思う。


「こんにちは」


 俺は邪魔者とは考えられてないのか、普通に庵の前へと到着。瑞樹さんの従兄弟である南さんに出迎えられる。


「ようこそ。何やら頑張ってるみたいですね」


「はい」


「私もこの前の為替相場で頑張って、少し浮きましたよ」


 スマホをいじりながら話す南さん。


 トレーダーか、この人。つくづく、外見と発言がずれてるよな。


 囲炉裏端に通され、お茶を一服。俺の気持ちと空気が落ち着いた所で、話を切り出す。


「今更オカルトを信じる信じないも無いと思うんですが。人形に魂が宿る事はあると思いますか」


「乾さんの事? 確かに、瑞樹の大切にしている人形に似てますね」


 あっさり看破する南さん。


 逆に言えば、瑞樹さんが抜けていると言う事か。いかにもお嬢様という風情なので、納得は出来るが。


「私が作った焼き物にしろ、何かが宿っているような気になる事はありますからね。思いが強ければ、九十九神程年を経なくても不思議な事は起きるでしょう」


「そう、ですか」


「あなたもベルのために、夜通し働いているのでしょう。知らない人からすれば、それもまた不思議な話。ただ人の思いとは、そんな物ではないですか」


 諭すように話す南さん。


 それは俺にとって、納得の出来る答え。つまりは、思いの強さという事か。


「ありがとうございます。参考になりました」


「いえ。それで、ベルには結局何をするつもりですか」


「旬のタケノコを食べさせてやろうと思いまして」


「あはは」


 すごい勢いで笑われた。


 どうやら、俺が冗談を言ったと思った様子。俺達がやってる事って、知らない人からすれば不思議に思われるんだろうな。


 それも悪い意味で。




 翌日は朝から瑞樹さんと白鳥神社本宮を訪れ、自分がどの辺りまで作業をしたのかを理解する。


 上から見下ろすと、目の届かないところまで枝葉や雑草はほぼ取り除かれている。


 2人で参道跡を降りて行っても整備されている場所は続き、息が上がりかけた所でようやく行く手が遮られる。


「かなり頑張ったみたいですね」


「それなりには」


 謙遜するつもりはなく、自分でも頑張ったと思っている。自分のためではなく、ベルのために。瞳さんのために。


「どうかな。ポイントは」


 瞳さんを振り返ると、微かに顎を引いた。


 どうやら、努力は報われたよう。これには俺も瑞樹さんも、安堵の表情を浮かべる。


「では、タケノコをお願いします」


「分かった。神社へ戻るから、付いてきて」


 俺と瑞樹さんが持っていたポイントカードを瞳さんへ渡すと、彼女はそれをチェック。すぐポケットにしまい、命様へ声を掛けた。


「お願いします」


「もったいない話だが、仕方ない。……ほら」


 小袖の胸元から手を出し、地面を指差す命様。


 するとその場所がわずかに盛り上がっていて、タケノコの先端が頭を覗かせていた。


「え」


「私は神だ。この程度の事、出来なくてどうする」


「いや。もう少し儀式とか、余韻とか」


「大仰な事が必要な場面でもあるまい。素粒子レベルでの空間遮断と、温度管理。土壌の組成解析に改良。後は細胞の活性化程度だ」


 さらりとネタを開かす命様。


 随分科学的な神様だなと思いながら、スコップで地面を掘り起こす。


「……このくらいか」


 大きく穴を開けて、タケノコの根にスコップをめり込ませる。 後は力任せにそれをへし折り、どうにか回収。


 明らかに地面へ根を張っていたタケノコで、こればかりは神秘の力と言える。


「ありがとうございました」


「礼は良い。早く、犬に食べさせてやれ」


「は、はい」


 二人して頭を下げて瞳さんを振り返ると、彼女も微かに頷き参道を降りるよう促した。



 ナスを急がせて白鳥邸へ到着し、はやる気持ちを抑えてキッチンへタケノコを運ぶ。


 瑞樹さんは軽く洗ったタケノコの穂先に包丁を入れ、手際よく薄めにスライスしていく。それが綺麗に小皿へ盛られ、タケノコの刺身が完成する。


 俺と瑞樹さんは顔を見合わせ、ベルの元へと急いだ。



 ベルは玄関先で、腕を枕に休んでいる所。


 俺達が戻って来た時も微かに顔を上げただけで、相変わらず反応は薄め。今も顔を動かすだけで、動きは頼りない。


「どうぞ」


 そっと置かれる小皿。


 ベルは鼻を近づけ、しばらく匂いを嗅ぐとタケノコを口にした。


「ばう」


 小さく一声。


 そしてもう一口。さらに一口。


 食べるのを止めようとしない。



 ベルの体調が良くないのは、誰の目にも明らか。でも今はわずかでも食欲が戻り、元気が出ている。


 それだけは紛れもない事実。俺達の努力と、瞳さんの思いが実を結んだ結果。それが今、目の前にある。


「ベル、美味しいか」


「ばうっ」


 手を伸ばした途端、すごい剣幕で吠えられた。


 俺がタケノコを奪うと思ったのだろうか。元気が出たのは良いんだけど、どうなんだかな。


「……所詮犬とか思いませんでしたか」


「いや。全然」


「だからあなたに、ベルを任せられないと言っているんです」


 悪かったな。


 大体ベルが俺を見る目付きは、明らかに敵を見るそれ。感謝の言葉や態度を望んだ訳ではないが、何だかなとは少し思った。


 



 もやは猛犬と化したベルは瑞樹さんに任せ、俺は家へと帰る。


 やるべき事は全てやり、後は寝るだけ。今日は何もせず、1日ベッドの上で過ごしたい。


 そう思ってベッドサイドに腰掛けるが、眠たいのに意識は冴えたままだ。


 ベルのために頑張り、引いては瞳さんの思いに応えた。俺達はそのために今まで努力を積み重ねてきたし、それ自体は成功したと言って良い。


 ただ一つの真実と表裏である事に、俺は気付いていた。気付いていて、敢えて見過ごしてきた。



 ベルの元気を取り戻すのは、瞳さんの願い。そのために俺達は努力をしたが、私利私欲を交える事はなかった。物資の提供にしろ、あくまでも不要な物だけを引き渡していた。行動についても、利他的な事ばかり。


 決して、自分のためになるような事は行っていなかった。 



 だけど瞳さんの願いは、ベルの元気を取り戻す事。それは即ち、個人的な願望だ。


 勿論それだけなら、まだ良いだろう。


 だがその事に俺達を巻き込むのは、果たして許容されるのか。自分自身の目的のために、いくら関係があると言っても他人を巻き込むのは。


 自分の利益のために策を弄するのは、不正な行為と見なされる。


 そんな事を瞳さんが言っていたのを、俺は覚えている。


 手伝いをしている俺ですら、その扱い。主導的な立場にある彼女では、より処分は厳しいはずだ。


「いない、か」


 部屋の中に彼女の姿はなく、窓の外にも見当たらない。ではここにいないなら、どこにいるか。


 俺が思い当たる場所は、一つしかない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る