第14話



 明けて週末。瞳さんに連れられ、瑞樹さんと共に白鳥神社の本宮へとやってくる。


 社の周りにはわずかだが雪が積もり、防寒具を着ていないと耐えられない寒さ。その中でも命様は小袖の胸元へ手を入れ、落ち着いた態度を取っている。


「参道を整備してくれると聞いているが」


「出来る限り頑張ります」


「わ、私も」


「では、励んでくれ」 


 いつも通りの素っ気ない口調。


 彼女らしいと思いつつ、鉈を持って参道の名残である斜面へと向かう。


 ある程度本格的な物を作るなら杭を差して横木を渡すのが一般的だが、それをやり始めれば、何年掛かるかも分からない。


 それでも名残自体は残っているので、まずは出来る事からやっていこう。取りあえず参道を覆っている草木を取り除けば、ある程度の形にはなると思う。


「……暑いな」


 作業を始めて10分くらいで、厚手のコートを脱ぐ。


 これ以上脱ぐと風邪を引くくらいの寒さだが、思った以上に重労働だ。


「ここから麓まではどのくらいあるのかしら」


「標高差なら1000m。斜面になってるから、当然それ以上だよね」


「なるほど」


 小さく頷く瑞樹さん。


 何を納得したのかは知らないが、自分なりに¥の結論を得たようだ。



 顎に滑っていく汗を拭い、顔を上げる。


 社のあった広場からはまだどれほども下がってきておらず、小袖の胸元へ手を入れている命様の姿が見えているくらい。当たり前だが、簡単な作業ではないようだ。


 そして瞳さんの姿は、例によって無い。


「熱心ですのね」


「俺? まあ、ベルのためだし」


 そう答えると、じとっとした目で見つめられた。どうも俺とベルの間を誤解してるな。


「まあ、良いでしょう。それにここは白鳥家の氏神で、私にとっても特別な場所ですから」


「神社の話だけど。この間別宮に行って、思い出した」


 太い枝を鉈で落としながら思い出した話を瑞樹さんに説明すると、彼女も「あ」という顔で俺の話に耳を傾ける。


「・・・・・・そう言われてみれば、確かにそんな事だった気もします」


「俺が白鳥家に関わる場所へ連れ回されたのって、多分ベルのためなんだよ。俺と瑞樹さんがポイントを貯める事で、ベルのために何かが出来るから」


「今回はタケノコにしたけれど、それ以外の事でも良かったと」


「多分」


 あくまでも俺の推測だが、それ以外の考えは思い浮かばない。


「でも、どうしてあの方はベルのために?」


 そして当然の疑問。


 いや。もはやこれは、俺にとっては疑問ではない。


 先日の、白鳥家での異変。腕に巻かれたピンクのリボン。何より、ベルのために尽くす理由。



「あの人形が、瞳さんになったんだと思う」


「なる、ほど」


 言葉を区切って頷く瑞樹さん。


 結局の所俺の推論に過ぎないが、彼女も納得するだけの記憶は揃っているはずだ。


「昔助けてくれた恩義に報いるという事でしょうか」


「多分」


 何となく押し黙る俺達。その先にある結末を考えないようにしながら。 




 その後は疲労感もあり、黙々と作業。


 さすがに社のある広場からはかなり下がったものの、麓までの距離を考えれば微々たる作業量である。1日2日で終わるとは思ってないが、ベルの事を考えると少し焦ってくる。


「麓までやらないと駄目って訳じゃないよね」


「さすがにそれはないでしょう。あなたの説を採るのなら、余計に」


 朽ちた大木に腰掛け、ペットボトルに口を付ける瑞樹さん。


 つまり麓までの作業が必要なら、数ヶ月という時間を必要とする。ベルの体調を考えれば、俺達の要求とは異なる日数。瞳さんがベルのために頑張っているのだとすれば、長い時間を掛けるのは彼女にとっても本意ではないだろう。



 それでも日暮れ前まで作業を行い、二人とも疲労困憊。


 命様に挨拶をするのがやっとで、ナスに乗り込んでも会話は無し。また、運転している瞳さんに尋ねる勇気が俺にはない。


「着いたよ」


 白鳥邸に到着した所で瑞樹さんはよろめき気味にナスを降り、ふらふらしながら屋敷へと歩いていった。


「大丈夫かな」


「さ、行くよ」


 微かな加速感を感じると、いつものようにすぐさま自宅前へと到着。聞きたい事はたくさんあるが、何も言えずにナスを降りる。


「また明日」


「このペースで、間に合います?」


「少し頑張った方が良いかな」


「俺、平日の夜もやります」


 あれだけの標高だと夜は氷点下になるはずで、凍えるどころの話ではないはず。ただ頑張った方が良いなら、そうするだけだ。


 ベルのためにも。


 彼女のためにも。


「大丈夫?」


 多分、出会って初めて俺を気遣う台詞。


 俺は黙って頷くだけで、語る言葉は何もない。


「ありがとう」


 そしてきっと、初めてのお礼。穏やかで、少し切なげな笑顔を浮かべながらの。


 余韻を残さず、すぐに去っていく彼女。


 俺も食事を済ませてシャワーを浴び、そのままベッドに倒れ込む。何をする体力も気力も残っておらず、とにかく今は寝ていたい。


 そして何も考えず、このまま眠りに落ちていきたい。全ての考えを止めて。



 翌日も朝から作業。参道を覆っている草木を、ひたすらに下っていく。


 単調で過酷な作業だが、何も考えなくなれるのはむしろ好都合とも言える。作業ペースも上がるし、考えを深めなくて済む。


「一休みしろ」


 小袖に手を突っ込みながら、参道を降りてくる命様。


 参道と言っても、その名残を少し整備しただけだが。


「食べないと、持たないぞ」


 差し出される、笹の葉の包み。開けると中はおにぎりで、山菜の佃煮が添えられている。


「これは、命様が?」


「無駄に年はとってないで、命ちんは。うちも作ったけどな」


 瑞樹さんに笹の葉の包みを渡す子鬼。


 向こうは彼女の手作りで、俺は命さんの手作り。子鬼が悪い訳ではないんだけど、これはちょっと嬉しいな。


「取り替えましょうか、これ」


 替えましょうかではなく、取り替える瑞樹さん。


 良いんだけどさ。


 包みの中はこちらもおにぎりで、具は何かの揚げ物。味は普通に美味しく、チョコや生ものが入っている事もない。


「この調子なら、結構早く麓まで行きそうやな」


 薄布1枚で普通に笑っている子鬼。


 命様も小袖1枚で、防寒着を着込んでいる自分がひ弱に思えてくる。


「夜通しやるそうやないか。何張りきっとるんや」


 瑞樹さんには聞こえないくらいの声で話す子鬼。


 そういう配慮に、心の中で感謝する。


「時間が無いみたいだし、だったら俺に出来る事をやろうと思いまして」


「そんなに犬が好きか」


「みんな誤解してるけど、俺はベルが好きなだけです」


「大抵の奴は、そう言うんや。好きになったのがお前なだけで、性別も何も関係ないよって。いや、それ一番関係あるやろっ」


 勝手にノリ突っ込みをする子鬼。


 この際、もうどうでも良いか。



 今日も日暮れ前に作業は終了。いつも通りナスに乗り込み、まずは白鳥家に到着する。


「頑張って下さい」


 降りる際、そう呟く瑞樹さん。


 すぐにドアが閉まり、ナスは加速。子鬼との会話は聞かれてないと思うが、何か察する所があったのかも知れない。


「俺は頑張りますから」


「そう」


 瞳さんは短く、心がこもっているような上の空のような返事をする。


 俺はそれに何も言う事が出来なかった。




 そして翌日。学校から帰り夕食を食べ終えると、瞳さんが迎えに来た。


 俺はすぐにナスへ乗り込み、参道跡へと向かう。


 会話は殆どなく、到着すると瞳さんはすぐに姿を消す。この作業を始めてからずっとこの調子で、彼女なりに負い目を感じているのかもしれない。ある意味自分の目的のために、俺を利用しているのだから。


 町では雨だったが、奥深いこの山奥では白い雪が降りしきる。さすがに今日は厚手のコートが手放せず、動いてもなかなか体は温まらない。


 また周囲は完全な闇で、ヘアバントに付けているライトが照らす範囲しか視界が保てない状況。時折平衡感覚を失い、地面に手を付く事もしばしばだ。


「ご苦労だな」


 行燈片手に現れる命様。もう片手には番傘で、小袖姿には良く似合う。


「どうしてそこまで頑張る」


「上手く言えませんけど、ここまで来たらやるしかないと思って」


「つくづく人間は愚かだな」


 苦笑気味に呟く命様。


 それは俺も、薄々自覚はしていた。


「故に、貴い」


 苦笑気味の、改めての言葉。命様は番傘片手に、ゆらゆらと行灯を揺らしながら参道を戻っていった。 


 ただ思ったのは、これが純粋に自分のためならここまで頑張ってなかったはず。


 明日にすればいい、あさってもでも良い。やらなくても良いと、自分自身の事なら割り切れる。


 とはいえベルや彼女のためという、義務感でやってる訳でもない。


 俺がやれば、誰かが報われる。良く言えば献身。悪く言えば自己満足。


 俺自身にはれといったメリットはないけれど、だからこそ気持ちよく働ける。それが俺にとっての報酬だ。

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