第13話

 ベルに会いたかったが、無理をさせるのは本意ではないのですぐに白鳥邸を後にする。


 家の方向は大体分かり、電車に乗ればそれ程時間も掛からないはずだ。


「……白鳥神宮別宮」


 駅前にある観光用の地図を何気なく見ると、そんな文字が目に飛び込んできた。


 ここからはそれ程遠くなく、ちょうど別宮経由のバスがロータリーに入って来る。つまりはこれに乗れという事だと勝手に思い、後部ドアから車内へ乗り混んだ。  


 別宮前の停留所に停車した所でバスを降り、吹き抜ける風に懐かしさを感じる。


 これは命様の社で感じたあの空気。そして少しずつ蘇ってきた記憶と合致する。


 石垣の間にそびえる鳥居と綺麗に掃き清められた参道。周囲には広大な緑が広がり、小鳥のさえずりが時折聞こえてくる。


 また神社前にはおみやげ屋や飲食店が軒を連ね、門前町を形成している。本宮とはまるで違う賑わいに、つい感慨深くなってしまう。


「ここで瑞樹さんに会ったって事だよな」


 鳥居をくぐり、石畳の参道を奥へと進む。


 参拝客は結構いるが、空気は静謐。喧噪とは無縁の雰囲気で、自然と気持ちが落ち着いていく。


 まずは別宮の本殿に参拝。何をお願いするのか思い付かないが、命様も俺の頼みなど聞く気もないだろう。


「そう言えば、さっきからいないな」


 家で仕事を斡旋されて以来、瞳さんに会ってない。ただ彼女は忙しく、俺には構ってられないのかも知れない。


 お参りが済んだところで参道から外れ、細い小道を歩いていく。


 鎮守の森を巡る遊歩道になっていて、日があまり当たらないため少し肌寒いくらい。また遊歩道は分岐が多く、標識がないと自分の居場所が分かりづらい。


「迷うよな、これは」


 自分でそう呟き、ふと気付く。


 今なら表札を読めるし、迷っても戻ればすぐに元の場所へとたどり着ける。だけど子供に標識を読むのは難しく、遊歩道の距離自体も結構ある。これでは迷子になるのは簡単な事だ。



「静かだね、ここは」


 遊歩道の行く手に立ち、そう呟く瞳さん。


 こんな所にいたのかと思い、彼女の隣へ並ぶ。


「何してたんですか」


「ここに来るかなと思って、一足先に見て回ってた」


 どうしてと聞くのが躊躇われる、物憂げな横顔。


 俺は黙って頷き、歩き出した彼女に付いていった。


 遊歩道を歩くのは俺達だけで、周辺の車道からも離れているせいか非常に静か。時折小鳥のさえずりが聞こえる程度である。


「すっかり秋めいてきたよね」


 ぽつりと漏らす瞳さん。


 俺はやはり、黙ったまま頷いた。


「今年のクリスマスは忙しいのかな」


 推測を含んだ台詞。  


 その視線は前を見ているようで、もっと彼方。ここではない場所を見ているようでもある。


「1年で一番忙しそうなイメージですけど」


「去年までは忙しかったよ」


 過去形で語る瞳さん。


 さながら、自分が時間の流れから外れているような言い方。それについて尋ねる勇気が無く、俺は話題を変えた。


「どこか行くんですか?」


「全然。私はずっとここにいる」


 表情は依然として物憂げで、ただ取り繕っている様子はない。


 だから安心だとも言えないが。



 お互い口を閉ざして歩いていると、不意に彼女が足を止めた。分岐でも何でもない場所で。


 しかし彼女はその場に留まったまま、動こうとはしない。


 何かあるのかと思い、周囲の木々に視線を向ける。


「ここに、何か思い出でも?」


「全然」


 彼女には似つかわしくない、素っ気ない返事。この神社に来てからの異変を象徴するような。


 俺は思い空気に耐えきれず、思い出した出来事を何となく口にした。


「昔この神社で迷子になったんだけど、多分ここでしょうね。いかにも迷いやすそうな場所だし、写真の背景に似てるから」


「そう」


「……なんだったかな。迷子ではなくて、何かを探してこの遊歩道に来た気がする。女の子が何か無くしたとか言って」


 埋もれていた記憶が、点で蘇る。そう。俺は忘れてはいなかった。


 今はまだ断片的で、漠然としたままだけれど。俺の心の中に、その記憶は確かに存在をする。


「その時ベルを追いかけて。いや。ベルが走ったから後を追って。そうしたら、植え込みの下にあったんだ」


「何が?」


「……人形。そう。この間、瑞樹さんが持っていたあの人形。あれが、この下に」


 突然屈む俺。その時の行動をそっくり真似るようにして、体が勝手に動き出した。



 遊歩道のちょうどこの辺りだけ、左右に背の低い植え込みが続いている。


 下の方は子供の低い視線でも見通しにくく、だからどれだけ探しても見つからなかったのだと思う。


 命様が俺達を知っていたのは、ここが別宮だから。神様なら本宮と別宮の距離も関係なく認識出来るか、たまたまこちらを訪ねていたんだろう。


「さすが犬の嗅覚。あー、なんだか一気にすっきりした」


 100%とは行かないが、ほぼ当時の記憶を取り戻したはず。


 彼女が白鳥家にゆかりのある場所へ俺を連れ回した事。今日ここにいる事も、それを思い出させるためだろう。


 ただどうしてそんな真似をしているかは、未だに分からない。


 いや。俺は、分からない振りをしているだけだ。


「帰ろうか」 


 右腕のリボンを押さえながら、ぽつりと呟く瞳さん。


 俺はやはり、黙って頷く他無かった。

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