第12話
自宅まで送ってもらったところで、蓑や面。とにかく一式を彼女に返す。
「そんなにあの犬が好きなの?」
「好きというか、一度関わりを持ったら見過ごせないでしょう」
「人間って、そういう所があるよね」
自分が人間ではないような言い方をする瞳さん。
少なくとも今は、なまはげだが。
「ちなみに流君が貯めているポイントがあれば、ハリウッド女優を1ダースこの部屋に呼ぶ事も出来るんだよ」
「ハリウッド? 1ダース? 12人?」
「そう。今日はあの子で、明日はこの子。あさっては2人まとめてだっ。なんて話」
多分それは男子一生の夢。それを成し遂げるために生きていると言っても、過言では無い。
「……いえ。俺は、旬のタケノコで」
「もったいないと思わない?」
「全然。馬鹿馬鹿しいとは思いますけど、そういう馬鹿馬鹿しいのって楽しいじゃないですか。やらかしたというか、こんなに努力したのに結果がこれだけって話は」
「そういう性癖?」
相当誤解されてるな。もしくは、相当見抜かれてるな。
何故か床の上で正座。
瞳さんはベッドサイドに腰掛け、俺を見下ろす。
「とにかく、早くタケノコを手に入れたいんです。俺に出来る事なら何でもしますし、この部屋にある物なら何を持っていっても構いません」
「不要な物以外は引き取れないって、さっき言ったよね」
「自分で不要にするのは?例えば壊すとか、破るのは」
「それはアウト。不正な行為と見なされて」
親指で、喉を掻き切る真似をする瞳さん。
どうやら、これ以上は聞かない方が良さそうだ。
「……良い仕事が1つあるけど、どうする?」
何とも悪い表情。人買いが、もしかしてこんな顔をするのかも知れない。
「悪い事ではないですよね」
「それは保証する」
「分かりました」
「あの子も呼ぶから、2人で頑張って。こんな良い条件の仕事、絶対無いからね」
やってきたのは、三途の川。
先日同様、夕暮れに近い空の色。空気は切なくもの悲しく、心寂しくなってくる。
そして亡者を鬼が誘導するのも相変わらず。信号に標識に、蛍光色の誘導棒と笛の音色。生気のないラッシュ時間帯とも言える。
「おう。よく来たな、われ」
出迎えてくれたのは、いつもの子鬼。
俺と瑞樹さんは彼女に挨拶して、今日の仕事内容について尋ねる。
「簡単や。賽の河原で鬼の代わりをやってや」
「それて、石を崩すあれ?」
「そんな、鬼みたいな真似を」
露骨に嫌な顔をする瑞樹さん。
それこそが鬼の仕事とは、俺だけでなく子鬼も思った事だろう。
賽の河原は、即ち三途の川の河原。
亡者が列をなしている場所から少し離れると、積み上げられた石が見えてきた。その近くには小さな子供が何人もいて、ぎこちない手つきで石を積み上げている。
「あれを、崩せと?」
震える指で石を指差す瑞樹さん。
あれを蹴り飛ばすのは、俺も正直出来かねる。
「これも仕事や。うちはここで見てるさかい、あんじょう気張りや」
気楽に言ってくれる子鬼。
俺も瑞樹さんも、その表情は幽鬼のそれ。地獄のような気分とは、まさにこの事だ。
河原にいるのは幼い子供達ばかり。実際はもっと高年齢なのかも知れないが、この場においては全員この姿になるのだろうか。
賽の河原で石を積むのは、親よりも先に亡くなった子供達。その親不孝の苦役として石を積み、積んだ石を鬼が崩す。それが、賽の河原で行われる出来事とされている。
まさしく悪鬼の所業と言いたくなるが、今は俺達が鬼の役。そして自分達の目的を思えば、躊躇している場合ではない。
「よいしょ、よいしょ」
小さな体に不釣り合いな大きい石を持って、おぼつかない足取りで歩く幼い男の子。それを自分の腰辺りまで積み上げてある石の上に積み、大きく息を付いた。
周りを見れば、そんな光景ばかり。幼い子供が身の丈に合わない大きな石を懸命に運び、ひたすらにそれを繰り返している
俺達に与えられた仕事は、これを壊す事。それにより俺達は、自分の目的を達せられる。
「いや。違う」
「何がです」
「自分のために誰かを犠牲にするなんて、あって良いはずがない」
賽の河原で苦役を課せられた子供達は、地蔵菩薩によって助けられる。
だけど今彼らが必死で頑張っているのを、邪魔する権利が俺達にあるだろうか。
「ベルの事はどうなさるんですか」
「分かってくれるよ、ベルも」
「どうやって」
「俺が後でベルに話す」
足元にあった石を抱えられるだけ抱え、1番近くにあった積み石の前に置く。もう1度抱え、別な積み石の前にも。とにかくそれを、ただひたすらに繰り返す。
重いは暑いは苦しいは。それこそ鬼が俺を懲らしめに来るかも知れないが、その時はその時。鬼だろうと閻魔大王だろうと、戦うまでだ。
「何しとるんや、こら」
子鬼とはまるで違う、地の底から響くような声。
目の前に現れたのは、赤銅色の巨大な鬼。その体格はゴリラを3周りくらい大きくしたサイズで、腕はまさに丸太並み。俺など一撫でで、何もかもが壊れてしまうだろう。
「手伝ってるんだよ、子供を」
「賽の河原で、随分舐めた真似をしてけつかるの。おお」
「子供をいじめる奴に、がたがた言われたくもない」
「良い度胸やないか。取りあえず、一回死んどけや」
俺の顔目がけて飛んでくる、西瓜みたいなサイズの拳。避けられるような速度ではないし、そんな技量もありはしない。
だけどここで引くようなら、俺は子供にもベルにも顔向けは出来ない。この程度の拳を受け止められないでどうするんだ。
気付けば体は水に浸かり、したたか水を飲んで顔を水面に出す。
距離にして10mは吹き飛んだはずで、ただ三途の川に沈まなかったのを見ると自分で思った程煩悩は無かったようだ。
「これで1回や。おもろかったで、あんちゃん」
俺を見て豪快に笑う鬼。
三途の川を渡りかけたので、確かに死んだといえば死んだような物。正直俺にとっては、笑い事ではないが。
顔や体を触ってみるが、血は出ていないし怪我もしていない。濡れているのは三途の川に使っているからで、殴られたダメージは全くと言って良い程無い。
川を渡りかけた事はともかくとして。
「なにしとるんや」
河原の淵から俺を見下ろす子鬼。
それは俺も知りたいところで、とにかく川から這いずり出る。
「やっぱり石を崩す事は出来ないと思って」
「それで、死にかけるって?本当、馬鹿は1度死なな分からへんな」
「だって」
「本当に崩す訳ないやろ。そんなの人間の迷信や、迷信。名神高速道路や」
何を言ってるのか全く不明。分かったのは俺が1人で空回りした事か。
「でもさっき、子供が石を」
「あれは全部鬼の子供や。力が無駄にあり余っとるから、ガス抜きしとるだけやで」
そう言われてみると全員頭の上には角が生えている。
俺のやった事は空回りどころか、ありがた迷惑。なんだか、顔から火が出るくらいに恥ずかしい。
「騙したって事ですか」
冷静に、低い声で尋ねる瑞樹さん。
子鬼は近くの巨石に腰掛け、短い足を組んだ。
「子供が必死で積んどる石を蹴り付けるような奴、助けたいと思うか?」
「それは」
「つまりはそういうこっちゃ」
どういうこっちゃかは分からないが、取りあえずは合格のよう。瑞樹さんも矛を収め、仕方ないといった感じで頷いた。
「それよりも俺達は、タケノコを」
「あんなの雨が降れば、あっという間に生えてくるわ。あの子には伝えとくさかい、今日はもう帰り」
諭すな口調で話す子鬼。
彼女がそう言うなら俺達もここに留まる理由はない。何のために来たのかとは思うが。
無人のナスに送られ、白鳥邸へ到着。ベルは屋敷の中にいるのか、玄関前には出てこない。
「……まあ、良かったですよ。先程の振る舞いは」
顔を逸らし、小声で呟く瑞樹さん。
どうやら俺が鬼に刃向かったのを、褒めてくれているようだ。
「ただ向こう見ずというか、あまりにも身の程知らず。あれは相手の善意に助けられたような物で、浅慮過ぎますが」
「はぁ」
「とにかくこれからは、もう少し思慮深く行動するように」
結局は怒られた。まあ、これはこれでありか。
いや。全然、そう言う意味ではなくて。
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