「俺、胡桃のこと、怖かったのかもしれない。ずっと。あの、はじめて寝たときから。だから、子どもほしかったけど、それも言い出せなかった。」

 顔を伏せ直した深町尚久が、苦しげにそう言った。私は少しだけ、驚いた。私は、怖がられていたのか。四年間共に暮らした夫に、ずっと。でもそれだって、悪いのは私だろう。はじめて寝たとき、あれは私が強引に持ち込んだセックスだったし、怖がられても仕方はない。

 「……そう。私が悪かったわ。」

 「違うんだよ。俺、胡桃に謝ってほしいわけじゃない。」

 「じゃあ、どうしろっていうの? 謝る以外、できることがない。」

 人生は戻れないのだから、あのはじめてのときに戻って、セックスを取りやめることなんてできない。だったら私にできることは、謝るだけだ。

 「……だって、悪いのは、俺だろ?」

 途切れ途切れに、深町尚久が言葉を漏らす。

 「胡桃を裏切った。俺が、悪い。」

 「そうでもないと思う。裏切らせたのは、私でしょう。」

 深町尚久が、がばりと顔を上げ、私を見た。まっすぐな目をしていた。これ以上ないほどの。私はその目を見て、やっぱり馴染めなかったな、と思った。深町尚久にも、深町尚久の実家にも。深町尚久の両親は、当たり前みたいに私によくしてくれたけれど、それでも私はやっぱり、善良なそのひとたちに打ち解けることができなかった。いつも、私はぎこちなくて、そのぎこちなさが深町尚久の両親にも伝播して、その場はずっと、違和感にまみれていた。

 「俺、やり直したいって、思ってた。胡桃と。」

 「……。」

 やり直したいというのは、なにを、どこから? 分からない私は、ただ口をつぐんでいた。深町尚久は、常の熱っぽさをとりもどし、私を見つめていた。

 「やっぱり、胡桃のこと、好きだから。だけど……、」

 そこで深町尚久の両目から熱っぽさが消える。私は黙って、深町尚久の次の言葉を待った。

 「それは、できないんだよね。胡桃には、ずっと好きなひとがいる。それは絶対俺じゃなくて、やり直せても俺は苦しくなって、同じことを繰り返す。」

 しんと静かな目と口調だった。私はただ、子どもができたといったくせに、なにをどうやり直すつもりだったのだろうか、と内心首をひねった。

 「胡桃が好きなひとは、今どこでなにしてるの? 絶対に、会えないの? 俺、もう胡桃になにも言えた筋合いじゃないけど、でも、最後に言えるとしたら、そのひとに会った方がいいよ。絶対、会った方がいい。」

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