離婚
深町尚久の不倫が発覚した経緯は、父親のときとは違っていた。女が電話をかけてきたのではなくて、ある春の晩、深町尚久が、他に好きなひとができたから離婚してほしい、と、頭を下げてきたのだ。結婚して、4年が経った頃だった。私は、食卓を挟んで向かい合った深町尚久を眺めながら、そういえば、と思っていた。そういえば、あの晩も私は肉じゃがのためにさやえんどうの筋を取っていたな、と。
深町尚久はしばらくじっと頭を下げていたけれど、一分くらい経ってからだろうか、ゆっくりと頭を上げて、私を見た。私はなにかを言わなくてはならない気がして、分かった、と答えた。
「分かった?」
間髪入れずに私の言葉を繰り返した深町尚久の声が、ヒステリックな色を帯びていることに、私は幾分驚いた。そんな声を出す深町尚久を見たことはなかったし、そんな声を出せる立場にいないだろう、と思いもした。そんな私の感情が伝わったのか、一瞬の空白の後、深町尚久は、自嘲気味に笑った。その表情も彼には似つかわしくなかった。
「簡単に言うんだね、やっぱり胡桃には、愛情なんて全然なかったんだね。」
以前、父親の不倫相手も母に似たようなことを言った。そのことを思い出しながら、私は馬鹿馬鹿しくなって肩をすくめた。
「だったらなに。不倫したのは私じゃなくてあなたでしょう。」
「でも、胡桃にはずっと、俺じゃない好きなひとがいただろ。」
本気で身に覚えがなかった。だから私は眉を顰め、言いがかりはよせ、と態度だけで示した。なにか言葉を口にするのさえ億劫なほどだった。
「結婚する前から気が付いてはいたよ。胡桃には、誰かいる。でも、それでもいいって思ってた。それでも、長く一緒に居れば変わるんじゃないかって。だけど、四年たっても胡桃は変わらなかったね。」
深町尚久の声には、力がなかった。かつての父の不倫相手みたいなエネルギーがない。私はやっぱり、深町尚久の言い分には賛同できなかった。私は別に、誰のことも好きではない。深町尚久のことも好きではなかったことが私の罪なのだとしたら、それは受け入れるけれど、誰か他に好きな人がいただろう、と追及されるのはさすがに濡れ衣だ。でも、それを深町尚久に訴えるのも果てしなく面倒だと思った。だって、深町尚久には、明らかに私の言い分を聞き入れる気がない。そこも、いつもの彼とは違っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます