「俺のこと、好きじゃなくてもいいんだよ。一緒に来てほしい。」

 私はどう答えていいのか分からずに、曖昧に首を傾げた。好きとか嫌いとか、そんなことが私にはよく分からなかった。多分、子どもの頃に誰にも好かれなかった名残だろう。

 「……私のこと、なにも知らないのに?」

 深町尚久とは、ろくな会話をしたことがなかった。彼はよく喋ったけれど、私はそれを聞き流していただけだし、私からなにかを話したことはなかった。

 「知りたいって、思ってる。」

 深町尚久は、これまで見たこともない真面目な顔をしていた。

 「ずっとずっと、思ってた。そういうの、古谷さんは嫌がるんだろうって、知ってるけど。」

 「……嫌がるっていうか……。」

 嫌がるっていうか、必要だと思わないだけだ。どうせ言葉も表情も、人間はいくらだって偽る。そんなものでお互い分かった気になるのが、意味のあることだとは思えなかった。

 「嫌がるっていうか、なに?」

 深町尚久は、瞬きもせず、真剣な目でじっと、私を見上げている。その目はいつもの、泣きそうな子どものものではなかった。

 「俺はそういうの、ずっと聞きたいって思ってたよ。古谷さんがなにを考えてるのかとか、なにを言いかけてるのかとか。深町さんは、いつも言いかけで諦めるから。」

 「諦める?」

 「全然分かってもらえないって思ってるでしょ。喋る前から。」

 「……。」

 そうかもしれない、とは思った。言葉はいくらでも嘘をつくから、私はあまり、喋りたいとは思わない。深町尚久が、私の腕を掴む力が強くなった。

 「俺はそれでもいいって思ってる。それでも、長く一緒にいれば。少しでも古谷さんのこと分かるようになって、古谷さんにも俺のこと分かるようになって、そうやって、少しずつやっていければいいって思ってる。だから、一緒に来てくれないかな。」

 深町尚久の目は、熱っぽく少し潤んでいた。自分に酔っているような匂いもした。だから私は、その場を離れようとした。私がここからいなくなって、少し気持ちが落ち着けば。深町尚久だって思い直すだろう。

 黙ったまま腕を振りほどくと、深町尚久は、待って、と、掠れた声を出した。このひとは、泣くかもしれない。そう思った瞬間、私は、いいよ、と言っていた。

 いいよ。一緒に行くよ。だって私には、ひとを泣かせるほどの価値なんかない。

 え? と、深町尚久がぽかんとして私を見る。私は軽く頷いた。

 「いいって?」

 「いいってこと。」

 深町尚久の左目から涙の雫が一つ落ちて、私は手を伸ばしてそれを拭った。

 

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