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「したくないの?」
少し苛立ちながら私が訊くと、深町尚久はやっぱり子どもみたいな顔で立ち尽くしていたけれど、やがてゆっくりと私に続いてホテルに足を踏み入れた。このホテルはいつも、水の中みたいに静かだ。深町尚久は多分、水の中では呼吸ができないタイプなのだろう。私がフロントで鍵を受け取り、エレベーターに乗り込むと、深町尚久はおそるおそる、といった感じで、それでもついてきた。狭いエレベーターの中で、これまでの男だったら大抵私の身体に触るかキスをするかしてきたものだけれど、深町尚久はじっと突っ立っていた。
三階について、エレベーターを降り、一番手前の部屋に入る。部屋の中はベージュで統一されていて、清潔なのになぜだか、そんな感じがしない。なにもかもが薄く湿って見える。電気だってしっかりついているのに、妙に薄暗い感じがするのも不思議だった。
アサヒさんだったら、こんな部屋で服を脱いだりしないだろう。そう思ったのとほとんど同時に、アサヒさんにこの部屋はひどく似合うような気もした。それは、幾分嗜虐的な気持ちで。
私はそんなことを考えながら、部屋の真ん中で服を脱いだ。痩せて骨の浮いた、自分の身体。その現実感が、いつも嫌いだった。
深町尚久は、入り口のところに立ったまま、怖れるような目で私を見ている。彼には私が狂女に見えるのかもしれない。それでもよかった。いっそ、そのほうがよかった。狂った女と寝てみればいい。その感覚も、嗜虐的だった。
「早く脱ぎなよ。ここまできて、なにもしないで帰るつもり?」
深町尚久に投げつけた言葉は、彼にちゃんと直撃したようだった。一瞬の間の後、彼が私に歩み寄ってくる。殴られるかな、と、他人ごとみたいに思ったけれど、深町尚久は私を殴りはせず、両腕で抱きしめてきた。
「俺、古谷さんのこと、好きで、」
「そんなこと聞いてないよ。」
「……でも、」
「脱いだら?」
私は深町尚久の身体を押しのけ、彼のシャツのボタンを上から外していった。彼は抵抗しなかった。私の手を見つめるその顔は、やっぱり泣き出しそうな子どもだった。それでも私には、容赦をしてやる気がなかった。抱けばいい。この女を抱いて、落ちてくればいい。そうしたら、もしかしたら私も、好きとか嫌いとか、そんな感情をいだけるようになるのかもしれない。
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