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別に私だって、ところかまわずひとを傷つけていたわけではない。ただ、結果的にそうなることが多かった。母が死んで、遺言に従って、葬式もせずに葬った。その直後くらいから、私は何人かの男のひとと寝た。あのホスピスの医者とはそれっきりだったけれど、大学の同級生や先輩、街で声をかけてきた男、時々行く喫茶店の店員、そんなうすぼんやりした関係の男のひとたちと、どれも一度ずつ。さらに深い関係を私と結びたいと思っていたひとも、その中にはいたらしい。私はそういうひとを傷つけた。セックス以外に興味はなかった。あの秋、ホスピスの庭でしたセックス。あれが特別なものではないことを確認したかったのだ。だから、わずらわしい人間関係が発生することを嫌った。学校の近くの定食屋に向かいながら、私は深町尚久とも同じようなことをするのだろうと思っていた。セックスはやっぱり、そんなに独創的でも特別でもないことで、誰といつしても、大した違いはなかった。そのことに気が付いてしまったら、もうそれ以上セックスを重ねる意味もなかったのだけれど、緊張して頬を紅潮させていた深町尚久のことを思うと、無視するのも非情な気がした。だから、食事をして、適当な場所で一度セックスをするくらいはかまわないと思ったのだ。
でもその日、結局私は深町尚久とセックスはしなかった。彼が望まなかったからだ。彼は学生だらけの定食屋で生姜焼き定食を頼み、美味そうに平らげた。私は茄子の炒め物を頼んでそれを食べた。深町尚久は知り合いが多いらしく、何人かの学生が彼に声をかけた。私には、声をかけてくる人なんかいない。もちろん。
「古谷さんって。いつも真面目に授業出てるよね。一年の時はめっちゃサボってたイメージあるけど。」
まだ茄子炒めを食べ終わらない私を、水を啜りながら待つ深町尚久が、何気なくそう言った。だから私も、特に考えもせずに答えた。
「ホスピスに入っていた母親が死んだから。」
「え?」
「一年の時は、付き添いに行ってた。」
「……。」
深町尚久が、気まずそうな顔をして黙り込んだ。私は自分の失言に気が付き、なにかもう少しましな言葉を付け加えようとしたのだけれど、なにも思いつかず、そのまま黙って冷めた茄子炒めを食べた。
私が食事を終えると、深町尚久は席を立ち、私もそれについて店を出た。勘定は、深町尚久が払ってくれた。これからどこでセックスするんだろう。私はそんなことをぼんやり考えていたのだけれど、深町尚久は定食屋から少し離れた道端で、私にぺこりと頭を下げた。
「今日は、ありがとう。よかったら、また誘ってもいいかな。」
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