木々の隙間からちらちらと秋の日が射す雑木林の中で、私たちはそれ以上会話をしなかった。眩しさに目を細めて、会話の代わりにセックスをした。私はそれまで男のひとと寝たことはなかった。寝たいと思ったことがなかったのだ。それならなんで、今ここでこの男と寝たいと思ったのかは、自分でもよく分からなかった。ただ、父はアサヒさんとこんなことをしたのだろうか、と思った。男と身体を交えている間、ずっと。

 「なにか、別のことを考えているね。」

 私の中に入っても、男の息も言葉も平静だった。私は、こんなものか、とぼんやり考えた。セックスって、こんなものか。

 「……いいえ。」

 「なにを考えているの?」

 「……なにも。」

 自分の声が震えているのが嫌な感じがした。だから、それはただの生理現象だと言い聞かせた。木々の切れ間から見える空は、突き抜けるように青い。こんなことをしているすぐ側で、母が死にかけているなんて、不思議な気分だった。そんなふうに、落ち着きなくいろんなことを考える頭の中で、重低音みたいにずっと、父はアサヒさんとこんなことをしたのだろうか、と、その考えが抜けなかった。痛みも快感も、その重低音の上を滑り落ちていった。

 「僕のことは、少しも考えていないみたいだね。」

 彼の声は、やっぱり落ち着いていて、そこに不快感を覚える要素は少しばかりもなかった。

 「……いいえ。」

 嘘をついても、良心は痛まなかった。どうせ、口から出るなりばれる嘘だ。

 「誰のことを、考えているの?」

 「……アサヒさん。」

 私の口から出たその名前を、彼はもちろん知らないはずだ。でも、ちっとも怪訝な様子も見せず、彼はただ低い声で、そう、と呟いた。耳もとで、枯葉が乾いた音を立てた。これ以上なにか訊かれたら、どうにかなってしまうかもしれない。そんなふうに思ったけれど、彼はそれ以上なにも訊かなかった。

 一風変わった一種の儀式みたいなその行為が続いて、終わって、そうすると、秋の短い日が暮れかかっていた。母は、目を覚ましただろうか。

 「明日も、お見舞いに来るの?」

 「はい。」

 「散歩には?」

 「いいえ。」

 「そう。」

 寝転がったままの私の髪を、彼の長い指が丁寧に整えた。もう、ここから立ち上がるための気力なんか私には一ミリも残っていないような気がしたけれど、惰性で身を起こし、身なりを整え、立ちあがる。彼はその様子を、枯草と落ち間の上に腰を下してただ見ていた。

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