四通目 共通の知人

 犬走くんと缶コーヒーを交換して以降のこと。紙飛行機に書かれる内容が以前にも増して具体的になった。何度悲鳴を上げ、悶えたことか。

 今までは送り主が明らかになるというのは非常に厄介なもので、紙飛行機が飛んでくるたびに犬走くんは今どこから私を見ているのだろうかと探すようになってしまった。ちなみに、犬走くんの姿を見つけられたことの方が少ない。あれだけ目立つ姿をしているのに。一方的に見られているという状況があまりにも恥ずかしくて、いっそのこと直接声をかけてほしいとまで思うようになった。


「小栗鼠ちゃんって、紺夜くんと仲良くなったの?」

「え、なんで」

「この間、話題に上がったから」


 突然、朱道ちゃんの口から出てきた名前にシャープペンシルを握る手に力が入る。先端から伸びていた芯がパキッと折れ、粉末がノートを汚す。

 いつ、どこで、誰といるときに、どういう話題が上がったのか。具体的に聞きたくなった。けれど、やっぱり聞かなければよかったと後悔することが目に見えている。

 この前少しだけお話をしたけれど、仲良くというほどではないと思うよ。そう笑って誤魔化せば朱道ちゃんは両手で頬杖をつき、にこにこと可愛らしい笑顔を浮かべる。


「紺夜くん、面白い人だったでしょう?」

「面白い人かまでは分からないけれど……賑やかな人だなあとは思ったかな」

「へえ、賑やかだったんだあ」


 にこにこ、にこにこ。それはもう楽しそうな笑顔を浮かべている。この話を深掘りしたいけれど、今はまだ我慢だとでもいう朱道ちゃんの様子に私は冷や汗を流した。

 この様子からして、おそらく犬走くんの私に対する思いを朱道ちゃんは知っているのだろう。話題に上がったときに話したのか、それとも態度でバレたのか。どちらなのかは分からないけれど、知っていることは確かだと思う。

 朱道ちゃんが犬走くんの話題を今上げたのはテスト勉強の息抜きがてら、会話をしたときにどういう印象を抱いたか探るため。いつもの私であれば朱道ちゃんの意図を汲み取ることができず首を傾げて終えていた。でも、紙飛行機を通して犬走くんが私のことをどう思っているのか筒抜けだから分かってしまう。

 これ以上、その話をするのは恥ずかしくてたまらないのでやめてください。って、今すぐ両手で顔を隠して許しを請いたい。


「……あ」

「ん? ……うあ」

 

 それ以上話を広げることはしないけれど、笑顔が物語っている朱道ちゃんから目を逸らす。その先にスクールバックを肩に掛けて気怠そうに空席を探している犬走くんがいた。ばちんっと目が合うと、犬走くんはカッと目を見開いて肩に掛けていたスクールバックを落としていた。それを蹴り飛ばして躓きそうになるまでが一連の流れ。

 不幸中の幸いと言うべきか、トレーに載せているハンバーガーやポテトは無事みたい。


「おーい、紺夜。一人で何面白いことをしてんだ……って、お?」

「あ、紺夜くんと黄浮くんだ。二人も寄り道?」

「そうそう。腹が減っちゃって……というより、そこ二人って仲良かったんだ。気が合いそうではあるけれど見た目のギャップえぐいな」

「どういう意味?」

「朱道って見た目はメンヘラ女子じゃん。すみっこ族の美藤が避けるタイプ」

「見た目で人を判断しちゃいけないんだよ。って、あれ」


 犬走くんの後ろからひょっこり顔を覗かせた、私と同じ栗色の髪に黄色のメッシュを入れた派手頭。けらけらと快活に笑って手を振ってくる。

 朱道ちゃんが丸めた目を私に向けてくる。頬に視線が刺さるのを感じながら、苦笑いで手を振り返せば空いているところないから相席させてと、隣の席に座ろうとする。

 私の隣の席に手をかけたところで、それはもう恐ろしい形相をした犬走くんに腕を引っ張られていた。勢いに負けて身体が傾き、トレーの上に載ったものが散らばろうとしていたので慌てて私が受け取る。

 ……Lサイズのポテトにチキンとハンバーガー二つって。今日の夕飯は季節外れのお鍋だって言っていたのにこんなに食べるんだ。男の子の胃袋って怖い。


「どわっ。え、なに、どったの」

「黄浮。小栗鼠さんの名前を馴れ馴れしく呼んで、どういう仲だ」

「どういう仲って……ははあーん。そうかそうか、そういうことか」

「にやけるな。俺の質問に答えろ」

「そうだなあ。こーやってべたべたひっついても許される仲?」


 寄り道の食事量に呆れていると突然肩に腕が回り、引き寄せられる。わあとされるがままでいると、ぴっとりと頬をくっつけられた。

 公共の場でこれはよろしくないのではと眉間に皺を寄せていると、朱道ちゃんがこらっ! と可愛らしく叱り始める。 


「なな、な、は」

「フードコートでべたべた密着するのはよくない、というかそれ以前の話!」 

「だっはっはっ!」

「黄浮くん、耳元で大笑いしないで。きーんってなる」

「ごめんごめん。あー、そんな顔すんなって。ただの仲良し従兄妹ってだけだから」

「いとこ」


 犬走くんをからかって満足した私の従兄の黄浮くんこと鼬山いたちやま黄浮きうはお腹を抱えて笑いながら、どかりと隣の席に座る。

 朱道ちゃんと楽しくテスト勉強をしていたのに割り込むなんて。そうぼやくように文句を言っても笑って流される。そういうところよくないと思う。黄浮くんの脇腹を肘で突いておく。

 その間にようやく我に返った犬走くんは眉を落として朱道ちゃんの隣に座った。背を丸めて小さくなっているのは気のせいではないようで、朱道ちゃんが小さな声でどんまいと励ましているのが聞こえてきた。もう少し私に分からないようにしてほしい。

 

「私と黄浮くんのお母さんが双子なの」

「従兄妹で同じ高校って珍しいよね。家も近いの?」

「近いというかお隣さんだよ。裏側に母方の祖父母の家だから敷地内別居みたいな感じ」

「そうそう。だから兄妹みたいに一緒に育てられてるわけで、紺夜が心配することは何も……ふ、くくく」


 笑いのツボにはまったまま抜け出せないようで、黄浮くんは背を丸めて震えていた。従兄がごめんね。そう謝れば犬走くんは私に声をかけられると思っていなかったようで身体を仰け反らせ、そして声を裏返して返事をしてくれた。

 その反応に黄浮くんだけでなく朱道ちゃんも笑いを吹き出しそうになっていた。状況が把握できていなければ二人は何が面白いのだろうと首を傾げることができたのというのに、事情を知っているだけに犬走くんが可哀想に思えてきた。


「そういえばさ、美藤って周りの人が誰もやっていないからマルチ用のステージができないって嘆いていたソシャゲあったよな」

「黄浮くんを招待してもやってくれないやつだよね。うん、そうだけど……急にどうしたの?」

「それ、紺夜もやってたよな」

「はっ、あ、俺? え、何」

「ほら。ダンジョン潜って種とか卵集めて牧場運営するゲーム」

「ああ、暇潰しにやってるけど。……え、小栗鼠さんもやってるの?」

「う、うん」


 話の流れで私は犬走くんとフレンド登録することになった。やりとりを見て、黄浮くんは悪戯っぽく笑い、朱道ちゃんは黄浮くんに親指を立てて褒めていた。繰り返しになるけれど、私に分からないようにしてほしい。もしかして、私はこういうことに鈍感だと思われている? 否定はできないけれど!

 そのあと四人でお喋りをする。黄浮が注文したものを全て食べ終えた頃、帰るのにちょうどいい時間になったので私たちは解散することにした。

 今日は私の家で黄浮くんの家族とお鍋をすることになっているので一緒に帰ることになる。帰る前に黄浮くんと朱道ちゃんはお手洗に行き、私は犬走くんと二人で待つことになった。

 

「あ、のさ。小栗鼠さん」

「うん?」

「朱道にナッツ系のお菓子が好きだって聞いて。その、これ」

「えっと」

「この間、コーヒーを交換してくれたお礼」


 沈黙を気まずく思っているとナッツがたっぷり入ったクッキーの箱を渡される。ぱちぱちとまばたきをして箱と犬走くんを見比べる。

 私も間違えて買っちゃったから気にしないで。交換したのだから別に良かったのに。そう言いかけて言葉を呑み込む。

 今かけるべき言葉は遠慮とか否定するものとかではないと思ったから。

 

「ありがとう。お家に帰ったら美味しくいただくね」

「お、おう!」


 ふにゃりと頬を緩めた顔に、今度は私が言葉をつまらせることになった。



「美藤さん美藤さん」

「改まってなあに」

「もしかしなくても気付いているな」

「っ、んん。けほっ、ごほっ。な、何が?」

「紺夜の片思い相手について」


 帰り道、黄浮くんから前置きもなく切り出された。不意打ちを受け、途中のコンビニで買ったお水が気管に流れ込んできた。咳き込んでいる間も黄浮くんは話を進めていく。

 そういう話題を振るときはせめてお水を飲み終えてからにしてほしい。


「……朱道ちゃんも黄浮くんも分かりやすいからね」

「へえ、ふうん、ほおん」

「その顔むかつくからやめて」

「まあまあ、そんなに顔を赤くしちゃって。あんなイケメンにあそこまで分かりやすく好意を向けられたら満更でもないよなあ。男の俺から見てもかっこいいし」


 腕を組んでうんうんと頷く黄浮くんに腹が立ち、肩にかけていたスクールバッグを背中にぶつける。本気で振り回すと危ないので、あくまでも軽く。

 それから黄浮くんは犬走くんがいかにかっこいいかを語り始めた。露骨なポジティブキャンペーンをされて反応に困る。何を言ってもにやけ顔されそうなので黙って聞き流すことにした。

 

「……犬走くんは」

「おー?」

「かっこいいより可愛い人だと思った」

「へえ、ふうん、ほおん」

「だから、その顔はむかつくからやめてって」


 ポテトを摘んでいる間に飛んできた紙飛行機の中はまだ読めていなくて、鞄の中に仕舞いこんでいる。犬走くんはあの状況で何を思って、今日の紙飛行機には何が書いてあるのだろう。

 少しだけ、紙飛行機を受け取ることが楽しみなっている私がいる。

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