三通目 送り主の素性

 身長180cm台後半の八等身。乾燥肌なことを気にして保湿を心がけているため、思春期の男の子にしては肌トラブルが少ない。綺麗な二重に長い睫毛とすっと通った鼻筋。人の目を惹き付ける容姿をしている。

 部活に入っておらず、アパレルショップでバイトしている。服やピアスを買うのが好き。単発でライブハウスのバイトをしていることもある。

 口数は少なく、クール系のイケメンと他校生にひそひそされることがそれなりの頻度である。実際はただぼうっとしているだけが、今日の飯はなんだろうとご飯のことを考えているだけ。ぼんやりしすぎて電柱や看板に衝突するおっちょこいょいさがあり、更にはぶつかった物を人だと勘違いして頭を下げるような人。

 以上、紙飛行機の送り主であろう犬走いぬばしり紺夜こんやくんの情報。提供者は二年生から彼と同じクラスになり、花散さん経由で親しくなった朱道ちゃん。

 あの日、花散さんと犬走くんが図書室から出ていった後に聞いたらいろいろと教えてくれた。そこまで詳細に聞くつもりはなかったのだけれど、潜めた声で楽しそうに紹介してくれる朱道ちゃんが可愛くて聞き入ってしまい、結果予定より多くの情報を得ることになった。

 

 帰宅後、冷静に振り返った。そして、やはり何かの間違いかもしれないと考え直した。

 だって、どう考えてもおかしい。話を聞く限り、犬走くんは女の子から人気を博している。選り取りみどりだ。目立った取り柄が私に目を向けるはずがない。

 そもそも、あの紙飛行機が妄想の産物である可能性がある。その場合、一年間も幻覚を見ていることになるのでそれはそれで心配になるのだけれど……そちらの方がありえる話。

 そう思い始めた頃、私は決定的な場面に出くわすことになった。


「あ」

「ん? ……うえっ、わ、あ、あだっ。あ、ああああ!」


 お昼休み、飲み物を買いに行ったら自動販売機の前に先客がいた。シルエットだけで分かる、犬走くんだ。ここで遭遇することになるなんて思っていなかったので、小さな声を上げてしまった。私の声に反応し、飲み物を選んでいた犬走くんは視線を私に向ける。そして、図書室のとき同様に目をカッと開いた。

 動揺をしたのだろう。犬走くんは分かりやすく狼狽えていた。そして、頭を自動販売機にぶつけ、その拍子にボタンを押す。ガコンと音を立てて落ちてきた飲み物を慌てて取り出し、悲鳴のような声を上げる。表情を変えることなく、意味の成さない文字ばかりを口にしているというのに百面相をしているような反応だった。それが面白くて、少しだけ笑ってしまう。


「わら、笑って……」

「ご、ごめんなさい。賑やかな様子だったら……その、頭大丈夫?」

「だ、いじょうぶ! あ、えと、飲み物を買いに来たんだよな」


 慌てて袖で口元を隠したというのに、私の小さな笑い声は犬走くんの耳に届いたらしい。見開いていた目を更に大きくし、私を凝視していた。恥ずかしさから目を逸らし、自動販売機にぶつけていた頭を心配する。すると、犬走くんは大きく頷いて、その勢いのまま横にずれてくれた。激しい音を立ててゴミ箱に足を引っかけている様子を横目で見ながら、私は自動販売機に硬貨を入れる。

 そういえば、なんで飲み物を見て悲鳴を上げていたのだろう。不思議に思ってそろりと視線を向けると、犬走くんは手元にある缶コーヒーを睨みつけていた。動揺と緊張というよりも、敵を見るような目をしているように見える。


「……あ」

「へっ!?」

「考え事してたら間違えちゃった」


 一つだけ思い浮かんだことがある。物は試しにと、自動販売機のボタンを押す。私の声に反応して肩を跳ねる。わざとらしい私に対して大袈裟な犬走くんに苦笑いを浮かべ、取り出した缶コーヒーを見せる。

 犬走くんはぱちくりとまばたきを繰り返して首を傾げる。表情は変わらないのに反応豊かだなあ。


「私、お砂糖が入っているコーヒーが飲めなくて」

「あ、甘いものが苦手なの?」

「ううん。甘いものは好き。ただ、コーヒーや紅茶に入っているのが苦手なの」


 これは本当のこと。舌が変に敏感なのか、飲み物に混ざった砂糖やグラニュー糖の甘味を区別して感じてしまうから苦手。コーヒーはブラック、紅茶はストレート。そしてジュースは果汁100%のものがいい。

 そう話せば、犬走くんはお互いが持つ缶コーヒーを見比べる。それから、口ごもった。犬走くんの発言を待ちながら、我ながら柄でもないことをしているなあと思った。人を見た目で判断してはいけないというものの、いつもの私なら彼みたいな人を避けている。自動販売機の前で立っているのを見たら、飲み物を買うのを諦めて教室に戻っていた。背が高くて、耳にピアスがいっぱいついていて、怖い人だって思うから。

 

「おっ、れのと……交換する?」

「え、でも」

「その、俺も間違えちゃって……」


 でも、時間をかけて言葉につまりながら提案する姿を見たら怖いとは思えなかった。それどころか、交換を提案した理由に間違えて買っただけでなく、自分はブラックコーヒーが苦手で飲めないからと正直に言ってしまうところとか。缶を差し出す手も少し震えているところとか。そういう姿を少しだけ、本当に少しだけ可愛いなと思った。やっぱり、

 ブラックコーヒーが苦手だから敵を見るような目で缶を睨んでいたと小さく笑って、犬走くんから缶を受け取る。それから微糖とは思えない甘ったるさで話題となったコーヒーの缶を渡す。そのときに掠めた指先が熱くて、顔を見れば耳が真っ赤に染まっていた。


「ありがとう、犬走くん」

「…………え」


 お礼を言えば耳だけでなく顔全部が真っ赤に染まった。一歩二歩と後退して、今度はゴミ箱に足を引っかけるだけでなく、そのまま転んでいた。まさか転ぶなんて思っていなくて、驚いた私は名前を呼びながら手を差し出す。犬走くんはよっぽど混乱していたのか、目の前に差し出された手を条件反射のように取る。そして、状況を把握したのか素っ頓狂な声と共に飛び上がる。

 犬走くんははくはくと口の開閉を繰り返し、視線を右へ左へと忙しなく彷徨わせる。ばちんと再び目が合うと、今でさえ顔が真っ赤だったのにそれ以上に赤くしていた。茹っているという表現が正しいのかもしれない。

 

「あ」

「あ?」

「ありがとうございましたああああ!」


 犬走くんは走り出す。遠ざかる背中を呆然と眺めていると、彼が去っていった方から紙飛行機がふらふらと機体を不安定に揺らして飛んできた。とすっと落ちるように着地した紙飛行機を拾い上げ、私は熱くなってきた顔を冷ますように缶コーヒーを頬に当てる。

 紙飛行機の中を今すぐに読む気にはなれない。というか、さすがに読まなくても何が書いてあるのか想像がつく。


「わ、分かりやすすぎるよ……!」 


 今のやりとりを行ってなお、私の勘違いだと否定するにはあまりにも無理があった。

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