二通目 紙飛行機の送り主

 紙飛行機の送り主が分からないまま、一年が経った。高校二年生となってからも一日一通、学校がある日は毎日、紙飛行機は飛んでくる。


 音楽を聞きながら読書をしていることが多いけど、どんな本を読んでいるんだろ。袖で口元隠して喋るのは癖なのかな、超可愛い。パンを食べるとき、一口が小さいのに頬張っている感じがぐっとくる。マラソンで最後尾を一生懸命走っているの見ていて癒される。などなど、などなど!

 最初は可愛い子とかそういう見た目ばかりだったのに、文化祭以降は内面にも触れるようになった。率直に申し上げて、そろそろ勘弁していただきたい。どこで見られているのかも分からなくて怖いし、何より恥ずかしい。紙飛行機が飛んでくるたびに周囲を確認するけれど、私に視線を向けている人はいない。そこまで言われるような存在でもなので、どんな物好きがこんなことを考えているのか皆目見当がつかない。いっそのこと名乗り出てくれれば……いや、名乗り出てこられてもどういう顔をすればいいか分からないので困るに変わりはない。

 私にしか見えない紙飛行機が飛んでくる不思議な現象には慣れたものの、大きな悩みの種は取り除くどころかぐんぐん成長している。


「小栗鼠ちゃん、最近可愛くなったね」

「え、そうかな。何も変えていないよ」

「去年は黒色のゴムで簡単に二つ結びって感じだったのに、二年生になってから一回だけくるりんぱしているよね」

「め、目敏い……」

「あと、肌ツヤもいいし……」


 二年生になってから図書委員会に所属した私は毎週火曜日と金曜日の授業後に図書室の貸出業務を行っている。ペアになったのは去年同じクラスになった朱道ちゃんこと朱道あけみちかえでちゃん。去年の文化祭で私にヘアアレンジをしてくれた一軍女子の子であり、今や気兼ねなくお喋りできる数少ないお友達である。

 朱道ちゃん曰く、一緒にいる友達はマジのパリピ女子でスクールカースト上位だからその仲間に見られるだけで、自分は中学校からの解放感と入学式への期待と不安から情緒不安定となり、暴走気味な高校デビューを果たしただけらしい。小説よりも漫画、ドラマよりもアニメが好きで、今の格好もその影響だと熱く語ってくれた。

 朱道ちゃんが動きに合わせて揺れる黒髪のツインテールには濃いピンク色のインナーカラーが入っており、目には淡い黒縁にピンクパールのグラデーションがかかったカラーコンタクト。透明感のある白い肌を活かしたうさぎメイクをばっちりと決めているし、夏でも着用しているピンク色のカーディガンには大きなリボンが装飾されている。確かに、漫画の登場人物として出てきそうなゆめかわいい色合いで、高校デビューとしては暴走気味だ。

 でも、朱道ちゃんに似合っているし、進級してもなお継続しているのだから本人も満更ではないのだと思う。


「何かいいことあった?」

「ん-、目立ったことはないかなあ」

「そうなの? てっきり好きな人ができたのかなって」

「私に好きな人というより……」


 私のことを好きな人がいるみたい。いつどこで私のことを見ているのか分からなくて、でも見られていることは確かだから身なりが気になっちゃってつい。なんて言えるはずもなく、困ったように笑って回答を曖昧にする。

 朱道ちゃんは優しい上に気遣い屋さんなので、私が言いにくそうにしているのを見て掘り下げるようなことはしなかった。

 ほっとしてから、話題を新しく入った本について変える。利用者は誰もいなくて、図書室にいるのは私と朱道ちゃんの二人だけ。それでも、図書室では静かにするというマナーを守ってひそひそ声で話を弾ませる。

 

「あーけーみーちー」


 静寂を破る賑やかな声が図書室に飛び込んでくる。

 驚いて目を向ければ、校則違反もなんのそのと染められたオレンジブラウンの髪が目立つ花散はなちるさんが図書室の扉を勢いよく開いて入室しているところだった。去年同じクラスで、関わる機会がほとんどなかった女の子。クラスどころか学年の一軍といっても過言ではない彼女は見た目だけでなく内面も華やかで……私は少し苦手なタイプだった。

 隠れるように身を縮めていると、隣で朱道ちゃんが深い溜め息を吐いた。


「しのぶちゃん。図書室ではお静かにだよ」

「はぁい。でも、今誰もいないじゃん」

「公共のマナーは人目がないときこそ守るものだよ」

「迷惑かける人いないのに守る必要ある?」

「一人のときに守れないマナーを人がいるからという理由で急に守るなんてことはできないよ。そういうのは日頃の積み重ね、習慣として出るものだから」

「ふうん」


 すかさず注意をした朱道ちゃんを尊敬する。ただ注意するだけでなく、そうであるべき理由まで添えているあたり、やっぱり根っこは真面目なんだなあ。そういう朱道ちゃんも髪色やカラーコンタクトは校則に引っかかるという点は触れないでおこう。

 二人の会話に聞き耳を立てていると、視線を向けられていることに気付いた。顔を上げると、花散さんと一緒に図書室に入ってきた男の子と目が合う。


「……」

「……」

「…………ども」

「こ、こんにちは?」


 わあ、背が高い。八等身くらいかな、そういう人初めて見た。

 そんな風に思っていると、男の子から会釈をされる。つられて挨拶をすると彼は目を丸めた。というより、カッと見開いたという方が正しいかもしれない。驚いた私は肩を跳ねる。 


「小栗鼠ちゃん、大丈夫?」

「え、あ、えっと……私、返却された本を片付けてくるね」

「あ、うん。ありがとう」


 しのぶちゃんが煩くてごめんね、と。朱道ちゃんは内緒話をするように小さな声で謝ってくれた。気にしないでと返事をしてから花散さんたちに頭を下げて、私は逃げるようにその場から離れる。

 返却された本を載せた台車を押して奥の本棚に隠れる。カウンターから見えない位置であることを確認してから、早鐘を打つ心臓を落ち着けるように深呼吸を繰り返す。


「ひえっ」


 何度目かの深呼吸をしていると、紙飛行機が飛んできた。心做しこころなか、いつもよりも勢いがあるように見える。

 足元に着地した紙飛行機を拾うことに躊躇った。どうして、なんて言うまでもない。

 睨むように紙飛行機を見つめてみるけれど、消えてなくなる様子はなく。窓を閉め切っているから風が吹き込むこともないのに小さく揺れる姿から早く拾って中身を読めと主張されている気分になった。


「う、うううう」


 小さく唸りながら、おそるおそると紙飛行機を拾う。いつもは紙飛行機の中に文字が収まっているのに、今日のものは外側にまでみっちりと書かれていた。


 しのぶに付き添って図書室行ってよかった! 神様仏様図書委員になった朱道様、ありがとう! くりくりとした目がこっち向いてるのやべえ、心臓止まりそう。 可愛い。え、可愛すぎでは?

 

 紙飛行機を開く勇気がなかなか出てこないので、先に見えるところだけ確認した。そして、なんとも言えない気持ちになって途中で読むのをやめる。


「紙飛行機は中身を確認しないと消えない、んだよね」


 私にしか見えない不思議な紙飛行機は一年間、休む間もなく飛んできている。だから、いろいろと検証をしている。

 紙飛行機を破ることはできない。文章を引き裂くことに躊躇ったので端っこの方で試してみたけれど、びくともしなかった。真ん中から勢いよく破ろうとしても、結果は同じことだろう。

 紙飛行機は写真に写らない。鏡にも映らない。スマホのカメラや一眼レフなどいろいろなもので試したけれど、レンズ越しに見る画面に紙飛行機はなかった。

 紙飛行機は中身を確認しないと消えない。開くことなくクリアファイルに入れて家に持ち帰ったら、いつもは消えてなくなる紙飛行機はそこに残っていた。そして、中身を読んだ後、すーっと消えていく瞬間をこの目で確かに見た。この辺りから、これはそういうものだと思うようにした。

 この紙飛行機を放置し続ける度胸を私は持ち合わせていない。なので、意を決して中身を確認する。


「な、なんでぇ?」


 小栗鼠さんにこんにちはって言われただけで幸せになれる!

 そう、興奮冷めやらぬまま、大きく太く書かれていた。目が合ったときの反応から、もしかしてとは思った。しかし、人を見た目で判断してはいけないとは言うけれど、彼の顔と紙飛行機の中身が一致しなかった。そんなはずがないと否定して、逃げるようにあの場から離れたというのに……。内容からして間違いない、紙飛行機の送り主は彼だ。

 不思議な現象に加えて信じられない事実に、私は頭を抱えてしゃがみこむのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る