空飛ぶラブレター
きこりぃぬ・こまき
一通目 紙飛行機の中身
高校の入学式の日、私の手元に一通の紙飛行機が届いた。
はらりはらりと散っていく桜の花びらに紛れて、すーっと一線描いて飛んできた真っ白な紙飛行機。中に何か書いてあるのを見つけ、私はそっと紙飛行機を開いた。
「わあ」
めっちゃ可愛い子を見つけた! やばい!
どうやら、出会いの季節に浮かれた誰かが思いの丈を書き殴って飛ばしたらしい。油性ペンで大きく書かれた文章に私は頬を引き攣らせた。辺りを確認したけれど、紙飛行機を飛ばしたのであろう人は見つけられなかった。ポイ捨てをするわけにもいかず、申し訳ないけれども持ち帰ることにした。人様の恋文を盗み取ったようで罪悪感を抱いたけれども、こればかりはどうしようもない。近くの公園にはゴミ箱がないし。
そうして持ち帰った紙飛行機。入学祝にといつもより気合いの入った夕食を食べ終えて、自室で一息ついてから存在を思い出した。また忘れる前に捨ててしまおうとスクールバッグを開いたが、紙飛行機はどこにもない。もしかして、入れたと思って落としたのだろうか。もしそうだとしたら、散歩中の犬や猫が拾い食いをする危険性がある。紙飛行機を持ち帰ったときよりも強い罪悪感を抱いた。
翌朝、昨日の紙飛行機が落ちていないか探しながら登校をする。見つけることができず、誰かに拾われたかどこかへ飛んで行ったのだろう。そう思い、忘れることにした。
「あいたっ」
昨日見つけた可愛い子、今日もめっちゃ可愛い! 何組の子なんだろ!
翌日。入学式前に出された課題を範囲とした春休み明けテストが実施された。そのお昼休み、後頭部に当たった紙飛行機。中身は昨日と同じ筆跡で誰かへの思いを殴り書いた文章だった。
校内で飛んでいるということは、紙飛行機の人はこの学校にいるということ。いったい誰がと辺りを見渡すが、それらしき人はいない。せめて、人に当たらないように飛ばしてほしい。
小さく溜め息を吐いて開いた紙飛行機を折り畳み、後ほど捨てようとポケットに仕舞いこむ。教室に戻ってから、中身が見えないようにして捨てようと思った。けれど、昨日と同じで紙飛行機の形をしていた誰かへの思いは影も形もなくなっていた。
入学式以降、一日一通の紙飛行機が飛んでくる。文面は異なるが、内容は変わらない。
今日も可愛い。笑っているところを見た、やばい。すれ違ったときにいい匂いがした。声をかけたいけどかけられない。などなど。
この人は入学式の日に見つけためっちゃ可愛い人とやらに思いを寄せているらしい。最初は外見ばかりを褒めていたけれど、次第にその人の中身に触れ始める。とても微笑ましい。ただ、毎日のように紙飛行機を飛ばしているのは誰なのか。それは分からないままだった。
明らかになっているのは、紙飛行機が飛んでくるのは月曜日から金曜日までの平日のみ。スクールバッグやポケットに仕舞った紙飛行機はいつの間にかなくなっている。そして、校内であろうと運動場であろうと飛んでくる、紙飛行機は私にしか見えていないということだった。私にしか見えないなんてことがあるのだろうか、もしかしたら皆して私にドッキリを仕掛けているのではないかと疑いたくなった。けれど、入学式の日から今日まで、時間をかけて仕込んでいるにしては粗末な内容である。
つまり、この紙飛行機は私にしか見えない不思議な紙飛行機ということになる。この時点で、薄らと思い浮かんだことがある。でも、それはあまりにも自惚れが過ぎるというものなので考えないようにしていた。
「前から思っていたんだ。小栗鼠ちゃんの髪ってさらつやで綺麗だなあって」
「そう、なの?」
「うん。こういうヘアアレンジ似合うだろうからやってみたいなあって。えへへ、思っていた通り可愛い」
もしかして。いやいや、そんなまさか。そう、浮かんでは否定してきた仮定が確信に変わったのは文化祭のときだった。
私のクラスの出し物はフルーツ飴とタピオカミルクティーの屋台。クラスの中心人物となる、いわゆる一軍女子がはりきって指揮をしていた。その内の一人が普段教室の隅っこにいるような私にも「嫌じゃなければヘアアレンジさせてほしいな」と声をかけ、クラスTシャツと共に購入することになったリボンを使って私の髪をあみこんでくれた。マシュマロのようにふんわりと甘い香りを漂わせ、にこにこと笑って褒めてくれる彼女はとても愛らしかった。その上、お話しやすい。文化祭中に私は彼女に懐くのだった。
ちなみに男子はおそろいのリボンをブレスレットのようにして腕に巻いていたし、体育祭では鉢巻きとして活用することになる。さすが一軍女子、無駄も隙もない。
こうして、私はいつもと違う装いで文化祭に参加することとなった。こういう格好をする柄ではないので、それはそれで楽しかった。一軍女子はこの楽しさを知っていたから行事のたびに気合いを入れているんだと納得できたくらい。私も浮かれていた。交流の少ないクラスメイトと写真を撮ったり、にこにこと笑顔を浮かべて出し物の接客をしたりと、普段の私からでは想像できない積極的な姿勢を見せていた。文化祭マジックってすごい。
だからこそ、困ってしまった。否定し続けてきた仮定に確信を得てしまったから。
「これって……」
は。今日の髪型、いつもと違うし。普段の二つ結びも可愛いけど、ああやってヘアアレンジしているの本当可愛い。入学式のときにくるりんぱしてたのもよかったなあ。それににこにこご機嫌にフルーツ飴の渡してんのやばすぎる。可愛すぎてまじ無理なんだけど。
ここまでなら、私以外にも該当者がいた。フルーツ飴を取り扱っているのはうちだけなのでクラスは特定されるだけだった。問題は後半の文章。
「私のこと、だよね?」
味見とか言ってフルーツ飴を頬張ってる姿がやばい! 名前の通り小動物っぽくって可愛すぎる! はあ、好きすぎるその笑顔……ってか、笑顔向けられて〜!
確かに、私はフルーツ飴を味見した。髪をあみこんでくれた彼女に勧められて、あーんまでされたので断ることもできず頬張った。でも、味見をしていたのは私だけではない。ただ、名前の通り小動物っぽい、という決定的な一文があった。
私は自分と同じ苗字や名前の人と出会ったことがない。珍しい方だと思っている。そして、うちのクラスに私以外で動物を連想する姓名の人はいない。
つまり、文化祭で飛んできた紙飛行機は私のことを書いていることになる。
薄々、そうかなとは思っていた。誰にでも該当しそうな内容だけれど、たまに私のことを言っているのかなと思うようなことが書いてあったし。何より、学校のある日は毎日飛んでくる紙飛行機は私にしか見えないから。
「え、ええー」
私は入学式からずっと可愛いやら好きと書かれた紙飛行機を飛ばされ続けている。
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