犬耳の子に一目惚れ

緋月 羚

第一話

体の芯から凍えるような雨の日に私は犬耳の子に一目惚れをした。


「ごっしゅじん〜!きょうはなにしてくれますかっ!」

「お散歩でも行く?他になにかやりたいこととかあるならそれやろっか。」

「おさんぽいきたい…でもお家でごろごろもしたい、んーどっちもってだめですか?」

「今日はお仕事もないしどっちもできるよ。」

「っやったー!おさんぽ道具準備してきます!」

「ご飯食べてからいこ?」

「…はーい。」


どのくらい前の話だろうか。

あの雨の日もいつものように仕事をしていた。

私の仕事は簡単に言うと獣人の差別をなくす仕事だ。

見た目が違うからと差別され、仕事もないから犯罪を犯すしかないこの世を変えたかった。

仲間たちからの情報で犬耳の獣人を探しに街に出る。

傘を指しながら宛もなく歩いて、目撃された獣人を探していると息を切らしながら走ってくる男性と出会った。

話を聞くと獣人が食べ物を盗んでいったと。

その人に理由を説明してお金だけ払ってあとは任せてもらった。

食べ物を盗むくらいお腹が減っていれば近場で休んでいると検討をつけて走り回ってみる。

「はあっ…やっと見つけた。」

誰にも盗られないように食べ物をお腹に抱え込んで丸まって倒れていた。

とりあえず仲間たちに連絡するために状態を確認する。

「うんうん。目立った怪我はないね、あとはー…顔くらいか。ちょっと失礼しまーす。」

顔にかかっている髪をどかしてみると中性的な顔立ちで整っていた。

仲間に連絡して連れて行ってもらう、それでよかった。


「はぁ…何してるんだろ。」

ベットに寝かしたこの子を見てため息を付く。

連れて帰ってきたことは仕方ないと諦めて外に出て仲間たちに経緯を説明して今日の仕事はなくなったと伝えておく。

少し心配だが家を開けて買い物に行くことにした。


「ただいまー。ってまだ寝てるか。」

買い物を終えて家に返ってくるとまだベットですやすや眠っていた。

近づいて顔を見ていると寝返りを打ってこっちに近づいてきた。

「そろそろ起きるかな…ご飯準備してこよ。」


あまり食べれてなさそうな体つきだったから胃に優しいおかゆを作って待つことにした。

「…よし、できた。まだ起きてないかなぁ。冷める前に起こすかな。」

部屋に入るとついさっきの姿勢から動かずに眠っていた。

幸せそうに眠っているのを見て起こすのをためらったが肩を揺らして起こしてみる。

「んー…。」

何度か瞬きしてフリーズしてしまった。

「おはよう。何もしないよ。」

「…ここどこ。」

「私の家だよ。とりあえずご飯でも食べる?」

話してはくれないがついてきてはくれる。

寝室からでて、リビングに行くとまだ湯気が出ていて目を輝かせて見ている。

「手だけ洗っておいで。そこにあるから。」

逃げる気はないらしく大人しく洗いに行ったが使い方がわからなかったらしく首を捻っていた。

隣に立って水を出してあげるとさっと通しただけで戻ろうとしたから石鹸を取って一緒に洗ってあげた。

手を拭いてあげて、椅子に誘導して食べ始める。

「いただきます。」

「…いただきます?」

「食べる時に言うんだよ。」

「…わかった。」

聞きたいことはたくさんあったがいきなり聞きすぎても困らせてしまうだろうし答えてくれるかもわからない。

諦めて大人しく食べることにした。

特に喋ることもなく、食器の音だけが響いて食べ終わると眠そうにしていた。

「眠くなった?もう一回寝る?」

「…」

無言で頷くから寝室に向かうように誘導してひと声かけておく。

「起きたらごはん作ってあげるから部屋から出てきてね。それじゃおやすみ。」

ドアが閉まる直前にボソッと呟いている声が聞こえた。

「…おやすみ。」


こんな毎日が続いてもう一ヶ月になる。

少しづつ心をひらいてくれて会話も続くようになってきた。

きた頃は尻尾なんて垂れ下がっているだけだったが、散歩に出るときはぶんぶん振っていることが多くなった。

「ご主人、今日はお散歩ない?」

窓から外を見ると雨が打ち付けていて外に出れそうもない。

それをわかっていて耳が垂れ下がっているのを見るとちょっと申し訳なくなる…。

「んー今日は無理そうだねぇ。なにか映画でも見よっか?」

「…見る。ご主人が見たいの選んで。」

今までの生活からか、この子は自分のしたいことがわからないらしい。

あまり思い出させたくなくて、なぜああなっていたのかも聞けていない。

名前も聞けずにいる。

「…ご主人?」

「ん、あぁごめんね。えーっとこれでいっか…。よし、ここ来る?」

ソファに腰を下ろして足の間に座らせる。

しっぽを巻き付けてくるからつい触りたくなってしまうけど、寝るときに触れたら怒られてしまったので我慢する。

半分くらい映画が終わると寝息が聞こえ始めたから抱き上げてベットに連れて行く。

「かわいいなぁ…。おやすみ。」

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犬耳の子に一目惚れ 緋月 羚 @Akatuki_rei

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