第7話 甘いものに溺れる孤独な女性と「自然の甘さ」

 「心のカフェ」に訪れる常連客の中で、少し風変わりな女性がいた。彼女は毎回、甘いものを一度に何品も注文し、時折ため息をつきながら、それを一人で黙々と食べ続けていた。彼女の名前は美穂。40代後半、長年ひとりで過ごしている女性だった。目の下には少し疲れたような陰りがあり、その目に映る世界はどこか寂しげだった。


 その日も、美穂は店に入ると、何の言葉もなく席に着いた。沙月は彼女の姿を見かけるたびに、その孤独な雰囲気に心が痛むことがあった。今日もまた、甘いスイーツを何品も頼むのだろうと思い、静かに近づいていった。


 「こんにちは、美穂さん。」沙月は優しく声をかけた。


 美穂は驚いたように顔を上げ、少しだけ微笑みを浮かべた。「あ、沙月さん……こんにちは。」


 「今日はどんなスイーツをお召し上がりになりたいですか?」沙月は優しく尋ねた。


 美穂は少し考え込みながら答える。「うーん、今日はいつものケーキと、アイスクリームも……あ、でも、クッキーも気になるわ。」


 沙月は微笑みを浮かべた。「少し、食べ物の内容を見直してみませんか?」


 美穂は驚いたように目を丸くした。「え?」


 「毎回、甘いものをたくさん食べることが、あなたの心にどんな影響を与えているのか、考えたことがありますか?」沙月は穏やかな目で美穂を見つめた。


 美穂はうつむき、しばらく黙っていた。「そうね……。気づいてはいたんだけど、やめられなくて。」


「甘いものは、確かに一時的な満足感を与えてくれます。でも、それが過剰になると、逆に心が空虚になり、孤独感が深まってしまうことがあるんですよ。」


 美穂は小さく息をついた。「それがわかってるから、余計に辛いの。食べることで、少しでも心が埋まる気がするから……」


 沙月は静かに頷いた。「甘いものは、砂糖が多く含まれていて、心を一時的に元気にすることがある反面、体を疲れさせ、心も不安定にすることがあるんです。特に、孤独や寂しさを感じている時に、過剰な甘さを求めることが多いですね。」


 美穂はしばらく黙って考えていたが、やがて口を開いた。「でも、どうすればいいの? 甘いものを食べることをやめられないの。」


 「それなら、自然な甘さを感じられる食材に変えてみませんか?」沙月は提案した。「例えば、季節のフルーツや、はちみつを使ったお菓子。体にも心にも優しい甘さが広がるんですよ。」


 美穂は少し驚いた顔をした。「本当に、そんな甘さで満足できるのかしら?」


 沙月は微笑んだ。「試してみる価値はありますよ。自然の甘さには、体にやさしく、心に穏やかな影響を与えてくれる力があります。」




 その日の午後、美穂は沙月が作った新しいスイーツを試すことに決めた。サツマイモを使ったスイートポテトのタルトと、季節のリンゴを使ったコンポートを合わせたデザートが提供された。見た目はシンプルでありながら、自然な甘さがしっかりと感じられる一品だった。


 美穂はスプーンを手に取り、そっと一口食べてみた。その瞬間、彼女は驚いたように目を見開き、表情がふわりと和らいだ。


 「これ……美味しい!」美穂の顔に笑顔が広がった。「こんなに甘いのに、全然重くないし、心も穏やかになった気がする。」


 「それは自然な甘さだからです。」沙月は穏やかな声で答えた。「砂糖の甘さとは違って、体にも優しく、心にも心地よい影響を与えてくれるんです。」


 美穂はさらにスイーツを口に運びながら、ゆっくりと話し始めた。「甘いものを食べることで、少しでも心が温かくなると思っていたけれど、確かに、こういう甘さは心を本当に癒してくれる気がする。」


 「自然な甘さは、あなたの心に必要なものを満たしてくれるんですよ。」沙月は微笑んで言った。「食べ物の力を信じて、少しずつ心と体に優しい選択をしていけば、孤独を感じることが少なくなっていくはずです。」


 美穂は穏やかな表情を浮かべながら、もう一口食べた。そして、しばらく静かに目を閉じ、深呼吸をしてから言った。「なんだか、久しぶりに心が落ち着いた気がする。これからは、自然な甘さを楽しんでみようと思う。」




 その後、美穂は「心のカフェ」に通うたびに、甘いものに対する欲求が少しずつ変わっていった。以前のように大量のケーキやアイスクリームを食べることはなく、代わりにフルーツや自然の甘さを感じられるお菓子を楽しむようになった。彼女の顔には、日に日に穏やかな表情が戻り、心の中の空虚感が少しずつ埋まっていった。


 ある日、美穂が店を訪れると、沙月は微笑みながら言った。「今日はどんなスイーツをお召し上がりになりますか?」


 美穂は明るい声で答えた。「今日は、またあのスイートポテトのタルトをお願い。」


 「かしこまりました。」沙月は微笑み、スイーツを準備しながら心の中で感じた。美穂は、今、ほんとうに少しずつ幸せを感じ始めている。

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