心のカフェにまた一人、常連客が現れた。その少年、翔太はまだ14歳の中学生。毎回、彼は自分の気持ちを話すことなく、ただ無言で座り、食事をしている。目に見える疲れや不安が漂っているものの、何も言わずに食べ終えると、またすぐに帰ってしまうのが常だった。

　翔太のことは、沙月も気になっていた。彼は学校に行くことを拒み、家でも食事が適当になりがちで、よくカップラーメンを食べているという。目を引くような兆候があった。食事が適当であることは、彼の心の不安定さを象徴しているようだった。

　その日も、翔太は無言で店にやってきた。沙月は静かに近づき、彼の前に一杯の温かいお茶を置いた。「こんにちは、翔太くん。」

　翔太は一瞬、顔を上げ、軽く頷いた。「こんにちは。」

　沙月は優しく微笑みながら言った。「今日は、いつもとは少し違った食事を試してみませんか？」

　翔太は少し驚いた顔をして、沙月を見つめた。「どうして？」

　「カップラーメンばかり食べていると、体も心も疲れてしまうことがあるんです。」沙月は静かに説明した。「でも、少し工夫することで、あなたの体も心も元気になれる食事があるんですよ。」

　翔太は不安げに目をそらした。「でも、ラーメンって手軽でいいんだよ。あれが一番楽だし……。」

　「確かに手軽で楽かもしれません。でも、カップラーメンの中には、塩分や化学調味料が多く含まれていて、それが体を疲れさせたり、心に不安をもたらしたりすることがあるんです。」沙月は続けた。「今日は、もっと体に優しく、心に元気をくれる料理を試してみませんか？」

　翔太はしばらく黙っていたが、沙月の言葉に少し興味を持ったようだ。「何か、いいものがあるの？」

　「もちろんです。」沙月はにっこりと微笑んで言った。「今日は、体に優しいスープを作りましょう。きっと翔太くんの心と体が元気になると思いますよ。」

　その後、沙月は翔太に温かいスープを作り始めた。具材はシンプルで、にんじん、玉ねぎ、じゃがいもを丁寧に煮込み、塩と胡椒でほんのり味を整えた。さらに、少しだけオリーブオイルを加え、体を温める効果を高めるために少量の生姜を加えた。

　「これは、カップラーメンよりずっと体に優しいんですよ。」沙月は自信を持って言った。「温かいスープは体を中から温め、心も落ち着かせてくれるんです。」

　翔太は、スープの香りにふと顔を上げ、少し戸惑いながらも一口飲んでみた。

　「……おいしい。」翔太は意外そうに言った。

　「でしょ？」沙月はにっこりと微笑んだ。「カップラーメンも悪くはないけれど、こういう食事があなたの体を元気にし、心にも余裕を持たせてくれるんです。毎日の食事で心が変わり、体も変わります。」

　翔太は、しばらく静かにスープを飲みながら考え込んでいた。少し時間が経つと、彼は口を開いた。「最近、学校に行くのが怖いんだ。友達との関係がうまくいってなくて……。」

　沙月は静かに聞いていた。「それは辛いですね。でも、食事が心と体に与える影響は大きいんです。食べるものを変えることで、気分が落ち着いたり、考え方が変わったりすることもあるんですよ。」

　翔太は少しだけ首をかしげた。「食事で、そんなに変わるの？」

　「はい、変わります。」沙月は頷いた。「体が元気になると、心も前向きになれるんです。少しずつでいいので、食べるものを見直してみましょう。無理せず、焦らず、体を大事にしながら。」

　翔太はスープを飲み終わり、ちょっとした笑顔を見せた。「ありがとう。少しだけ、元気が出てきた気がする。」

　その日から、翔太は少しずつ食生活を見直し始めた。学校を休むことが続いていたが、彼は毎日の食事で心と体を整えることを意識するようになった。時折、カップラーメンが恋しくなることもあったが、以前ほどそれに頼らなくなり、むしろ温かいスープや、野菜を使った料理に挑戦するようになった。

　ある日、沙月が店を訪れると、翔太が何も言わずに入ってきた。彼はいつもより少し元気そうな表情をしていた。

　「こんにちは、翔太くん。」沙月は優しく声をかけた。

　「こんにちは、沙月さん。」翔太は照れくさそうに答えた。

　「今日はどうしたの？」沙月は微笑みながら尋ねた。

　翔太は少し照れくさそうに言った。「今日は、少しだけ学校に行ってみたんだ。少しだけ、勇気が出た気がして。」

　「それは素晴らしいことですね。」沙月は優しく応えた。「少しずつ、心も体も変わっていくんですよ。」

　翔太はにっこりと笑った。「ありがとう。これからも、少しずつ頑張ってみるよ。」