第28話:音が繋ぐ温もり

ラジオから流れる音楽が、店内の空気を優しく包み込んでいた。千代は静かにその音に耳を傾けながら、花を並べる作業を続けていた。修理技師が言っていた通り、ラジオは仮修理のままでも、音の乱れがほとんどなく、穏やかなメロディーが店内に響いている。まるで、ラジオが店の心臓のように、静かに鼓動を打っているかのようだ。


永井慎一が買った花を大切に包みながら、千代はふと周囲を見渡した。店内には、他のお客たちも集まり、賑わいを見せている。週の始まりだというのに、思いがけない活気が生まれていた。


「この花、昨日見たときに気になっていたのよ。」


一人の中年女性が、棚から花を取って微笑んだ。その表情は、まるで大切なものを選んだかのように満足げだ。女性の手のひらに乗った花は、白く可憐なカスミソウだった。千代はその花を包む袋を手際よく準備しながら、嬉しそうに話しかける。


「気に入っていただけてよかったです。とても清らかな花ですね。」


他の客たちもそれぞれに花を手に取って、穏やかな会話を楽しんでいる。ラジオから流れるメロディーに合わせて、店内の空気が自然に和み、笑顔が広がっていく。


「ラジオの音が、なんだか心地よいですね。」


常連客の男性が、ラジオに向かって微笑みながら言った。その言葉に、店内がさらに一体感を感じる瞬間だった。花屋はただ花を売る場所ではなく、人々の心が交差し、つながる場所。ラジオの音と共に、その温もりが広がっていくようだった。


「ほんと、昔のラジオって、なんだか懐かしい気がしますね。」


別の客が続けて言った。千代は心の中で小さく頷いた。ラジオの音は、ただの背景音ではなく、そこに集う人々を結びつける力を持っているのだ。音楽が店内に響き渡り、買い物をする人々がそれぞれに穏やかな時間を過ごしていく。


千代は花を包みながら、ラジオが生み出すこの温もりを大切に感じていた。


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