第11話:薔薇に込めた思い
男性は少しだけ微笑むと、椅子に腰を下ろした。店内の静けさの中で、彼の声がゆっくりと響く。
「20年ほど前のことです。私は大企業に勤めていましたが、激務とプレッシャーで心身ともに疲れ果てていました。仕事を辞めるべきか、人生を諦めるべきか、そんなことばかり考えていたんです。」
彼は一度言葉を切り、窓の外に目を向けた。記憶を辿るようなその仕草に、千代は耳を傾ける。
「そんなとき、偶然訪れたのがあなたのお母さんが経営していたこの店でした。『疲れた顔をしていますね』と声をかけられ、気がつけば悩みをすべて打ち明けていました。」
「母が…?」
千代には驚きだった。普段は物静かな母が、そんなふうにお客様と向き合っていたことを知るのは初めてだったからだ。
「そのとき、お母さんが言ったんです。『あなたに必要なのは特別な花です』と。こうして渡されたのが青い薔薇でした。『希望を取り戻したいとき、心を灯す花よ』と説明されてね。その花と言葉が、私の絶望を払拭するきっかけとなりました。」
男性は静かに語りながら、ポケットから取り出した小さな紙片を千代に差し出した。それは母から受け取った青い薔薇と共に渡されたカードだった。
そこには、簡素ながら力強いメッセージが書かれていた。
「光は必ず戻る――信じる心を忘れないで」
千代の手が震えた。そのメッセージは、母が持っていた温かな心そのものだった。
「それ以来、私はどんなに苦しくてもこの言葉を思い出し、再び立ち上がることができました。そして今回、その言葉を大切な人に届けたくて、再びこの店を訪れたのです。」
男性の真摯な言葉に、千代の胸には静かな感動が広がった。母が作った青い薔薇の本当の意味を少しずつ理解し始めている自分がいた。
「母が渡した青い薔薇が、そんなふうに人を支える力になっていたなんて…」
千代の心に芽生えたのは、母の意志を引き継ぎたいという新たな決意だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます